プレヴァルゴの子。
「お父様が出陣なさる……そうよね、それはそうなるわよね」
学院から自宅へと戻ってきたメルツェデスは、自室でその話を聞き色々な意味で納得した。
まず、チェリシアが仕掛けてきたこと自体は予想の範囲内。
ジェミナス伯爵領をあっさりと抜けてきたことも、だ。
チェリシアがジェミナス伯爵と通じている疑惑は以前からかかっており、王家の密偵もジェミナス伯爵領に多数張り込んでいたはず。
だからこそ侵攻開始とほぼ同時に第一報が入ったところもあり、同時にチェリシアの進軍速度が速いことも伝わってくる。
それでも、そのことに関しての焦りはない。
「旦那様もそれに関しては手を打っておりましたからな」
と家令のジェイムスが言う。
例えば、王国軍の分散配置。
チェリシアがジェミナス伯爵領を通って侵攻してくることを予測していたガイウスは、王国軍を部隊ごとに分けてジェミナス伯爵領付近に配備していた。
といっても、それらの部隊が各個チェリシア軍に当たる、というわけではない。
多数の兵士を、チェリシア軍、そしてジェミナス伯爵にそうと知られず配備するためだ。
事が起これば各部隊は決められた地点に集結、まとまって再編成される。
そこに急ぎ駆けつけたガイウスや騎士団が合流すれば、騎馬と歩兵の進軍速度差を埋めて、チェリシアの侵攻を出来る限り浅いところで迎え撃つことが出来るわけだ。
もちろん、こんな芸当は普通の軍隊では出来ない。
ガイウスが鍛え上げた精強な軍団だからこそ出来る離れ業である。
また、数を揃えても腹が減っては戦は出来ぬというのがガイウスの持論。
そのため、兵糧や兵装の備蓄や輸送に関しても同様の手が打たれており、士気の維持、継戦能力の確保は十分に出来ている。
チェリシア軍の数が同数程度であれば、問題なく打ち払うことだろう。
「ここまでは予定通り……後は数がどれくらいか、ね」
「チェリシアに人を増やす魔法使いでもいない限りは、想定内に収まるかと」
「流石にそんな話は聞かないし、そこまで膨れ上がっていれば報告も来てるでしょうから、その線も薄いわね」
魔の力を人の技術として扱う魔術とは違う、この世の法則まで変えてしまうような効果を持つとされる魔法。
大昔の文献に出てくるばかりで、現在使える者は確認されていない。
何もないところから人を増やすとなればそれはもう魔法の領域になってくるが、当然そんなものを使える人間がチェリシアにいるわけもない。もしも居たとすれば、とっくに攻め込んでいるだろうから。
「であれば、恐らく問題はないはず……あれもあることだし。むしろお父様不在となった王都の方が心配なくらいだわ。魔王復活騒ぎもあるというのに」
そう言いながら、メルツェデスは小さく溜息を零した。
彼女が納得したこと。
それは、ゲーム内で何故ガイウスが『聖女選任』の儀式に参加していなかったのか、だった。
いや、ガイウスだけではない。結果として攻略対象ばかりが選ばれることにはなるのだが、魔王復活阻止という目的のために行われた儀式だというのに、本来主力になり得る大人達が参加していなかったのは何故か。
乙女ゲームのお約束といえばそうだと思いつつ、不思議といえば不思議でもあったのだが……そういった大人達が全て戦争だなんだで駆り出されていたとなれば、一応説明はつく。
まして今は、魔王がいまだ復活していないタイミング。
状況証拠しかないのに、喫緊の問題である敵国の侵攻を放置しておくことなど出来はしないわけだ。
しかしその結果、王都から頼りになる大人達がいなくなってしまうことになるという問題も発生するわけだが。
「それに関しましては、旦那様から伝言を預かっております」
「あら、そうなの? お父様も随分とバタバタされていたでしょうに。……それで、なんと?」
予想していなかった言葉にメルツェデスが顔を上げれば、ジェイムスは口の端を上げる。
「『任せた』とおっしゃっておられました」
「……はい?」
