一件落着、と思いきや。
「……これで終わり、ね……?」
周囲を見回したフランツィスカが、確認するようにメルツェデスへと問いかける。
メルツェデスほどではないがフランツィスカも随分と鍛えられ、人の気配には鋭くなっているおり、その彼女の感覚で捉えられる敵は居ない様子。
そんなフランツィスカへと、メルツェデスは頷いて返した。
「そうね、今ので最後みたいだわ。お疲れ様、と言いたいところだけれど、すぐ戻りましょう」
「本当は一息入れたいところだけれど、こんなところじゃなんだし、ね」
促されて、フランツィスカは一度だけ深呼吸。
漂う匂いに気分は右肩下がりだが、文句も言っていられない。
辺り一面には、倒れ臥す男達。その彼らから漂ってくる異臭。
血の臭いも、肉が焦げる臭いも、彼女とメルツェデスが生み出したものだから。
それから頷いてみせればメルツェデスはすぐに倉庫へと戻り始め、フランツィスカもその後に続いた。
この一件は、これで終わりではない。
村民達を無事に避難させるなりして安全を確保するまで終わらないのだ。
色々と余計なことを考えそうな思考を、フランツィスカはその一念で押し込める。
動揺も混乱も、後でいい。今足を止めたら、一生後悔することになりかねない。
そう思いながら、フランツィスカは懸命に足を動かした。
「お嬢様! メルツェデス様、ご無事で!」
「ありがとう、そちらも変化はないようね……」
迎えてくれたのは、フランツィスカの侍女。
彼女が無事ということは、まだ倉庫の中に黒幕がやってきたということはないはず。
ほっとしそうなフランツィスカだったが、メルツェデスがそのまま倉庫の中に入っていくのを見れば、追いかけて自分も中へと入っていく。
「ハンナもお疲れ様。悪いけれどもう一働きしてもらうわ、村の人達を外に避難させないと」
「かしこまりました、お嬢様」
ある程度段取りを組んでいたのだろう、それを聞いた男爵やマルグレーテが中心となって村民達を倉庫の外へと誘導していく。
一先ずは村長の家とその近隣に移動、少し休憩をしたら隣の村へと避難させてもらう。
鶏をどうするかが悩ましいところだが、メルツェデス達が護衛について隣村から交代で数人ずつ来るようにすれば被害は防げることだろう。
「なんとか、なりそうね」
「ええ、後は連中がいつ来るか、だわ」
メルツェデスの答えに、今度こそフランツィスカは大きく息を吐き出した。
一方その頃。
「旦那、戻ったぞ。例のものを取ってきた」
「おう見せてみろ。……流石だな、これで間違いない」
とある屋敷の地下室。大柄で筋肉質な男が入ってくれば、旦那と呼ばれた男は勢いよく振り返り、男が持ってきた物を検分する。
中肉中背で、そこそこな顔だったろう中年男。旦那と呼ばれたのは、魔王崇拝者達の首領、黒幕とも呼ばれている男だった。
彼が手にしたのは、黒を基調として波打つように変化していく禍々しい色をした……宝玉、と呼ぶのが躊躇われる色合いの球体。
謎のアイテムとしか思えないそれを、黒幕は一目で『それ』だと判じたわけだ。
「これなのか。なんで旦那はこれだってすぐわかるんだ?」
「それはお前にも教えられねぇなぁ。それとも何か、俺が間違ってるとでも言いたいのか?」
「いや、俺はそもそも正しいかどうかもわからんし。旦那を信じる」
「そうだ、お前はそれでいい」
当然と言えば当然な疑問に、しかし黒幕は答えず球体に触れてその感触を確かめる。
説明出来ないのも無理はない。何しろ黒幕がこのアイテムを知っているのは、前世知識のおかげだからだ。
だが、そのことを説明したところで、目の前の男は理解出来ないだろう。
剣の腕は恐ろしく立つが、頭は少々足りない。そんな男だからこそ、黒幕は良いように使っているし、彼も文句を言ってこない。金払い等の待遇そのものは良い、というのもあるだろうが。
「これで儀式の準備は整った。あの村の連中を監禁するのに成功したって連絡もあったし、王都のジークフリートが動いたって報告もないから気付かれてもいない。
ついに出し抜いてやったぞ、ざまぁ見ろってんだ!」
「そうだな、やったな」
盛り上がっている黒幕を見ながら、男は淡々と応じる。
呆れているだとかではなく、彼は元々こんな風に淡泊な人間なのだ。少々淡泊すぎるが。
