村人救出ミッション。
方針が決まれば、そこからは早かった。
隠れていた森の中からハンナが、そしてメルツェデスが音を立てずに飛び出し、物陰を伝って目的地である大きな倉庫へ。
まずは倉庫の裏手、見張りが二人いるところを一気に急襲、ろくに声を上げる暇すら与えず制圧。
すぐさま二人が左右に分かれたところで、フランツィスカを先頭に残る三人も移動を開始。
「なっ、なんだお前らっ」
と見回りをしていた男が気付いた瞬間、メルツェデスがその男を斬り伏せた。
姿を見せたフランツィスカ達三人が囮となった形であり、これ自体は計画通り。
正面を見張る二人が今の声に気付くかも知れないが、それを気にせず三人は走る。
その間にメルツェデスは正面へと向かい、恐らくハンナとタイミングを合わせたのだろう、一瞬だけ止まってから角を曲がった。
「二人とも急いで、あの二人なら一瞬で終わらせるわ!」
「は、はいっ!」
ここまでの強行軍で疲労の溜まっている侍女やマルグレーテにはきついところだが、そうも言っていられない。
むしろ、ここで足手まといになっては今までの全てが無駄になってしまう。
マルグレーテは必死に己を叱咤しながら倉庫の壁沿いに走り、ついに倉庫正面の入り口へと辿り着いた。
「マ、マルグレーテ!?」
と、そんな彼女へ向けて呼びかける一人の中年男性。
それが誰かは、もちろん言わずもがな。
「父さん! 無事だったのね、良かった!」
安心して気が抜けたのか、急によろよろとした足取りになりつつも、マルグレーテはなんとか父の元へと辿り着き、ひしと抱きつく。
それを見た村人らしき人々も口々に「お嬢様!」「お嬢様がご無事だった!」と声を上げた。
見れば全員衰弱した様子はなく、最低限の食事は与えられていたのかも知れない。
「そうだ、本当に、お前こそよく無事で……こちらの方が入ってこられた時には何事かと思ったが……」
娘を抱きしめながら、父であるアキュリアス男爵がちらりとメルツェデスの方へ視線を向ける。
彼とて貴族の端くれ、メルツェデスの名前と姿は先だっての豊穣祭で見て知っている。
とはいえ遠目に見ただけであるし、来るだとかは到底考えていなかったため、入ってきた瞬間には誰かと思ったものだが。
そして、わかった今でも理解出来ていない。何故彼女がここにいるのか。
「マルグレーテ、よくついて来てくれたわね。おかげで説明が手早く済みそうだわ」
しかも、剣を鞘に納めながら言うメルツェデスの口調を見るに、どうにも娘と親しげである。
プレヴァルゴ伯爵家とアキュリアス男爵家には特に親交もなかったのだが。
そんな男爵の困惑をよそに、メルツェデスはまるで我が家にいるかのごとく落ち着いた顔だ。
「何しろ剣を片手に飛び込んだものだから、皆さんも困惑されていて。
どういった経緯で私達がここに来たか、皆さんに説明して差し上げて?」
「は、はいっ、メルツェデス様っ!」
再会の喜びに涙で目を潤ませていたマルグレーテが、ぐいと袖で涙を拭ったかと思えば、今までの経緯を話し始める。
序盤はマルグレーテの命がけな行動に男爵や村人達は目を潤ませていたのだが……メルツェデス登場から表情は一変。
最終的には何か信じられないものを見ているかのような表情でメルツェデスの方を見る始末。
無論、本来であれば恩人な上に貴族令嬢であるメルツェデスへと向けてはいけない表情なのだが、当の本人が気にしていないのだから、誰も何も言わない。
そもそも、余計なことを言っている暇が惜しい。
「ということで、メルツェデス様のおかげで皆を助けに来れたのだけど……一体何なの、あいつら」
そんな空気を察したのか、恩人であることをさりげなくアピールしつつマルグレーテが問えば、村人達は困惑したような表情でお互いに顔を見合わせる。
何しろ、閉じ込められていた彼らにもそれはわからないのだから。
「正直、私達もお前が把握していたこと以上のことはほとんどわからんのだ。
強いて言うなら、儀式に使うから生かしておく必要があった、くらいで」
「それって……結局儀式の時に殺される可能性があったってことじゃ……」
父である男爵の言葉に、マルグレーテは顔を青ざめさせる。
もちろんその想定もしてはいたが、改めて突きつけられるとショックの度合いも違う。
まして、こうして生きている父や村人達に再会出来た後であれば、失われた場合のことも容易に想像出来てしまって。
改めて、生きていて良かったと父を抱きしめるマルグレーテの手に力がこもる。
「そのおかげで、不幸中の幸いとも言える結果になったのは……良かったのかしら」
「良かった、と言って良いかはわからないけれど、最悪の事態は免れた、とは言えるわね」
その隣でメルツェデスがぽつりと呟けば、フランツィスカが肩を竦めながら答えた。
話を聞くに、村人全員が無事であるらしく、その意味では良かったと言えるだろう。
だが、問題が全て解決したわけでもない。
「ここから、が問題ね。……やっぱり全員水属性みたいだし」
