迫る『その時』
前衛タイプ最強、と聞いて、不思議に思う人もいるだろう。
それはギュンターではないのか、と。
これがレオというキャラクターのおかしなところではある。
ギュンターは、主要キャラクターにおける前衛タイプ最強キャラクター。
つまり、レオは主要キャラクターではないのだ。
それも、ギュンターのようにサブ攻略対象と呼ぶのもはばかられるほどの。
一応、イベントや主人公クララと結ばれるエンディングもないではないが、おまけのおまけ程度でしかなく、攻略したという達成感はほぼほぼ味わえない。
さらに、戦力補助要員としても微妙で、仲間に出来るようになるのは中盤以降、しかもその時にはレベル1な上にレベル1のキャラとしては最弱。
レベルも上がりにくい上に大して強くもないという能力値なのだが、これがレベル50を越えた辺りから急激に上がりだし、80を越えた時点でギュンターを追い抜き前衛最強キャラとなるうえ、カンストである99ともなると最早『お前一人でいいんじゃないかな』状態になる。
特にギュンターと違って魔術防御も上がるため、盾役としては遙かに優秀と言えた。
なお、『エタエレ』は普通にやっていればレベル50から60の間くらいでクリア出来る。
結果、大体の場合でレオが本領を発揮する前に普通はクリアしてしまうことになるのだ。
おまけに、彼が最初にいるのは王都ではなくイベントで立ち寄る村であり、しかも何のヒントもないため、ほとんどのプレイヤーはやり込み勢が情報を上げるまで存在すら知らなかった。
ここまで来ると何故このキャラを出したのか、と疑問に思うところだが、公式からその意図が発表されたことはない。
恐らく開発チームの悪ふざけだったのだろう、というのが一般的な見解である。
そんなレオが、黒幕の手下になっていた。
それも、恐らくレベル90越えの状態で。
これは由々しき事態である。
恐らく現時点でまともに対抗出来るのは、メルツェデス一人であろう。
「……恐ろしい男だけど、あの黒幕には大人しく従うみたいね。黒幕の性格を考えれば、恐らくすぐには戻ってこない。今のうちに村の人を避難させましょう」
「そうね、それが最優先。後は……『シャドウ・ゲイト』の出入り口を何とかしないとだけど」
頭を切り替えるために自分へと言い聞かせるようにメルツェデスが言えば、フランツィスカも頷く。
それからもう一つの懸案事項が浮かぶと、メルツェデスは少しばかり困ったような顔になった。
「わたくしでも何かあると感知出来たのだから、ミーナなら目印を見つけることも、壊すことも出来るんじゃないかしら。それか、クララさんに『浄化』してもらうか……こんなことなら、最初からミーナも連れてくるべきだったわね」
「それは今更言っても仕方ないじゃない。それに、ちょっとでもタイミングがずれていたらミーナとあの連中が鉢合わせて掠われてたかも知れないんだし」
「そうね、そう考えればこれはこれで良かったのよね」
フランツィスカに言われ、メルツェデスは大きく息を吐き出した。
どうも、予想外のハプニングに少々動転していたらしい。
最悪の事態は回避出来ているのだから、最良の結果をと望むのは欲張りすぎだろう。
しかし、気がかりな点があるのもまた事実。
「これで、連中の資金源の一つを潰せそうなのはいいのだけれど……多分、あちらにとって痛手ではないっぽいわよね」
「むしろ切り捨てにかかってたわけだものね。……強引に、仕上げにかかってた、のかしら」
「恐らく、そうね。向こうにまだ打つ手があるからさっさと退いたのだとしたら……時間があまりないのかも知れないわ」
村民達の前とあって言葉を濁しているが、二人が気にしているのは言うまでもなく魔王復活の儀式だとかそういう類のもの。
それが出来る準備が整い、後は魔力の源だけとなっているのならば。
魔王復活までの時間は、あまり残っていないのかも知れない。
「とにかく、打てる手を打ちましょう。……ハンナ、申し訳ないけれど、王都まで行けるかしら」
