退屈と爆炎の共演。
最初に、漆黒の突風が吹き荒れた。
黒い騎士服に身を包んだメルツェデスが艶やかな黒髪をなびかせつつ倉庫の入り口から飛び出せば、駆けつけてきた男が一人、二人とその剣勢に吹き飛ばされ倒れ臥す。
魔術の詠唱を行いながらその後に続いたフランツィスカは、メルツェデスの背後を守るようにしながら前進、次なる集団に接敵する直前で魔術を発動させた。
「バースト・エンチャント!」
その言葉と共に彼女が持つレイピアの刀身は、色の濃い赤の魔力で覆われる。
見れば、やってきた集団の中に盾持ちが一人。
これならば、と加速したフランツィスカはメルツェデスの横に並び、男が持つ盾に向かってレイピアの突きを放つ。
途端、耳をつんざくような轟音が響き、盾を持ち、鎧を着込みと重武装だった体格の大きな男性が、爆風によって吹き飛ばされ……ゴロリと転がって、ぴくりとも動かなくなった。
「……は?」
その隣にいた男が、呆けたような声を出して動きを止める。
爆風に煽られたと思えば隣に並んでいた仲間がいなくなったのだから、理解が出来ないのも仕方がない。
ただそれは、この場においては……メルツェデスの眼前では、致命的だ。
「いい判断よ、フラン!」
そう声をかけながら、メルツェデスは動きの止まった男達を掃討していく。
メルツェデスの邪魔にならないよう一歩引いて周囲を警戒しながら、それを聞いたフランツィスカは小さく安堵の吐息を零す。
やれた。
手は緊張か恐怖か興奮かわからない何かで小刻みに震えているが、最初の一人を倒すことができた。
フランツィスカが盾持ちを狙ったのには、理由がある。
まず単純に、メルツェデスが倒すのに比較的時間がかかる相手だ、ということ。
もちろん彼女であれば大した問題にはならないのだが、それでも盾を持たない人間に比べれば倒すのに時間がかかる。
まして相手は並みの騎士をも凌ぐ腕の持ち主、粘られる可能性は否定できない。
ところがフランツィスカであれば突きの威力に加えて、その有り余る魔力と卓越した魔術制御により盾の上から爆発の衝撃を与えて吹き飛ばすことが可能。
おまけに盾で視界が塞がれることにより、不意打ち気味に衝撃を与えることが出来るのだから効果はさらに上がる。
つまり、盾持ち相手の相性だけで言えば、メルツェデスよりもフランツィスカの方が上なのだ。
そしてもう一つ。
盾の上から爆発をぶつけて吹き飛ばすのであれば、レイピアが相手の身体に刺さらない。
これは、初めて人間そのものと命のやり取りをするフランツィスカには重要なことだった。
かつてメルツェデスと共にバーナス子爵邸に乗り込んだ際には、相手が弱かったため手加減する余裕があったためさして心理的重圧は大きくなかったのだが、今回は違う。
では、手加減など出来ない状況で、どうやれば全力を出せるのか。
相手の武装を見た時に閃いたのが、盾持ちを最初に狙う、ということだった。
これならば相手の顔がある程度隠れている上に、突き刺すこともないから肉の感触を感じずに済む。
もちろんいずれは体感することになるのだろうが、今、こうやって段階的に慣らしていけば、いざその時となっても多少はましだろう。
ここまで、フランツィスカは接敵までの僅かな時間で考えた。
そして、メルツェデスは一瞬でそれを読み取ったから良い判断と評したわけだ。
「フラン、盾持ちを優先的に狙って! 他はわたくしが蹴散らすわ!」
「わかったわ、そっちはお願い!」
お互いに声を掛け合うと、メルツェデスの速度が、一拍遅れてフランツィスカの速度も上がる。
てんでバラバラに、しかし鍛えられているのか素早くは集まってくる男達。
