まだ見ぬ偽物を求めて
「それにしても、よく公爵様が許してくださったわね?」
偽メルツェデスの目撃情報が多かった地域へと向けて馬を走らせながらメルツェデスが問えば、隣で同じく馬を走らせるフランツィスカは少々得意げに胸を張った。
ちなみに二人とも、騎乗のため以前の訓練で来ていた騎士が着るような衣服を身に纏っていて、二人の後ろにはハンナとフランツィスカの侍女が馬でついてきている。
「こんなこともあろうかと、お父様を説得しておいたのよ」
「説得って、大変だったんじゃない?」
「ええ、頑として聞いてくださらなかったから、警備主任を一対一で打ち倒して強引に納得していただいたわ!」
「あらまあ」
誇らしげに言うフランツィスカの少し後ろで、なんとか付いてきているフランツィスカの侍女が複雑な表情で溜息を吐いていた。
彼女の立場からすれば色々と物申したいこともあるだろうに、言葉には出さず表情に滲ませるのみ。
もっとも、見えていないのか見ないようにしているのか、フランツィスカはスルーだが。
「それはまた、随分とお転婆な説得の仕方をしたのねぇ」
「メルにだけは言われたくないわね、それ」
ジト目を向けるフランツィスカに対して、メルツェデスは涼しい顔。
恐らく王国一のお転婆と称しても一切文句が付かないであろう彼女だ、フランツィスカもそこまでとは思っていない。
なお、首位争いを出来るとすればヘルミーナが相手になるだろうか。
お転婆二大巨頭が親友なことを改めて思えば、一瞬フランツィスカが遠くを見るような目になったのも仕方のないところだろう。
「まあそれはそれとして。フランも腕を上げたものね、公爵家の警備主任を倒すだなんて」
「正直に言えば、相性の問題も大きかったと思うけれどね。
彼は地属性な上に、近距離特化だから」
「なるほど、例の爆炎付与で押し切った、と」
端的なフランツィスカの言葉だけで読み取ったらしいメルツェデスへと、苦笑しながらフランツィスカは頷いた。
彼女が身に付けた爆炎付与の魔術は、掛けた刀身で切りつけるだけで爆発を起こすことが出来る。
それは切り結ぶだけで爆炎が襲いかかってくることを意味し、近接戦闘しかない剣士や戦士にとっては天敵と言ってもいいもの。
その上火属性に弱い地属性に対してなら、並みの兵士であれば一発KOすらありえる威力だ。
もっとも制御が難しい上に必要な魔力も多く、そんな付与魔術を身に付けられた者は今までいなかったのだが……この辺りは、ある意味でライバル令嬢の面目躍如とも言えるだろうか。
「あの魔術を制御しきるだけの魔力と魔術制御能力を持ち合わせていて、その上で白兵戦能力を身に付けられる人間なんて、そうはいないでしょうね」
「ふふ、メルに褒められるのは悪くないわね」
などとフランツィスカは笑うが、実際に大したことではある。
つまるところ、一流魔術師並みの魔力と制御能力を持つ剣士であることが必須条件となるのだから。
そんなことが出来る人間など、本当に一握りだ。
「お教えすれば、ジークフリート殿下やエドゥアルド殿下も使えるかも知れないけれど……万が一失敗した時が怖いし。
後は、能力だけならクリストファーさんも……って、そういえばこういう時にクリストファーさんを引っ張ってこないのは珍しいわね?」
今更ながら気付いた様子でフランツィスカが首を傾げた。
彼女の知る限り、退屈しのぎで人手の要る時には、大体クリストファーが引っ張り出されていた。
彼自身、迷惑そうな素振りをしながら内心では頼られて悪い気はしていないようだったので、てっきり今回も来るとフランツィスカは思っていたのだが。
「ええ、今回は、ね。あの子も入学直後の大事な時期だし、学院の方を優先して欲しいなと思って」
「あらまあ。……ふふ、メルもやっぱりお姉ちゃんなのね」
「何を言ってるのフラン、わたくしは常に姉らしく振る舞っているわよ?」
「それは……メルがそういうならそうなんでしょうね」
メルの中では、という言葉は言わないでおくフランツィスカ。
彼女の知る限り、プレヴァルゴ姉弟は一般的な姉弟関係ではないように思うが、二人がそれでいいのならいいのだろうと割り切ってもいる。
他人の兄弟姉妹関係に頼まれもしないのに首を突っ込んでも、多くの場合ろくなことにはならないのだから。
「話を戻すと、そういうわけで、爆炎付与をしさえすれば余程の相手でない限り足を引っ張らないで済むと思うのよ。
そうでなければ、こうして同行を願い出たりしないわ?」
「それはそうね、フランが考え無しに動くとは思えないし。
