彼女の覚悟。
ハンナが消えた後、倉庫に一番近い森の端まで移動してきたメルツェデス達は、そこで丁度戻って来たハンナと合流出来た。
「やはりここにおられましたか、お嬢様」
「ええ、ハンナだったらまずここに来ると思っていたもの」
こんな短いやりとりに、横で聞いていたフランツィスカは嫉妬の念を感じずにはいられない。
碌な打ち合わせもなかったのに、メルツェデスはハンナがここに来るとわかっていて、ハンナもそのメルツェデスの動きをわかっていた。
もちろんそれは、二人が何度も『退屈しのぎ』で暴れ回ったからこそ培われた連携であり、今のフランツィスカがそこに至れていないのは当たり前のことではある。
と、理屈ではわかっているのだが、それを許容しきれないのがフランツィスカの若さと言えば若さなのだろう。
いや、普通の令嬢はそんなことを気にしないというツッコミは置いておいて。今更なので。
そんな悩めるフランツィスカへと、メルツェデスは振り返った。
「フランもよくついてきてるわね、流石だわ」
「それは、ね、これくらいは出来ないと……ああ、あの子達も来たみたいだわ」
メルツェデスの賞賛の声も、少々素直には受け入れがたい。
そんな感情を押し殺して苦笑の表情を作ると、フランツィスカは後ろを振り返る。
フランツィスカの侍女とマルグレーテも、フランツィスカに遅れることしばし、程度の速さでついてこれたのだ、これは驚異的と言って良いだろう。
「じゃあ、お二人の呼吸が整うのを待つ間に、ハンナ、状況を」
「はい、お嬢様」
メルツェデスはもちろんのこと、ハンナも呼吸に乱れはない。
そして驚くべき事に、フランツィスカも到着してすぐに呼吸が整っていた。
これも彼女が普段から弛まぬ鍛練をしているからである。……鍛練で何とかできてしまうあたり、彼女の潜在スペックもやはり人並みどころでなく高いのだろう。
改めて親友の能力を認識したメルツェデスは、満足げな顔でフランツィスカの顔をちらりと横目で見たのだが……残念ながらフランツィスカに気付く余裕はなかった。
「それではご報告いたします。やはりマルグレーテ様の見立て通り、あの倉庫に村人が集められておりました。
流石に、全員かどうかはわかりかねますが……ざっと見たところ、百五十人以上はいたかと」
「……でしたら、この村の大半がいることになるかと思います……」
ハンナの報告に、マルグレーテが硬い顔で補足を入れる。その人数は、確かにこの村の規模感とも一致していた。
納得した顔でうなずいたメルツェデスは、目線だけでハンナに続きを促す。
「周囲を歩いている村人はおらず、目に付くのは武装した男達のみ。歩き方からして、全員が一定以上の腕を持っていると考えられます」
「そう……倉庫の造りはどうだったかしら。壁とか簡単に崩れそう?」
「いいえ、かなりしっかりした造りをしていますから、壁を崩して踏み込もうとは考えないかと」
「いや、壁がどうあろうと普通は考えないからね?」
メルツェデスとハンナの会話に、思わずフランツィスカはツッコミを入れる。
彼女は知らない。かつて倉庫に踏み込む際、メルツェデスが扉を蹴破ったことを。
なんなら、前世の記憶から、一度壁を斬って侵入してみたいと考えていることなど、想像すらしていない。
そもそも、屋内に強行突入する必要など、普通の人間には生じない。今更だが。
「となると、気付かれないよう中に潜入できれば、逆に倉庫が壁になって村の方々を守ってくれそうだわ」
「……なるほど、それは確かに。倉庫から森に逃げてもらうことを考えていたけれど、バラバラに逃げると、バラバラに捕まる可能性があるわね」
「そういうこと。そうなると人質にされてしまうわ。それよりは、立てこもれる態勢を作っておいた上で、入り口で防衛線を張った方が効果的に守れると思うの」
遠い目になりそうだったフランツィスカだったが、メルツェデスの言葉に気を取り直し、頷いて返す。
助け出して終わり、ではなく、安全確保までしなければならない。
そのための条件は決して悪くもない。
