出会いの春。困惑の春。
それぞれに鍛え、成長があった冬から数ヶ月。
心配されていた魔王崇拝者達の動きも比較的大人しく、誘拐しようだとかヘルミーナに対しての直接的な動きもなかった。
もちろんそれで気を抜けるわけもなく、警戒自体は怠っていないメルツェデス達だが、それはそれとして節目のイベントはこなさねばならない。
「クリス、入学おめでとう」
「ありがとう、姉さん。……何だか少し緊張しちゃうけど」
春を迎え、王立学院にクリストファーも入学してきた。
新学年の始まりが春、というのもやはり日本製ゲームの影響なのだろうか、とメルツェデスなどは思ったりするのだが、そこを追求したところで意味はないので、笑顔の下に些細な疑問を埋め隠す。
もっとも、笑顔を向けられたクリストファーは、どこか微妙な顔つきなのだが。
「どうしたのクリス、そんな本当に緊張しているような顔をして。
新入生たるもの、もっと晴れがましい顔で居るべきではなくて?」
「いやぁ、僕だってもっとこう、晴れ晴れとした気持ちで入学式を迎えたかったんだけど、ね?」
問われたクリストファーは、視線を姉からその左右や背後へと動かす。
もちろんそこに居るのはフランツィスカにヘルミーナ、少し下がってエレーナにクララといったいつもの面々。
いや、公爵令嬢や侯爵令嬢がいつもの面々、というのもどうかとは思うが。
しかし、クリストファーが微妙な顔をしている理由は、恐れ多いだとかそういったことではなかった。
「失礼を承知で言うんだけど……このメンバーが揃ってるところを見ると、去年の夏キャンプを思い出しちゃって、胃の辺りが痛くなるんだよね……」
あはは、と虚ろな声で笑いながらのたまうクリストファー。
去年の夏。メルツェデスが大暴れするだけでなく、負けじとヘルミーナも大暴走し、地味にフランツィスカも騎士達をボコっていたキャンプ。
エレーナとクララはまだましだったが、それは足されなかっただけで被害を減らしはしなかった。
おまけに最後はメルツェデスとガイウスの怪獣大決戦である、思い出す、というかフラッシュバックに襲われてクリストファーの顔色が悪くなるのも仕方の無いところだろう。
「この程度で胃が痛いとは片腹痛い。これから毎日のようにこの面子と顔を合わせることになるのに」
「ですよね~……あ、あはははは」
無駄に偉そうにヘルミーナが言えば、クリストファーも虚ろに笑いながら頷くしか出来ない。
相手が侯爵令嬢で身分が上、だからだけでなく、ヘルミーナの持つ押しの強さに負けているところもある。
それ以上に、彼女が言ったことが単なる事実である、というのが何より大きい。
元々メルツェデス達はこの五人で行動することが多かったわけだが、そこに先日リヒターが至った仮説を踏まえ、メルツェデスが出来る限りヘルミーナの傍にいるようになった。
そして、二人とも水属性ということを考慮して、火属性であるフランツィスカも同じく傍に居ることがほとんど。
更に地属性のエレーナ、光属性のクララが居ればほぼ隙はない。
ということで、今まで以上にこの五人で固まっていることが増えたわけだ。
そうなると当然、学院内で姉に会う=この五人に出くわすということになる。
もっとも、思ったほどは会うこともないかも知れないが。
「ところで、ここで油を売っていていいの? ジークフリート殿下のところにご挨拶には伺った?」
「うん、先にご挨拶してないと流石に拙いでしょ、僕には『勝手振る舞い』はないんだから。
もっとも、あっても先に挨拶してるだろうけどさ、護衛の打ち合わせとかもあったし」
姉であるメルツェデスに問われ、クリストファーは苦笑しながら答える。
そう、クリストファーは入学を契機に、学院内においてはジークフリートの護衛に就くことになったのだ。
現状において、魔王崇拝者が狙うとすればヘルミーナともう一人、転生者と誤解されている上に闇属性への特効を持つジークフリートになる。
当然警護も厚くなっているのだが、学院内でゾロゾロと大人数を連れて回るのもよろしくない。
ということで、ジークフリートの稽古相手を務めている上に、今やギュンターに匹敵する腕となったクリストファーも、学年が違えども出来る限りはジークフリートの護衛をすることになったのだ。
ちなみに、『水鏡の境地』会得の確認でガイウスが稽古を付けた際にまた大騒動となり、結果クリストファーの腕が知れ渡ったという嬉しくない事件もあったのだが、これは割愛する。
そういった事情があるため、クリストファーが学院内でメルツェデス達に会うことは、比較的少なくなる、はずだ。
いや、ジークフリートが学年が上がったことで焦りを覚えてメルツェデスへのアプローチを強める可能性があるため、学年が違うのに頻繁に会うことになることもありえるが。