正直に言えば、属性のことを考えると、フランがいてくれた方が心強いのは間違いないし」
「でしょう?」
納得顔のメルツェデスへと、うんうんうんうんと何度も頷いて見せるフランツィスカ。
例えば戦力だけの組み合わせで言えば、メルツェデスとヘルミーナのコンビが最強で最恐だろう。
『ウォーターキャタピラー』という機動力まで手に入れた高機動高火力のヘルミーナと、ガイウスと互角に近い白兵戦能力を持つメルツェデスの組み合わせにつけいる隙はほとんどない。
ただ一点、二人の属性が同じであり、例えば水属性に耐性がある風属性で物理に強い敵が相手となった場合に苦戦する恐れがある。
……条件が限定的ではあるが。
「風属性なら私の火属性のダメージが通るし、大体の状況はカバー出来ると思うのよね」
「ええ、その通りだと思うわ。強いて言うならば霜の巨人ヨトゥンでも出てくれば面倒だけれど……多分、ないわね」
「あら、どうして?」
「恐らくだけれど、巨人の世界では黒幕さんの評判がダダ下がりしてる筈だから」
小首を傾げるフランツィスカへと、メルツェデスは確信めいた笑みで返す。
去年の盛夏祭前夜、彼女が繰り広げた怪獣大戦争の最後を飾った、炎の巨人ムスッペル。
『魔王崇拝者』である黒幕が誤った情報を元に召喚した結果、彼は屈辱的とも言える大敗北を喫した。
その際ムスッペルは黒幕に騙されたと認識しており、巨人の国へと還った後にそのことを吹聴した可能性はそれなりに高いはず。
反対の属性であるヨトゥンにまで話がいっているかはわからないが、決してゼロではないだろう。
霜の巨人ヨトゥンは火属性に強い水属性であり、かつ水属性無効な上に物理耐性も高いという、ヘルミーナやメルツェデスの天敵と言うべき存在だ。
また、フランツィスカの攻撃も通じにくいため、この二人で苦戦する可能性がある数少ない敵の一つである。
そんなヨトゥンが召喚されにくい状況というのは、メルツェデス達にとっては歓迎すべきことだ。
「そもそも、これが『魔王崇拝者』達の撒き餌だったとして、であればジークフリート殿下を誘いだそうとするはずだから、ヨトゥンを召喚する可能性はそんなに高くないと思うし」
「……あら? でもそうなると、メルの名前を騙っているのがおかしくなってくるわね?」
メルツェデスの推論に、フランツィスカが首を傾げた。
ジークフリートを誘い出すためならば、彼の名を騙るところだろう。
しかし、今回騙られているのは、メルツェデスであり、そこにジークフリートが行くことになるとは思えない。
いや、彼がメルツェデスに思いを寄せていることを知っている人間でもいれば別だが、そんな人間は王都にいる一部の貴族に限られるはずである。
そんなフランツィスカへと、彼の気持ちにこれっぽっちも気付いていないメルツェデスもこくりと頷いて見せる。
「ええ、わたくしの偽物が『魔王崇拝者』だとしたら、そこがおかしいのよ。
となると、全く関係ない人が、わたくしを呼ぶためにやっている、ということになると思うのよね」
「『魔王崇拝者』以外にそんな命知らずなことをする人間がいる、というのがよくわからないのだけれど」
「まってフラン、わたくし、問答無用で斬り捨てるつもりはなくってよ?」
心外だとばかりにメルツェデスが言うも、フランツィスカとてメルツェデスが問答無用で、とは思っていない。
必要があればバッサリだろうが。
「けど、そうなると……だめね、これ以上は情報が足りないわ」
「ええ、わたくしもそう思うわ。変な思い込みを生んでも良くないでしょうし、ね」
ふるりと首を振るフランツィスカに、メルツェデスも首肯する。
仮説を立てることは大事だろうが、思い込みすぎてもよろしくはない。
「となると、まずはさっさとわたくしの偽物に会って色々お話してもらわないと」
「……ねえメル……いえ、何でも無いわ、お手柔らかにね?」
何やら背筋に寒いものを感じたフランツィスカが伺うような声音で言う。
メルツェデスの父親は、『マスターキー』の異名を持つ尋問の名手ガイウス。
その娘であるメルツェデスが、話をしてもらおうというのだ、剣呑なものを感じてしまっても仕方が無いだろう。
だが、そんなフランツィスカの不安をよそに、メルツェデスはいい笑顔である。
「あら、大丈夫よ。ちゃんとお父様から、限界の見分け方は教えていただいているから」
「違うのメル、そういうことじゃないのよ……」
力無く首を振りながら、フランツィスカは思ってしまう。
偽物さん、逃げて、と。
そんなフランツィスカの思いなど知らず、メルツェデス達一行は順調に馬を走らせるのだった。




