もう一人のメルツェデス?
流石にそのまま馬車止まりで話を聞いても迷惑だろうということで、学院内にある上位貴族向けサロンで彼女達から聞き出した話はこうである。
彼女達は地方在住の男爵令嬢で、住んでいるところが近いため、同じ馬車に同乗して学院の入学式に向かっていた。
ところが道中で山賊のような連中に襲われ、あわやの危機に陥ったところを、黒髪の女性に助けられたのだという。
「なるほど、その方がメルツェデス・フォン・プレヴァルゴを名乗っていた、と」
「はい、長い黒髪に額の傷と、噂に聞いたとおりのお姿でしたので、てっきりそうなのだと……」
「それで、この学院に在籍されているはずだから改めてお礼を、とお探ししていたのですが……」
「まるっきり別人だった、というわけですね」
確認するようにメルツェデスが言えば、恐縮したように二人は肩をすぼめながら、こくりと頷いた。
二人の様子を見るに、嘘を吐いてはいなさそうである。
だが、ではどういうことなのか。
「わたくしの名を騙る者が居た、ということなのでしょうが……となると、少々面倒なことになりますわね」
「メル、顔が全然困ってないわよ。……とはいえ、あなたが対処しなければいけない可能性は高いけれど」
頬に手を当てながら思案げな顔を作るメルツェデスへと、フランツィスカが突っ込みを入れる。
実際、思案げではあるものの、その目はむしろ楽しげですらある。
「そうね、ちょっと真面目にお話しましょうか。
ねえお二方。そのわたくしの名を騙った者は、『勝手振る舞い』だとかを口にしましたか?」
「え? ……いえ、それは口にしていなかったかと思います」
「ふむ。ということは、その者もわかっているのかしら。
もしも口にしているようでしたら、わたくしが地の果てまでも追い詰めて成敗しなければならなくなることを」
若干、メルツェデスの声に感心したような響きが混じる。
何しろ彼女の持つ『勝手振る舞い』の許しは極めて強力な権限であるため、当然乱用していいものではない。
万が一部下や知り合いなどが威光を傘に着て勝手に振る舞えば、その始末を付けねばならないわけだ。
もちろんメルツェデスの名を騙ることは『勝手振る舞い』を勝手に使うことに近しいものはあるが、法律上はギリギリ別物である。
もっとも、伯爵令嬢の名を騙ることそのものが重罪ではあるが。
「ちなみにその者の傷は、わたくしのものと似ていましたか?」
そう言いながらメルツェデスがちらりと三日月の傷を見せれば、令嬢二人は一瞬息を飲み、それから首を横に振った。
聞けば身長も女性にしては高かったもののメルツェデスほどではなく、顔立ちも違っており、こうして本人を目の前にすれば、似ても似つかないという。
「そこまで似ているわけでもないのに、わたくしの名を騙る……すぐにバレそうなものよね?」
「騙ってる本人が、メルのことを直接は知らないんじゃない?」
首を傾げるメルツェデスにエレーナが口を挟むも、メルツェデスは首を横に振って返す。
「それはそうだと思うのだけれど、であれば尚のこと、なぜこんな、バレバレな騙りをするかがわからないのよ」
「それは……そう、ねぇ……」
言われて、エレーナも言葉につまる。
王都から離れた地方、メルツェデスのことを直接は知らない人間が多い土地で、メルツェデスの名を騙る。
何故そんなハイリスクなことをするのか。
「助けたからと、金品を要求されたわけじゃないのよね?」
「は、はい、血路を開いて何とか逃げ出すのがやっとで、とてもそんな、金銭のやり取りなどをする暇もなく」
「……ますますおかしいわね。メルを騙るなら、山賊程度は軽く追い払うくらいの腕がないと話にならないのに」
「えっ、そ、そうなんですか……?」
メルツェデスガチ勢なフランツィスカが不満げに言えば、令嬢の一人が驚いたような顔になる。
色々と噂は聞くが、こうして実際に会ったメルツェデスは身長こそ高いもののお淑やかな令嬢でしかなく、とても噂のようにバッタバッタと悪党を薙ぎ倒す女傑には見えないのだが。
「うん、まあ。姉さんを騙るなら、山賊の三桁くらいは涼しい顔で薙ぎ払わないとかなぁ……」
