敵情視察から見えるもの。
こうしてマルグレーテの案内を得たメルツェデス達は、襲われたという村に辿り着くことが出来た。
ちなみに、今回はフランツィスカの侍女も無事ついて来れている。
彼女も優秀な身体能力を持ってはいるのだ。他三名が異常なだけで。
「……あそこです」
村を見下ろせる小高い丘の上からマルグレーテが身を屈めつつ指させば、メルツェデス達も同じような姿勢でそちらへと視線を向ける。
一見すればよくある農村なのだが、今その村を闊歩しているのは鍛えているのが明らかな男連中ばかり。
ほぼ全員が腰に剣を提げたり槍を手にしていたりと武装しているあたり、どう考えても普通の農民ではありえない。
それから、気になるものがもう一つ。
「……あの並んでいる大きな建物は、何かしら」
メルツェデスが指し示した先にあるのは、確かにこんな農村にあるには不釣り合いな大きな建物。
正確に言えば、高さは然程ではないが広さと奥行きが随分とある平べったい構造になっている。
メルツェデスは、その建物に似たものを知っていた。
「あ、あれは鶏舎……鶏を育てている建物なんです。この村では、二十年近く前から養鶏が盛んでして」
そしてマルグレーテの答えは、メルツェデスが知っていたものの一つだった。
牛舎か豚舎、あるいは鶏舎。畜産業を営む建物に似ていたのだ。ただしそれは、現代日本での話。
「養鶏を、あの建物の中で? そんなことしたら、鶏が病気になるんじゃないかしら」
「いえそれが、『浄化』の魔法とかを上手く組み合わせたら健康に育てられるんですよ。
おまけに小部屋の中だから卵が簡単に回収出来て、毎日のようにたくさん取れるんですよ」
「わざわざ鶏に『浄化』を? 随分と贅沢な育て方をしてるのねぇ」
フランツィスカの問いは、この世界では常識的なもの。
そして、それに返ってきた答えは、メルツェデスが予測したものと重なっていた。
「……ほんとにお手柄だわ、マルグレーテ」
「え、はい? ど、どうしたんですかいきなり」
突然メルツェデスから褒められ、マルグレーテは狼狽える。
彼女からすれば当たり前のことを説明しただけ、褒められることなど何もしていない。
だがそれは、メルツェデスからすれば大きな意味があった。
「どういうこと、メル。……え、まさか?」
「ええ、そのまさか。いえ、少し違うわね……もう少し連中との関わりを調べないといけないけれど。
ここに例の案件に関する手がかりがあるのは間違いなさそうだわ」
はっとした顔になったフランツィスカへと、メルツェデスは頷いてみせる。
この養鶏場の運営の仕方には、現代日本の知識を持つ人間が関わっているのは間違いない。
そして、そんなことを知っている人間は、メルツェデスの知る限り二人しかいない。
メルツェデスともう一人、『魔王崇拝者』の首領と思われる男だ。
「フランですら知らない方法で鶏の健康を維持して、大量に育てることが出来る。
そんなことが出来るのは、何か普通じゃない魔術知識を持つ人間に限られるわ」
「それはそうね……しかも本当に安定して大量に鶏を育てて、卵を量産することが出来ているなら……連中が豊富な資金を持つのも納得ね」
説明を聞いて、フランツィスカが小さく首を振る。
俗に物価の優等生と言われることもある卵だが、昭和25年で1パック100円程度だった。
当時の大卒銀行員の初任給が3,000円と言われることを考えると、今の感覚で1万円弱程度だろうか。
ちなみに、貨幣換算では2,500円程度になると言われるのでまた感覚は変わってくるのだが……いずれにせよ、当時は高級品の類いだったことは間違いない。
これが江戸時代にまで遡ると1パック4,000円、1個400円程度とさらに高級品になってくる。
その卵を密かに大量生産していたのだとすれば。
「おまけに卵を各地で分散販売していれば、流通が妙に増えているだとかも気付かれにくいわね。まさか卵をそんな大量に取り扱っているだなんて、そうそう思わないもの」