「よし、早速行くか! 生かしておくよう言ってはおいたが、うっかりってこともあるからなぁ。ああそうだ、念のためお前も来い」
「わかった」
黒幕が命じれば、探索から帰ってきたばかりだろうに、男はあっさりと頷く。
その腕に手を触れた黒幕は、高らかに宣言した。
「『シャドウ・ゲイト』!!」
呪文らしい呪文もないのに、魔術が発動する。
途端に二人の姿が闇に飲まれ、その姿が見えなくなり……数秒後、闇が晴れれば、その姿はどこにもなかった。
そして、闇が塗り固められた通路、としか言いようのない場所をあっという間に通過し、黒幕と男は姿を現した。
メルツェデスの予想通り、村の倉庫の中に。
「よっし、お前等……あ?」
「え?」
そして黒幕の予想に反し、その目に飛び込んだのはぞろぞろと倉庫から出て行こうとする村民達。
更には、こちらを見ている三対の目。
一人は金髪、もう一人は黒髪、二人の貴族令嬢。そしてもう一人、見覚えのある顔をしたメイド。忘れもしない、彼に死の恐怖を刻み込んだ、あの暗殺者だ。
それだけでなく、金髪はわからないが黒髪の貴族令嬢の顔には見覚えがある。
言うまでもなく、メルツェデス・フォン・プレバルゴである。
「う、うわぁ!?」
「貴様ぁぁぁ!!!」
黒幕が声を発した瞬間、ハンナが跳んだ。
ハンナもまた、黒幕の顔を覚えていた。
去年の『魔獣討伐訓練』で撃ち漏らした、憎き『魔王崇拝者』首魁。
その顔を目にした瞬間怒りで理性が飛び、メルツェデスも聞いた事のないドスの利いた声で叫びを上げながら黒幕へと襲いかかったのだが。
「ハンナ、だめ!!」
悲鳴にも近いメルツェデスの声が響いた瞬間、反射的にハンナは踏みとどまり。
その瞬間、止まらなければハンナの首があっただろう場所に、光が走った。
斬られかけた。そう理解した瞬間、どっとハンナの顔から首筋から、冷や汗が噴き出す。
「下がって!」
言われたことを頭が理解する前に、ハンナの身体が後ろへと跳び、入れ替わるようにメルツェデスが前へ。
かばわれた形になりながら、ハンナはやっと理解した。
首魁の隣に立つ、一見ただの平民にしか見えないその男が剣を振るい、ハンナはそれに反応出来なかったのだ。
メルツェデスの声がなければ、どうなっていたか。
全身が冷たくなるような感覚を覚えながらも、ハンナは必死に足を踏みしめて立ち、メルツェデスのサポートが出来るよう彼女の左後へと位置を移す。
反対側には、フランツィスカ。いつもならばクリストファーがいる位置だ。
これでメルツェデスと男が切り結べば、その左右から二人が仕掛けることも出来る
理解出来ない事態に直面してハンナの頭は混乱しているが、それでも身体は勝手に動いていた。まだ、折れていない。そう言い聞かせ、ハンナは自分を叱咤する。
と、黒幕の顔が歪んだ。
「くそっ、退くぞレオ!」
呼ばれた名前にメルツェデスの身体がピクリと反応するが、そんなことに構っている余裕など、黒幕にはなかった。
レオと呼ばれた男は、メルツェデス達に視線を向けたまま一歩、二歩と黒幕の方へ下がる。
「いいのか」
「いくらお前でも、あいつら相手に三対一じゃ無理だ! まだ手はある!」
「わかった」
簡単なやり取りの後、更にレオが下がれば、黒幕はその背中に触れた。
「『シャドウ・ゲイト』!」
黒幕が叫べば、再び二人の姿を闇が飲み込み……数秒後、そこにその姿はなくなっていた。
それを見た途端、ハンナの膝から力が抜けて、がくっとその場に倒れ込みそうになる。
「ハンナ! 大丈夫? 斬られてはないはずだけど……」
「はい、斬られては、いません。ありがとうございます、お嬢様、おかげで、助かりました……」
メルツェデスがハンナの身体を抱き留めれば、弱々しくハンナが頷く。
確かに首に斬られた様子はなく、メルツェデスは安心したように大きく息を吐き出した。
一安心したところに、フランツィスカが、当然とも言える問いを口にする。
「……なんだったの、あの男。斬撃の鋭さだけならメル並みじゃない……」
「そうね……恐ろしい男だわ……」
答えるメルツェデスの口調が重くなるのも仕方がない。
彼女は、あの男のことを知っているのだから。
レオ。名字がない、つまり平民の出であるこの男は、やはりゲーム『エタエレ』の登場キャラ。
そして、恐らく前衛タイプとしてはゲーム中最強のキャラだった。




