大人達とメルツェデス。
こうして方針が定まったところで一旦プレヴァルゴ邸へと戻ったメルツェデスを待っていたのは、ブランドルからのご注進だった。
「街中にも、わたくしに助けられたと言っている人が複数人いた、と」
「へい。しかし詳しく聞けば、お嬢様が王都にいらした日時ばかり。
これがどういうことかはまだわかりませんが、まずはお耳にいれねぇと、と」
プレヴァルゴ邸の裏庭、片膝を衝きながらブランドルは街中での話を報告する。
いまや王都の地回りの中では最大勢力となったブランドル一家の情報網は広く、集めてくる情報の量は相当なもの。
その彼らが今このタイミングで掴んできた、ということは。
「どうやら最近になってその偽メルツェデスさんは活動を開始したみたいね?」
そう前置きした後、メルツェデスも学院であったことをブランドルと共有する。
男爵令嬢達だけが助けられたのならば、たまたま運良く助けられただけ、という可能性もあった。
しかしそれが複数となれば、継続的にメルツェデスとして振る舞っていることになる。
「なのにあなた達ブランドル一家が今日になってやっと掴んだということは、助けられた人間が王都に入ってきたのがここ数日。
ということは、一週間ほど前から活動を開始したということになるのではないかしら」
この王都に来て、メルツェデスに助けられたなどというネタを街の酒場で話さないはずがない。
そして、ブランドル一家が偽メルツェデスなどという情報を取り逃すはずがない。
となれば、人々の口に上るようになったのがつい最近、助けられたのもつい最近ということになるはずだ。
「そこまで買っていただけているのは嬉しい限りでやすが、しかし、そうなりますと……のっぴきならない何かが起こっているってことになりやせんか?」
「ええ、しかも、こんな手段で伝えようとしなければいけないくらいの面倒な事態が。
ただ、それが王都や周辺に目立った影響、被害を与える前に伝わってきたことは、不幸中の幸いかも知れないわね」
「事が起こって、まだそれほど日数が経っていない、手遅れでない可能性がまだある、ということですね?」
「その通り。これなら、まだ間に合うかも知れない……いえ、間に合わせるためにこれだけ目立ったことをしているのかも知れないわね」
頷くメルツェデスの顔は、実に楽しげ。
少なくとも、その名を騙られて憤っている人間のそれではない。
「お嬢様、馬車の準備が出来ました」
と、いきなり現れた家令のジェイムスが言えば、メルツェデスは驚いた様子も無くこくりと頷いて返す。
「ありがとうジェイムス、流石、手回しのいいことね」
「お褒めに預かり、恐縮でございます」
「それから……本当は今日にでも出たいのだけれど、帰りは夜になってしまうでしょうから、明日の朝すぐ出られるよう馬の準備も」
「心得ております」
事は一刻を争う状況だが、流石に父ガイウスへの報告と相談を欠かすわけにはいかない。
ヘルミーナをどうするか決めた後、彼女とフランツィスカにも連絡し、となれば日も落ちて王都の城門も閉じてしまっているだろう。
いくらメルツェデスでも、そんな状況で夜に馬を無理矢理走らせるような暴挙は憚られた。
「ふふ、退屈などしていられないくらい忙しくなりそうね?」
実に楽しげな笑みを残し、メルツェデスはハンナをともなって馬車へと乗り込んだ。
「そういうことなら、ピスケシオス様にはお前が戻ってくるまで王城で寝泊まりしていただいた方がいいだろう」
「まあ……もしや、お父様も泊まり込むおつもりですか?」
「お前の代わりが務まるのは、最早俺しかおらんからな」
王城の執務室にガイウスを訪ね、事の次第を報告した結果、ガイウスが出した結論がこれである。
状況を聞けば、メルツェデスが出張って対応するのが一番だろう。
しかし、やはり現状ではヘルミーナをあまり出歩かせるわけにはいかない。