「まあ、ね……数千だとか一万だとかの卵も、あちこちに散らばらせれば数百だとか数十。普通気付くものではないわね……」
メルツェデスとフランツィスカが真剣な顔で話し合うのを見れば、マルグレーテはあわあわと慌てふためきながら二人の顔色を窺う。
何しろ村の主要産業である鶏卵が何やらいわくつきだったらしいのだ、領主、つまり責任者の娘としては冷静でいられないところだろう。
そんな彼女に気付いたメルツェデスが、苦笑しながら小さく手を振って見せる。
「ああ、大丈夫よ、心配しないで。あなた達は騙されてたのだと思うし、責を問われることにはならないわ」
そう聞けば、マルグレーテは覿面にほっとした顔になった。
もちろんメルツェデスとて、彼女がいわれのない罪に問われるのは避けたいところだし、そもそも今はそこを追求している暇がない。
「ねぇメル。ということは、村を襲った連中は例の件と無関係?」
「とも言い難いのよね……知ってて襲ったのか、何か別の狙いがあるのか……殺さずに捕まえてたっていうのだから、そこに意味があるはずなのよ」
「それもそうね。例えば鶏舎を奪うとかであれば、人を死なせても問題はないはずだし」
フランツィスカの返答に、メルツェデスも頷きかけて。しかし、動きを止める。
人が死んでも問題ない。本当に、そうだろうか?
「……いえ、問題ありだわね。もしも連中が鶏舎の事情を詳しく知っていたのであれば、殺してはいけない人間がいることもわかっていたはず」
「……あ、『浄化』を使える人間、ね? 彼らがいなければ、遠からず鶏たちは病気になって死んでしまうはず、と」
「ええ、そういうこと。そしてその顔を知らなければ、全員を生かしておかないといけなくなるわ」
メルツェデスに続いてフランツィスカもそのことに思い至り、納得顔になる。
であれば、一先ず村人や男爵を殺さず生け捕りにしておいたことも理解出来るのだが。
「あ、あのぉ……『浄化』を使えるのって、村人の大半です。少なくとも大人はほぼ全員使えるはずですよ」
「なんですって?」
恐る恐るマルグレーテが手を挙げながら言えば、メルツェデスは思わず振り返る。
村人のほぼ全員が、比較的簡単な魔術ではあるけれども『浄化』を使える。そんなことがありえるだろうか。
「……もしかして、鶏舎を建てた頃くらいから移住が増えたりしてたかしら」
「はい。逆に『浄化』の使えない大人は、別の仕事を斡旋されて村の外に出て行ったりしてまして」
「結果、この村は養鶏のために村人が存在するような状態になっているわけね……」
マルグレーテの説明に、メルツェデスは目を細める。
おかしい。明らかに、おかしい。
だが今は、そのことを追求している場合ではないだろう。
「となると、襲ってきた連中は事情をよく知っている可能性が高いわね。
であれば出来る限り死なせまいとするでしょうから、生きてはいるはず。
そして、ひとまとめにして監視出来る広い場所に集めたいでしょうから……」
「あ、それなら、多分あそこの倉庫じゃないでしょうか。採取した鶏卵を一時的に置くから、広くて清潔なんですよ」
言われて視線を向ければ、確かに大きめの倉庫があった。
遠目だから正確にはわからないが、かつてメルツェデスが怪獣大戦争をやらかした倉庫と同じくらいの大きさに見えなくもない。
であれば、数百人の村人だって詰め込むことは可能だろう。
「わかったわ、ありがとう。では……ハンナ、先行して探ってきてもらえるかしら」
「かしこまりました、お嬢様」
メルツェデスが指示を出せばハンナはすぐに返事をして。
次の瞬間には、消えた。いや、消えたように見えた。もっとも、メルツェデスの目はしっかりと捉えていて。
そして、もう一人。
「な、何とか見えたわ……ギリギリだったけど……」
フランツィスカも、日頃の訓練の成果か目で追うことは出来ていた。
はっきりと姿を認識出来たわけではないからまだまだだ、と自分を戒めるフランツィスカ。
そんな彼女の姿を、メルツェデスは頼もしげに見ていた。