「ですから、『任せた』と」
あまりに短い伝言を聞いて、メルツェデスはハトが豆鉄砲を食らったかのような顔になった。
それから、意味が脳に浸透してくるに従ってじわじわと俯きがちになっていく。
「その一言だけ?」
「ええ、その通りでございます」
確認すれば、返ってくるのは端的な声。
それを聞いてメルツェデスは、大きく息を吐き出した。
「流石お父様ね、そんなことを言われたらわたくしがどう思うか、よくおわかりだわ。
その伝言、クリスにもかしら」
「左様でございます」
「あの子も最近ではすっかり自覚が出てきたものね。お父様がそんな伝言を残せるくらいに」
そう言いながら再び上げられたメルツェデスの顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
『斬れ』と言われれば斬るのがプレヴァルゴ。
であれば、『任せた』と言われれば引き受けるのがプレヴァルゴの人間がすべきこと。
何よりも、そんな言われ方をすれば、メルツェデスが燃えぬわけがない。
『細かいことは言わない、信頼している』と言われたも同然なのだから。
「お二人が立派に成長されたからこそ、旦那様も安心してお任せになられたのでしょう」
「まだまだ至らないところだらけなのだけれど。それでも、お父様に任されるのは、悪い気はしないわね」
孫の成長を心から喜んでいるような好々爺の笑みを見せるジェイムスへと、メルツェデスは苦笑を返す。
言葉通り、彼女はまだまだ自分に満足していない。
剣の腕は近いところまで来たかも知れないが、それ以外はまだまだだ。
それでも、一応及第点をもらえるところまでは来ることが出来たのだろう。
「であれば、『魔王崇拝者』対策に全力を挙げるしかないわね」
「おや。魔王復活阻止、もしくは討伐とおっしゃるのかと思っておりましたが」
「それも含めて、よ。『精霊結晶』を授けられるのは、クリスかも知れないのだし。そうしたら、魔王が復活しているかも知れないところに乗り込むのは、クリスの役目だわ」
ジェイムスの問いに、メルツェデスは小さく首を振ってみせた。
『精霊結晶』が、誰に授けられるか。現時点では想像もつかないのだ。
ゲーム内の設定で言えば、主人公クララと一定以上仲を深めている攻略対象が授けられ、魔王討伐パーティを構成することになる。
まずそのシステムがそのまま適用されるかがわからない。
そしてもう一つ。クララと仲を深めている攻略対象がわからない。
ここまでメルツェデスは、クララをステータス的に鍛えることはしていたが恋愛方面はノータッチ。
悪役令嬢化しないためにも彼女の恋路には関わるまいとしていたのだが……その結果かどうか、クララはいつもエレーナや女性陣とばかり行動を共にしており、男性との交流があまりない。
攻略対象でクララと一番仲がいいとなるとクリストファーかギュンターだが、この二人とはどう見てもそういう仲ではない。
メルツェデスが知る限りクララと一番仲がいいのはエレーナだが、能力的に考えると仮に『精霊結晶』を授けられたとしても魔王討伐に向かわせるのは躊躇われる。
つまり、ここにきて全くメルツェデスも予想がつかない状況になっているのだ。
「全ては精霊様の思し召し。……わたくしがこんなことを口にするとは思わなかったけれど」
自嘲気味に零すメルツェデス。
実際、こと『精霊結晶』に関していかに彼女とてこれ以上わかるはずもなく。
数日後、ついに『聖女選任』の儀式が執り行われる日となったのだった。
※コミカライズの公開が始まりました!
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是非とも素敵に悪役令嬢の雰囲気あるメルツェデスをご覧いただければと思います!!
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なりふり構ってませんが、本音です!!(止まれ)