「……はい、お嬢様。大丈夫です、問題ありません」
問われて、まだ抱きかかえられたままだったハンナは、一瞬だけ考えて。それから、頷いた。
そして、そこでようやっと気づく。
メルツェデスに抱きかかえられていることを。
途端ハンナの心臓は動きを活発にし、少しでも空気を得ようと横隔膜が動く。
立ち上がるまでのわずかな時間の間に、少しでも得るべきものを得ようと。
まさかそんな理由でとは思いもせず、メルツェデスはハンナの顔色が良くなってきたことにほっと胸を撫でおろす。知らぬが仏である。
「そう、良かった。わたくしとフランは皆さんを隣村まで連れて行かないといけないから、任せられるのはあなたしかいないのよ」
「お任せください、お嬢様。このハンナ、必ずお嬢様のご期待に応えてみせます」
心の底から申し訳なさそうにしているメルツェデスへ、キリリとした顔を見せるハンナ。
もちろんメルツェデスから離れるのは辛いことだが、あの醜態を曝した後もいまだ全幅の信頼を寄せられている喜びがそれを上回る。
この任務、かならず成し遂げて見せる。
ハンナの目に、決意の火が灯った。
こうして折れかけた心を立ち直らせたハンナは、単独行ながら無事に王都へと帰還。
本来の主であるプレヴァルゴ家当主ガイウスに報告、彼が随伴する形でヘルミーナとクララを村へと連れてくることが出来た。
その間、メルツェデスの読み通り黒幕が再び戻ってくることもなく、また、ヘルミーナは倉庫に入るなり怪しい気配を察知、『シャドウ・ゲイト』の出入り口となっているらしき場所を特定、その場所を徹底的に破壊することで解除に成功した。
なお、通常の解除も試みてはみたものの、ヘルミーナでも術式に干渉することが出来ず、クララの『浄化』も上手くかからなかったためやむを得ずの処置である。
「術式の構造はそこまで複雑じゃなかったけど、私の魔力が引っ掛かりもしなかった。多分、闇属性の魔力じゃないと触ることも出来ないと思う」
「恐らくなんですが、光属性でなんとかする場合には、『解呪』でなければ解けないのかなと。……申し訳ありません、私はまだ使えなくて」
以上がヘルミーナとクララの見解だ。
ゲームと違って、レベルが上がれば自動的に魔術を覚えていくわけではない上に、希少な光属性の魔術を扱える教師はいないため、クララは自学習で魔術を覚えていくしかない。
そして『解呪』は自学習で覚えるには少々難易度が高い魔術であるらしく、クララはまだ覚えられていなかったのだ。
「なるほど……でも、こうやって場所そのものを破壊したら解除出来るとわかったのは好材料ね」
「好材料、と言っていいのかしら……」
プラス思考のメルツェデスに対して、フランツィスカは疑問を口に浮かべながら床を見る。
ヘルミーナの特大アイスランスを受けてクレーターが出来てしまった床を。
立ち会っていた村長と男爵など腰を抜かしてへたりこんでいるが……初見の人間には刺激が強かったのも仕方があるまい。
「少なくとも、王城に仕掛けられていれば宮廷魔術師が感知出来るでしょうし、解除もクラレンス陛下ならばお認めくださるでしょうから問題なし。いきなり王城に入られる、なんてことが防げるだけでも十分じゃないかしら」
「……それは、そうね……。王都全域にも同じことが出来ればいいのだけど、流石にそれは厳しいわね」
「ええ、出来なくはないけれど……多分、掃除が終わる前に次の手を打たれるわ」
100万人が住むとも言われるエデュラウム王都エデュリオンは、その人口に比して広大な都市である。その街区全域を、メルツェデスやヘルミーナ並みの感知力を持つ人間だけを動員してくまなく歩けというのは、どうにも現実的ではない。
それよりは、王城の安全は確保しつつ別の手を打った方が効果があるだろう。
「まずは卵の流通から黒幕を追いかけてもらって……後は、王城とその近辺に『シャドウ・ゲイト』の出入り口がないかのチェック。お父様、これらを陛下に進言してもらえますか?」