となれば、彼女を安全なところで保護するのが現状においてはベストだろうという判断だ。
そして、メルツェデスの傍と同等かそれ以上に安全な場所など限られている。
「そこまで評価していただけるのはとても嬉しいですけれども……逆に、わたくし以上の腕を持つ騎士がいないというのも、あまりよろしくはないですわねぇ」
「言ってくれるな、俺も悩ましいところなんだ。可愛い我が娘の成長を喜ぶべきか、部下の不甲斐なさを嘆くべきか。
いや、比較対象がメルティな時点で、あいつらを不甲斐ないと言うのも可哀想な気はするが……。
剣の腕だけならジタサリャス卿もいるが、彼は魔力という面がどうしてもなぁ」
夏の剣術大会でガイウスと好勝負を広げた、クララの養父であるジタサリャス男爵は文字通り男爵だ。
この国において個人の持つ魔力は、高位貴族ほど高い傾向があり、そして彼も例外ではなく、男爵相当の魔力しか持っていない。
ゲームにおいてほとんど出てこない彼だ、残念ながらゲーム補正的なものはない様子。
それでも相手が普通の人間であれば何ら問題はないが、これが特殊な魔物だとかが襲ってきた場合の対処能力はどうしても見劣りしてしまう。
そうなると、メルツェデスが傍にいるのと同等の安全性を得るためにはガイウスが近くにいる必要がとなってしまうわけだ。
尚、クリストファーやギュンターの傍も比較的安全ではあるのだが、流石に若い彼らが傍にいるのは色々と外聞がよろしくないため、候補から外れている。
「そうなると、やはりお父様が近くにいた方が、ということになりますわね。
……お父様もこれから忙しくなりそうですのに、申し訳ございません」
「いや、気にするな。どの道しばらくは書類仕事や打ち合わせなんだ、むしろ王城に寝泊まりするのは都合がいいくらいだしな」
メルツェデスが頭を下げるも、ガイウスは軽く手を振って応じた。
秋に様々な工作を仕掛けてきたチェリシア王国が、本格的に何かをしでかすとすれば暖かくなってきてからというのがガイウスと国王クラレンスの読みであり、密偵からの情報からもその気配は感じられる。
おまけに、そのチェリシアと国境を接する領地を持つジェミナス伯爵は『魔王崇拝者』との繋がりが疑われ、チェリシアに同調して動く可能性が否定出来ない。
そのためガイウスは有事に備えて関係各所と密に連絡を取り合う忙しい日々を送っている。
であれば確かに、王城に寝泊まりしている方が移動時間の分仕事が出来る、と言えばそうだろう。
「お体にだけはお気を付けくださいね?」
「おいおいメルティ、誰にものを言ってるんだ?」
メルツェデスがいえば、ガイウスは面白そうに笑い飛ばした。
ちなみにガイウスは生まれてこの方風邪一つ引いたことのない男である。
メルツェデスも、以前ジークフリート襲撃の際に寝込んだのが人生で唯一である。
尚クリストファーも同様であり、こんなところにも親子としか言えない何かがあった。
それから、メルツェデスは表情を改める。
「どうかミーナをよろしくお願いいたします」
「気にするな。ピスケシオス様の件は、国家にとっても一大事になりかねんしな」
「それから、それから……今回の一件、わたくしに任せてくださったこと、有り難く思います。
必ずやその信頼に応えて見せますわ」
「ああ、メルティならやれると信じているぞ」
メルツェデスが頭を下げれば、ガイウスも力強く頷いて返した。
こうしてガイウスの許可を得たメルツェデスは王城を辞して、その脚でエルタウルス邸へと寄り、フランツィスカへどうなったかを直接報告。
「なら、私はメルと一緒にいくわ!」
と力強く宣言した。
「そうね、フランと一緒なら心強いわ」
その様子に、思わずくすりとメルツェデスは笑みを零す。
こうして、メルツェデスとフランツィスカは、偽メルツェデスの元へと向かうことになったのだった。