「そ、そんなにですか……?」
クリストファーがしみじみつぶやけば、令嬢の一人が愕然とした声を出す。
その顔にはハッキリ書いてあった。『人間なんですか?』と。
だがその言外の問いかけに、クリストファーは曖昧な笑みを返すばかりだ。
「となると、わたくしに成り代わるつもりではない、ということになるのかしら。
だとしたら、尚更意味がわからないのだけれど」
メルツェデスが言えば、その場にいた全員が首を傾げる。
成り代われるだけの力も無いのに、わざわざ危険を冒して人助けをするなど、自殺行為にも等しい。
そんな愚を犯すのは、何故か。
「となると、むしろバレることが目的なのでは」
「うん? ミーナ、一体どういうこと?」
不意にヘルミーナが言えば、エレーナが不思議そうに尋ねる。
バレるために貴族令嬢の名を騙るなど、まるで意味がわからないのだが。
「普通の貴族令嬢の名を騙るなら、バレることに意味はほとんどない。捕まれば最悪縛り首だし。
けれどメルなら……こんな事件を聞いたら、首を突っ込むでしょ」
「なるほど……つまりわたくしを騙ることによって、わたくしを呼び寄せたい、ということかしら」
「多分だけれど、そう」
ヘルミーナが立てたまさかの仮説に、しかしメルツェデスは納得顔。
いや、フランツィスカやエレーナ、クララにクリストファーといった、メルツェデスをよく知る面々からも、微妙な顔ではありつつ反論が出ない。
彼女なら、メルツェデスなら行く。絶対に首を突っ込む。全員が全員、そのことをよくわかっていた。
「もしそうだとして、そんな手を使うってことは……まず、姉さんと直接的な連絡を取るツテがない。そもそも顔見知りでない可能性が高い」
「そうね、わたくしと同年代で、背の高い黒髪の女性に心当たりは無いわ」
「さらに言えば、本人が王都まで来ることが出来ない状況にある可能性が高いと思われ」
ヘルミーナの補足に、やはり反論の声は上がらない。
ただそれぞれに、難しい顔をしたり、真剣味が増した表情になったりはしているが。
「ハンナ、欠席届の準備を」
「はい、お嬢様」
メルツェデスが言えば、すぐにハンナが頷き、姿を消した。
そう、一瞬で。
いつものことだからフランツィスカ達は苦笑するばかりだが、初めて目にする二人の令嬢は驚きのあまり声が出ない。
「やっぱり、行くのね」
「ええ、これはわたくしが行かないといけないでしょ?」
質問ではなく確認の口調でフランツィスカが言えば、すぐに肯定の声が返って来る。
「そうなると、私も一緒に同道した方が?」
「そうねぇ……そこは一度お父様達に相談しましょう」
ヘルミーナが問えば、メルツェデスは即断出来ずに保留した。
メルツェデスの名が騙られているのだから、メルツェデスが処理しにいくのが確実である。
だがそうなると、ヘルミーナを置いていっていいのかという問題が発生する。
そこを判断するのは、『勝手振る舞い』持ちであるメルツェデスでも躊躇われた。
「どちらにせよ、私も協力するからね?」
「ありがとうフラン。属性や能力を考えると、その方がありがたいわ」
メルツェデスが快諾すれば、フランツィスカの顔がほころぶ。
そこには、信頼されているという喜びが確かにあった。
反面、エレーナは悔しげな顔を見せている。
「……ごめんなさい、私はメルにはついていけないわ……」
「いいのよエレン、流石にこの状況では、ね」
返ってきたメルツェデスの言葉に、一層エレーナの表情は曇る。
メルツェデス達に比べてエレーナの力が見劣りする自覚はあるが、それをメルツェデスに認識されていると改めて突きつけられると、どうにも、辛い。
それでも、飲み込むしかないのだが。
「あの、私はエレーナ様と一緒に……」
「確かに、クララさんはその方がいいかも知れないわね」
エレーナを心配そうに見つめるクララが言えば、一瞬考えたメルツェデスは頷いた。
考えにくいが、クララを誘い出す罠である可能性はある。
また、ジークフリートが狙われる可能性もあるから、王都に居た方が無難と言えなくもない。
「では、皆それぞれ準備をしましょう」
メルツェデスが言えば、フランツィスカ達は一斉に頷いた。