「……私も、戦力として数えてくれるわよね?」
「ええ、もちろん。こういうシチュエーションだと、フランのバースト・エンチャントはとても有効だもの」
バースト・エンチャントは、武器に爆発の魔力を付与する魔術。
射程が普通の武器とほとんど変わらない、制御を失敗すれば自分まで爆発に巻き込まれる、などデメリットが大きい反面、少ない魔力消費で何度も爆発を起こすことが出来る、というメリットがある。
これを高い魔力と制御能力がありながらプレヴァルゴの騎士とも切り結べる程の剣技まで併せ持つフランツィスカが使えば、集団戦において極めて有効な戦力となるのは間違いない。
ただし、ある一つの条件をクリアしていれば、だが。
「だから……覚悟しておいてね。その手を汚すことを」
「……ええ、いつかこの日が来ると思ってはいたわ」
メルツェデスが真剣な顔で言えば、フランツィスカも空気の変化に気づき、神妙な顔で頷き返す。
プレヴァルゴの特質を持つメルツェデスやクリストファーと違い、フランツィスカのメンタルは普通の人間であるはず。
去年の戦闘訓練で魔獣達を屠った経験はあるが、初めて人をその手にかけようというのに、ためらいや罪悪感が手を鈍らせる可能性は否定出来ない。
そのことは、フランツィスカもわかっていた。
だから、考えていた。自分が、人をその手にかけることが出来るのか。メルツェデスの隣に立つのだと決めた時から。
そして今、彼女はメルツェデスの隣に立っている。
「そう。なら、フランには倉庫を確保した後にしっかりと働いてもらうわね」
そんなフランツィスカの目をじっと見つめたメルツェデスが、確認するように頷いた。
その意味するところがわからないフランツィスカではない。
認められた。認めて、もらえた。
それだけで高揚感のあまりどうにかなってしまいそうだが、しかし、落ち着け、まだ早いと自分を諫める冷静な部分も残っていた。
ここで失態を犯せば、命を失う可能性すらある。そして、色々な意味でメルツェデスの隣に立つことは二度と出来ないだろう。
そう自分に言い聞かせて、気持ちと表情を引き締め直す。
「倉庫の確保は、わたくしとハンナで実行するわ。ハンナ、気配からして倉庫の周囲には見張りが全部で6人、で間違いないかしら」
「はい、お嬢様、その通りでございます。出入り口の前に二人、周囲を四人が見回る形で、全員呼び子笛を持っておりました」
この距離で、気配のみを手がかりにメルツェデスは人数を当ててしまった。
そして、当たり前のようにハンナも倉庫の周囲を、全く気付かれずに探ってきていた。
そのことに、やはりまだまだ、とフランツィスカは身震いし、侍女やマルグレーテは常識外れすぎて絶句する。
そんな三人を尻目に、メルツェデスは救出プランをまとめていく。
「まずはわたくしとハンナが先行、気付かれないようにしながら見張りを排除しつつ入り口を確保。
フランはお二人をエスコートしつつ後から追ってきてちょうだい。
わたくしが入り口を確保したら、ハンナはそのまま外を回って残る見張りを排除。
その間にフランは二人と一緒に倉庫の中へ。マルグレーテは村の皆さんに助けに来たと説明してくださいな」
「……まあまあタイミングがシビアね? 見張りに見つからないように、でもメルとハンナさんが排除するタイミングに遅れ過ぎないように移動しろ、と」
「ええ。出来るわよね?」
「やってみせるわ、必ず」
問いかけるメルツェデスに対して、フランツィスカはきっぱりと頷いて見せる。
自信があるかないかで言えば、はっきり言って、ない。
何しろメルツェデス達とここまで呼吸を合わせる必要がある作戦など、今までやったことなどないのだから。
けれど、それでもフランツィスカは、出来ないとは言わない。
「だって、メルは不可能な作戦なんて立てないでしょ? だったら、やってみせるだけよ」
「いいわねフラン、実にわたくし好みの返答だわ」
だから、フランツィスカは強気な表情を作って見せて。
それを見たメルツェデスは、とてもとても、楽しげに笑ったのだった。




