予想すべきだった因果。
こうして、クリストファーが『水鏡の境地』会得という成果を上げていた頃。
全くの別行動を取っていたリヒター達にもある成果が上がっていた。
「……やっぱり、そうだったのか」
「何一人で納得してるの、もやしやろー」
ラークティス王国の書庫でひたすら調べ物をしていたリヒターが声を上げれば、となりで趣味の調べ物をしていたヘルミーナがちゃちゃを入れる。
ちなみにヘルミーナが読んでいたのは詠唱理論に関するものであり、彼女の中では多重詠唱に関する知見が深まっていた。
後は実際に試すばかり、当然相手はリヒターで、と考えていたところだったため、思考を中断されたヘルミーナの機嫌はよろしくない。
もちろんその考えは自分勝手で理不尽なのだが、ヘルミーナだから仕方ない。
「いや、僕の仮説を裏付けるような記述が見つかって。……って、そういえばその辺りの話はミーナにしてなかったな」
「勿論初耳。一体どういうことなの、さっさと吐きなさい」
ずずいと迫って圧を掛けるヘルミーナ。
半分は言われてなかったことへの不満、もう半分は知的好奇心。
魔術の話に関しては、どうしても好奇心が優るらしい。
まして、どうやらリヒターでもはっきりとわかっていない理論となればなおのこと。
こと知識においてはヘルミーナもリヒターのことを意識下では認めているのだが、本人にその自覚はない。
むしろ自覚することを拒んでいる節すらある。
ともあれ、そんなヘルミーナにはとっくに慣れっこであるリヒターは気にした風もなく促されるままに口を開いた。
「ああ、夏にも一度ここに来たんだが」
「ああ、あの、とてもとても自慢げに言っていた」
「言ってないぞ!? お前の機嫌が悪くなるのが目に見えてたから、かなり探り探りだったんだが!?」
「やかましい、皆の迷惑」
「お前にだけは言われたくないなぁ……!?」
ツッコミの声を上げてしまったことを、よりにもよってヘルミーナに指摘され、慌てて声を抑えるリヒター。
なんとなく、周囲からの視線を感じて肩を縮こまらせる。
周囲からは、仲が良いなぁとほっこり見守る視線だったりするのだが、当然慌てているリヒターは気付かない。
いや、通常運転とばかりに落ち着き払ってるヘルミーナも、周囲を気にしなさすぎなので気付いていないのだが。
「で、結局その仮説って何、さっさと話しやがれ」
「この、話を横道にずらしたのはお前だろうが……まあいい、言ってもきりがない」
むしろ時間の無駄だろう、とリヒターには諦めの色がある。
ついでに言えば令嬢としてあるまじき言葉遣いなのだが、それに至ってはもう今更と明確に諦めていたりするのだが。
ともあれ、話を元に戻してしまわねばそれこそ話にならないのだ、と仕方なしに口を開く。
「前に来たときに、気になる記述を見つけたんだ。
『炎はやがて光に至る』って」
「やがて光に至る? ……それって、ジークフリート殿下の『闇払う炎』のこと?」
先程までの表情から一転、すぐに言いたかったところに思い至ったらしいヘルミーナへと、リヒターはこくりと頷いてみせた。
「正確には、関係する可能性が高い、だな。殿下の炎はあくまでも火属性の延長、光属性とは別物だ」
「少なくとも今は、と」
「……ああ、もしこの記述が正しいのであれば、『闇払う炎』を光属性に変化させることが出来るかも知れない。
そしたらそれは、対魔王において重要な戦力となってくる」
「クララだけでなく殿下も、となれば、切り札が増えるわけだ」
闇属性を相手にした時に厄介なのが、光属性以外の魔術攻撃を減衰するという能力があること。
これは闇属性が強い魔物相手だと攻撃魔術の威力が四分の一になるとも言われ、討伐において大きな足かせとなっている。
まして相手が魔王となれば、果たして四分の一で済むかどうか。
これに対抗出来るのが光属性なのだが、例外的にジークフリートの魔術攻撃も威力の減衰なくダメージを与えられることが先日判明した。
エデュラウム王国の建国王と同じ『闇払う炎』が使えるようだ、と判定したのは二人の父親であるエデリブラ公爵とピスケシオス侯爵であり、この二人がそうそう間違うことはないだろう、とヘルミーナもリヒターも思っている。
「だから今回の調査で、一つはそれについて調べたかったんだ。
で、わかったのが……やはり光属性は、火属性の上位属性と言っていいらしい」
「上位属性……光と火は別物じゃなくて、上下関係があるってこと?」
「まだ理論段階だったみたいだが、魔力の特性や反応を見るに、どうやら確からしい。
ただ、実際に火属性から光属性に昇格した人間はいないし、昇格条件もわからない。
そもそも個人で成せるものなのか、火属性を継承していく内に進化するのか、突然変異的になるのかも確かめられていないときている」
「研究テーマとしては興味深いけど、今すぐ使える技術ではないか……。
……ちなみに、クララの両親の属性とかはわかる?」
ヘルミーナに問われ、リヒターは首を横に振る。
「いや、残念ながら。彼女は平民出身だから、両親の属性などはきちんと登録されていなかった」
「てことは、進化や突然変異に関するデータには使えない、か。……まさかクララに聞くわけにもいかないし」
「何年か経って、彼女がご両親のことを問題無く語れるようになるまでは、だな」