また、メルツェデスが一人斬り倒し次へ向かおうとしたところに盾持ちが入ろうとするなど、連携も最低限はあった。やはり、侮れぬ集団ではあるのだ。
だがそこに、フランツィスカの爆炎が付与されたレイピアが襲いかかる。
メルツェデスに意識が行っていたところへ、スピードだけでは比肩する勢いでレイピアの切っ先が飛んでくれば不十分な体勢で防ぐしかない。
残念なことに今のフランツィスカの突きは、そんな状態で受けきれる威力ではかった。
体勢を崩したところで爆発の衝撃が乗れば、大の男すら軽々と吹き飛ばしてしまう。
抵抗することも出来ずその先に居た他の男達を巻き込んで転がり、幾人かはそれだけで戦闘不能になってしまったようだ。
「あらまあ。わかってはいたけれど、実際に見ると凄い威力ねぇ」
「メルに言われるのは嬉しいような、複雑な気分ねっ」
もちろん嬉しいのだが。
嬉しいのだが、その本人が感心したような声をかけてきながら、一人、また一人と草でも払うかのように金属鎧を纏った男達を斬り伏せていくのだから、まだまだ自分は、とも思ってしまう。
いくら刃に魔力を纏わせているとはいえ、普通はバターか何かを切るように鉄の鎧は斬れない。
そのはずだ。
だがそれを当たり前のようにやってのける人間がいたとしたら、それは最早人外の領域に片足を突っ込んでいると言っても過言では無いだろう。
メルツェデスを相手に言うのは、本当に今更なのだが。
それでも。
それでも今、フランツィスカはメルツェデスの隣を走れている。
共に、戦えている。
それが、フランツィスカの心を奮い立たせる。
「メル、次は私が先に行くわっ」
「ええ、よくってよ!」
見れば、相手は既に盾持ちを前にして簡易な陣形を組んでいる数人のグループ。
そこに、今度はフランツィスカが先陣を切って吶喊。
「『チャージ・バースト』!!」
かけ声と共に刀身へと魔力を注ぎ、纏わせていたバースト・エンチャントの威力を増加。
その上で、渾身の突きを放てば……しっかりと体勢を整えて構えていた盾持ちは、堪えることすら出来ず爆音とともに吹き飛ばされた。
そこへメルツェデスが襲いかかれば、最早抵抗など出来るはずもなく男達は薙ぎ倒される。
「な、なんだよ、なんなんだよこいつら!?」
「ば、化け物だ、化け物みてぇな女どもが!!」
「あら失礼ね」
ほんの僅かな時間で十数人以上を倒された男達は混乱し、怯え。
メルツェデスは容赦なく、そんな彼らを斬り倒していって。
「化け物だなんてとんでもない。わたくし達、れっきとした淑女ですわよ?」
『お前らのような淑女がいるか!』というツッコミは聞こえない。
既に口がきけなくなっているか、恐怖のあまり言葉も出ないかのどちらかだからだ。
「うわっ、うわぁぁぁぁぁ!!」
それでも、悲鳴のような声を上げながら男達は向かってくる。
それも、必死に。まるで、何かに怯えるように。
「……メル、まさかあいつら……『ギアス』をかけられてる?」
「かも知れないわね。フラン、死兵は何をするかわからないわ、気を抜かずにいくわよ」
「ええ、わかったわ!」
逃げても死が待つのみであれば、僅かな可能性に賭けて前に出ていくしかないのだろう。
それには少々の哀れみを覚えなくもないが……それでも、今までの振る舞いを考えるに、彼らの自業自得だ。
であれば、情けをかけるのも違うだろう。
「さあ、この『天下御免』の向こう傷!! 死出の手向けにとっくと拝みなさいまし!」
啖呵を切ったメルツェデスが止まるわけもなく。
そのサポートをするフランツィスカも当然止まらず。
村を占拠していたならず者達は、程なくして殲滅されたのだった。