「ああ、もちろんだ。むしろ進言しなければ俺の首が飛ぶ」
ヘルミーナ達の護衛としてついて来ているガイウスに問えば、きっぱりと頷いて返してきた。
彼であれば当然、王城にいきなり敵の手勢が来る恐ろしさはよくわかっているのだから、当然とも言えよう。
「それから……可能であれば、『聖女選任』の儀式が執り行えれば一番いいのですが」
ぽつりとつぶやいたメルツェデスの言葉に、ガイウスとクララの顔が固まる。
その表情を見て、なんとなくメルツェデスは察した。
「もしや、既に準備が始まっています?」
「あ、ああ、陛下もそれが必要だろうとお考えでな」
問われて、ガイウスがやや渋い顔で頷く。恐らく、あまり広言したくない事項なのだろう。
その証拠に、男爵と村長に、『漏らすなよ?』と目で圧力をかけているのだから。
『聖女選任』の儀式は、ゲーム『エタエレ』でもあったイベントで、主人公クララが聖女として認められるという一大イベントである。
それまでの育て方によりクララの聖女としてのタイプが決まり、その方面に関するステータスにボーナスが付く。
例えば支援型であれば知力と魔力に、前衛型であれば筋力と素早さに、など。
また、使える光属性の魔術も増えて性能も上がるため、対魔王戦力として一気にパワーアップする。
しかも、それだけではない。
「学院の方もしばらく休校になるだろうな。貴族の令息令嬢全員も儀式に参加させねばならんし」
「あら、令息だけではないのですね。てっきり男性だけかと」
というガイウスとメルツェデスの会話からわかるかも知れないが、攻略対象もこの儀式には参加することになる。
そこで、攻略ルートに入っている攻略対象は『精霊結晶』というアイテムを獲得し同じくパワーアップ、主人公と共に魔王へ挑んでいくことになるのだ。
なお、上手くプレイすることによって三人まで『精霊結晶』を獲得することも出来るが、スケジュールや好感度の管理が難しく、普通は二人までが限度。ありがちな逆ハーレム展開はなかったりする。
ただ……このイベントが起こるのは、メルツェデスの知る限り早くて二年の夏なのだが。
黒幕の影響かメルツェデスの影響か、かなり早くなってしまっているようだ。
「精霊の加護はふさわしいと認められた者に与えられる。そこに男女は関係ないし、予想される最悪の事態においては男女がどうのと言っていられない可能性は高いからな」
「それは確かに。総力戦となってもおかしくないわけですから」
かつての『魔獣討伐訓練』において『魔王崇拝者』側が繰り出してきた魔獣の群れ。
魔王が復活したとなれば、その数倍どころではない数の魔獣が繰り出されてもおかしくはない。
その上、その出現場所と襲撃方向が限定出来た討伐訓練と違い、今回はどこに出現するかわからない。
王都を四方八方から攻め立てられ守備兵を散らされるか、王国全土のあちこちをゲリラ的に襲われるか……どんな状況であれ、手数が大いに越したことはないだろう。
「ここからはまったなし、忙しくなるわね……」
先のことを考えて、メルツェデスは小さくため息を零したのだが。
「なら、そうなる前にこの急な出張の報酬を要求する。カーシャのとこで食べ放題で手を打とう」
「ちょ、ちょっとヘルミーナ様!?」
相変わらずの厚かましさで要求してくるヘルミーナと、あわあわとしながら窘めようとするクララを見て、思わず笑ってしまう。
また少し、肩に力が入ってしまっていたようだ。
「そうね、ミーナとクララさんにはちゃんとお礼をしないと。わたくしも久しぶりに食べたくなってしまったし」
起こっている出来事を考えれば、山場は近い。
そのことを、メルツェデスは誰よりも理解している。
だから頭はどうしても『なんとかしよう』という方向に力んでしまう。
けれど、これはゲームとは違うのだ。
その象徴とも言える二人の少女が仲良く言い合う姿を見ながら、メルツェデスは微笑んだのだった。