メルツェデスが小声で言えば、フランツィスカもはっとした顔になる。
「……それって……なるほど、おまけに『浄化』を毎日のように使っているから、魔力が増えて平民としてはかなり多い部類の人が多い、となると……」
「この人数全員分ならミーナに匹敵……まではいかないけど、代用にはなるのかもね」
彼が鶏の世話に使う『浄化』は平民でも使えるほど比較的簡単なもので、水属性。
当然使える人間も水属性の人間となり……そんな人間を、儀式に使うとなれば。
二人の間では、同じ結論が出ていた。
「そうなってくると、もう一つ確認しなきゃいけないことがあるのよ」
「確認しなきゃいけないこと?」
怪訝そうなフランツィスカへ小さく頷いてみせれば、メルツェデスは男爵へと向き直った。
「アキュリアス男爵様、一つお聞きしたいことが。
村で生産した卵をこの倉庫に一度集めていると聞いたのですが、出荷はどのように?」
「え? 出荷、ですか? ここの鶏舎を作るのに出資してくれた商人が定期的に引き取りに来ているはずですが」
そう答えながら男爵が村人達の方を振り返れば、村人達が数人頷く。
「へぇ、決まった日までに倉庫に置いておけば、翌朝にはなくなっていまして」
「では、その商人は夜中にこの村に来ていると?」
「まあ、そうなります、か……?」
言われて、村人達は首を傾げた。何かが、おかしい。
そして第三者であるメルツェデス達には、そのおかしさは一層明白だった。
「なんでわざわざ夜中に、しかも誰にも会わないようにして回収してるのかしら」
「そ、それは……気にしたこともありませんでした。お金はちゃんと入ってきているので、ちゃんと引き取られているものだと……」
「引き取られてはいるのでしょうけど……夜中に、馬車の音を聞いたことは?」
「言われてみれば、ありません、ね……?」
そう、大量の鶏卵であれば、荷馬車などで引き取りに来なければならないはず。
それも、この倉庫を使う程大量に、であれば、荷馬車数台にもなるはずだというのに。
「メル。まさか、それって……そういえば、闇属性って精神への干渉が出来るって話よね?」
「ええ、言動が不審なものにならない程度の弱い魔術を使ったんでしょう。
そして……恐らくこの倉庫が、首領の使う『シャドウゲイト』の出入り口に設定されているんだわ。まさかそれを卵の運び出しに使うとは思いもしなかったけれど」
「だから襲ってきた連中は、村人を生かしたままここに押し込めたのね? 『シャドウゲイト』で儀式をする場所に運ぶなり、いきなりここに現れてここで儀式をするなりするために。
……ほんと、よく気付いたわね、こんなことに」
フランツィスカが呆れるやら感心するやらな声を出すが、彼女が気付かなかったのも仕方がない。
何しろ現代日本の記憶があるメルツェデスと違って、貴族令嬢であるフランツィスカには生卵を運んだ経験がないため、移動中に卵を割ったなどという悲劇を経験したことがないのだ。
だが、そのことを実感として知っているメルツェデスは、マルグレーテの話を聞いた時から不思議に思っていた。どうやって運んでいるのか、と。
この世界の、特に平民が使う荷馬車はサスペンションなどなく、振動が激しい。
そんな荷馬車で、どうやって卵を割らずに運ぶのか。
この倉庫に足を踏み入れた瞬間に違和感を感じ、その疑問に対する一つの仮説がメルツェデスの中で生まれたのだ。普通の倉庫なのに、魔術の気配を感じる、と。
それは、彼女が闇属性に近しいという水属性だから感じたものなのかも知れない。
「となると、村の人達がこのまま倉庫にいたら拙いわね?」
「ええ、その通り。だから」
と、メルツェデスの言葉を遮るように、呼び子笛の音が響き渡る。
入り口で外を見張っていたハンナも、時を同じくして振り返った。
「お嬢様、流石に気付かれました。村中にいた連中が集まってきています。
ただ、指揮を執っている人間はいないようで、統率は取れていません」
「ありがとう、ハンナ。話を聞いていたと思うけれど、倉庫の内側も警戒しておく必要があるから、ハンナはここに残って皆さんの警護を。マルグレーテ達はその補助をお願い」
指示を出し終えたメルツェデスは、改めてフランツィスカへと向き直る。
「私達は、打って出る必要があるわ。村中のならず者達をかき集め、それでいて倉庫なんて気にすることが出来ないくらい派手に。力を貸してもらえるかしら」
「あら、それって私にうってつけじゃない。まさかここまで来て手を引くなんて選択肢はないわよ?」
フランツィスカが返したのは、不敵な笑み。
それを見て、メルツェデスは欠片の不安もない顔で頷き返す。
「フランならそう言ってくれると思ったわ。さあ、ここからは力戦と参りましょうか!」
力強い宣言に、思わず男爵や村人達の背筋が伸びた。
後に、アキュリアス男爵は記す。
この日こそが、退屈令嬢と爆炎令嬢コンビが生まれた日だったのだ、と。