もしもそうなればクリストファーは、己の安寧とシスコン魂のためにジークフリートの妨害をするつもりでいるのが困ったものである。
「ジークフリート殿下の様子はどう? 落ち着いてらした?」
「そうだね……落ち着いてたっていうか、貫禄が出てきたというか。
やっぱりあの冬の模擬戦で一皮剥けた感じがあるね」
応援する気は全くないが。
それでも、姉に問われれれば正確に答えてしまうのがクリストファーである。
彼自身は参加しなかった模擬戦だが、彼が山ごもりから帰ってきた後に会ったジークフリートとギュンターが明らかに成長していたことを考えれば、その影響は察することが出来る。
だからクリストファー自身も更に弛むこと無く鍛錬を続けているのだが。
「そう、クリスの目から見てそうであれば、現状大きな問題はなさそうかしら」
クリストファーが鍛えてジークフリートの妨害をするまでもなく、メルツェデスはジークフリートの成長を戦力の増強としか捉えていなかった。
若干、哀れにもなるが……敵に塩を送るつもりもないので、フォローは入れない。
当然フランツィスカとエレーナも同様だし、ヘルミーナにそんな慈悲の心はない。
フォローを入れる可能性があるとすればクララ一人だが、エレーナのためにならないと判断し、沈黙を選択した。
残念ながら、ここにジークフリートの恋路を応援するものは一人もいないのである。
「そうだね、警護も十分配置されてるし、今のところ不審な人間が入ってきたりもしてないと思う。
姉さんの方にも引っかかってない?」
「ええ、わたくしもそういった気配は感じていないし、今のところは大丈夫じゃないかしら」
この姉弟のことを知らない人間が聞けば何の話と首を傾げるところだろうが、この場にいる者は全員が全員、それが当たり前のように聞き流している。
メルツェデス達が立ち話をしているのは、正門から入ってすぐにある馬車溜まり近く。
入学式の関係で、普段見慣れない人間が多数やってくるため、魔王崇拝者が紛れて入り込んでくる可能性がある。
そのため、気配察知に優れたこの二人が、不審な人間が来ていないか気配で探っているわけだ。
ちなみに事前のテストでは、二人がかりなら王家の影もプレヴァルゴ家の密偵も察知するという結果を出しているあたり、この二人の気配察知能力がどれだけのものか、わかろうというものである。
そして、そんな二人が同時に振り返った。
「きゃっ!?」
二人の視線の先には、近づいてこようとしていた二人の令嬢。
雰囲気や顔立ちからして、今年の新入生なのだろう。
そんな幼気な令嬢を驚かせてしまった事に気付いて、すぐにメルツェデスもクリストファーも笑顔を作った。
「ごめんなさい、何かご用かしら」
驚かせたことに対して謝罪をしながら、細かい説明は省きつつ、こちらに向かってきていたことに気がついていたと短い言葉の中でアピール。
とてもそうは見えないが、もし万が一不埒な目的で近づいてきていたのならば、それだけで怖じ気づくことだろう。
だが、ある意味予想通りに、二人は怯んだり怖じ気づいたような様子はない。
ないのだが。
何やら、戸惑っている様子だった。
「あ、あの、ご歓談中に申し訳ございません。メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ様でいらっしゃいますでしょうか」
「ええ、わたくしがメルツェデスでございますが」
問われてメルツェデスが鷹揚に頷けば、二人の戸惑いはさらに色濃くなっていく。
メルツェデスを尋ねてきたのだろうに、こうして会えたというのに、冴えない表情。
色々な意味で有名人になってしまったメルツェデスのもとには、時折一目見よう、一言でも交わそう、お近づきになろうとする令嬢が時折やってくる。
ちなみに、令息は遠巻きに見ているだけであることが大半だったりするが。
わざわざやってくるのだ、メルツェデスのファンだったり好奇心に駆られてだったりと理由はあれど、大体の人間は彼女を見れば満足したような顔をするものだ。
だがこの二人は、明らかに違う。
どうしたものか、と考えていたメルツェデスを、更なる困惑が遅う。
「すみません、私達、以前メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ様に助けていただいた者なのですが……ええと……初めまして、ですよね……?」
「はい?」
問われて、思わず問い返すような返事をしてしまう。
言うまでもなく二人とは初対面である。
どういうことか、訝しげな顔でメルツェデスは首を傾げた。