ヘルミーナの言葉に一瞬リヒターは目を瞠り、それからゆっくりと頷く。
まさかクララの心情を考慮してヘルミーナが知的好奇心を後回しにするとは。
やはり成長しているんだな、今の交友関係はいい影響を与えているのだな、としみじみ実感する。
その考え方は婚約者というよりも保護者のそれなのだが、リヒターは気にしていないので、恐らくそれでいいのだろう。
「そうなると、無駄足までは言わないけれど、魔王崇拝者に対抗する情報としては弱いんじゃない?」
「いや、それがそうでもない。というか、実はもう一つ仮説を立てて、そちらについても情報があった。そして、これは今後の対策において、重要な情報となる可能性がある」
「ほうほう。で、それは何? 勿体付けずにさっさと言いやがれもやしやろー」
と、ヘルミーナが催促するのだが……リヒターは、すぐには答えなかった。
何やら言いにくそうに沈黙することしばし。
視線を本とヘルミーナの間でいききさせ、それから、ゆっくりと一息吸って、吐いて。
「……上位属性は、光だけじゃない。ところでミーナ、火の反対は何だと思う?」
「え? それは当然水で……え?」
リヒターの問いかけに、何を当たり前のことをといった顔で答えようとしたヘルミーナの動きが止まる。
そう、当然水だ。そして、この話の流れで考えれば。
「そう、火の反対に位置する属性は水で。ということは、その上位属性は闇になる」
「まって、まさか、ということは、魔王崇拝者達があの時私だけでもさらおうとしてたのは」
思い出すのは、リヒターを餌におびき出された倉庫。
間一髪メルツェデスに救出されたあの時、連中は確かに、ヘルミーナにこだわっていた。
それは、単にヘルミーナが破格の魔力を持っているから、と思っていたのだが。
「水属性を極めた先には『闇へと続く深淵』となる可能性があるらしい。そうでなくとも、強大な水の魔力は闇属性の存在とは相性がいいのは間違いないだろうな」
「ということは、連中が狙ってくるのは、私?」
思わず自分で自分を指さしてしまうヘルミーナだが、それに対してリヒターは、残念ながら頷くしかない。
否定したいが、出来ない。しても、気休めにしかならないのだから。
「その可能性は高いだろう。あれ以来お前を直接狙ってくることはなかったが……本格的に動き出すと思われる春以降は、お前の警護を強固にする必要があるだろう。
何なら、常にメルツェデス嬢と一緒に居てもいいくらいじゃないか?」
「それは、フランに嫉妬されそうだけど……いや、事情を話したらフランはそんなこと思わないか」
「だろうな、フランツィスカ嬢であればそこは理解してくれるだろうし、彼女にとってはお前も大事な友人なのは間違いないのだから」
頷くリヒターに、しかしヘルミーナから言葉が返ってこない。
おや? と思って彼女の方を見れば、ぷいっと横を向いて視線を逸らしていた。
微妙に、耳が赤くなっているような気がしなくもない。
「……なんだ、まさか照れてるのか?」
「うるさい、照れてない、ばーかばーか」
思い切り照れてるじゃないか、などと言ってしまえばますます拗ねるのは間違いないから、リヒターはそれ以上追求しないことにした。
状況にもっと余裕があれば、そんな他愛も無いやりとりをしていてもいいのだが。
「ともかく、このことは父さん達を通じて陛下に奏上しよう。
お前の警護を固めるのはもちろんのこと、やりたくはないが、連中の狙いを逆手に取って罠を仕掛けるなんて手もないわけじゃない。
それらの方針を決めてもらわないといけないしな」
「確かに、私達だけじゃ限界はあるし」
如何に強大な魔力を持つとはいえども、成人したての学生に出来ることはどうしても限られる。
ならば、大人の力に頼るのもこの場合はきっと正解なのだろう。
その上で、相手がそれを上回ってくる可能性もなきにしもあらずだが。
「心配するな、メルツェデス嬢もいるし、他のみんなも協力してくれる。お前は一人じゃないんだ」
「何、結局はメル頼み?」
唇を尖らせながら揶揄うように言えば、返って来るのは苦笑。
メルツェデスと比べた時の自分がどれ程のものか、リヒターはよくわかっている。それでも。
「正直、かなり頼るのは間違いないけどさ。……それでも、僕も全力で守るよ、お前のことを」
それでも、メルツェデス一人に頼るのをよしと出来ない程度には、リヒターも男の子だった。
真っ直ぐに向けられた視線の強さに、ヘルミーナの目が泳ぐ。
なんだ、これは。いつからリヒターはこんな顔をするようになったのだ。
混乱するが、このまま言い返さないのも負けたような気がしてムカつくのも事実。
「ふん、もやしやろーの癖に生意気な。精々私の盾になるがいいよ」
そんな憎まれ口を叩いて、そっぽを向く。
けれどその口元は、僅かに緩んでいた。
こうして、それぞれにそれぞれの備えを重ね、冬が過ぎていく。
やがて迎える春は、動乱の予感がするけれども。
それでも、彼ら彼女らは前を向く。
それぞれの未来を、明るいものにするために。
※これにて7章終了となります。ここのところ、更新ペースが不規則になってしまい申し訳ありません。
エネルギー充填のためしばしお休みをいただいて、冬前には再開できたらと思っております。
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