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ある種の淑女協定。

 結果として、フランツィスカとエレーナを呼んでのお茶会は、成功だったと言っていいだろう。

 最初こそぎこちなかったものの、徐々に会話が進むようになっていった。

 特に、一度メルツェデスがお花摘みで中座した後には、すっかり打ち解けていたようだった。


「あら、随分とお話が弾んでらっしゃいますわね。何の話題ですの?」

「いえ、大したことではございませんわ、ふふふ」


 と、誤魔化されてしまったが、二人が、そして一緒に来た四人が盛り上がる話題など決まっている。

 メルツェデスである。

 その時交わされていた会話は、こんなものだった


「あの方一体なんなんですの? ズバッと真っ直ぐに踏み込んできたと思えば、すっと引いて見せたり……同い年とは到底思えない駆け引きなんですけど……」

「それは私もお聞きしたいくらいですわ……どれだけ私の心がかき回されたことか。

 さらに恐ろしいことに、多分あれは、素です。天然です」

「ですわよね……下心らしいものは全く感じないですし……」


 エレーナとフランツィスカの二人は、顔を見合わせると、ふぅ、とため息を吐く。

 共に公爵令嬢という立場、幼い頃から大人だけでなく子供であっても下心満載の人間とは良く会っていた。

 故に、どれだけ巧妙に隠そうとしていても下心を持つ人間に対しては、二人とも敏感である。

 その二人が二人とも、メルツェデスからは下心を感じられないのだから、つまり彼女に裏はないのだろう。


「ある意味で、とても厄介ですわよね。防御手段が思いつきません……」


 エレーナが額を抑えながら顔を俯かせる。

 それに対して、フランツィスカがふるりと首を横に振った。


「そこはまだ、我々が自覚をして心をしっかり持てばなんとかなります。

 ある意味私達にとって一番厄介なのは……それにあてられる方々が、今後どんどん増えていくであろうことではないでしょうか」

「あ……」

 

 フランツィスカの言葉にエレーナは顔を上げて目を瞠り……それから、天を仰いだ。


「それは、間違いありませんわね……あの無自覚天然タラシは、無自覚なままタラシていくに決まっています」

「でしょう? ですが、それはきっとよろしくないのです。下手をすれば、この国を揺るがしかねないレベルで……」

「流石にそんなことは……いえ、そう、ですわね……?」


 否定しようとして、エレーナは口ごもる。

 こうして、公爵令嬢二人が振り回されている。

 そして、第二王子であるジークフリートも意識しているらしい、ということはエレーナも把握していた。

 さらに言えば、メルツェデスの弟、クリストファーはかなり重度のシスコンで、父親であるガイウスは酷い親馬鹿らしい。

 つまり、国内最大の政治力、軍事力が彼女に関わっているのだ。

 となれば、利に聡い貴族連中は放っておかないだろうし、年の近い子息を近づけてくることもあるだろう。


「ですから、こうして和解できたのはある意味で幸運だったと思うのです。

 それぞれに国王派、貴族派の子息へと干渉できますから」

「なるほど、それは確かに。……お互いがそれぞれにアプローチするのは、ありにいたしませんか?」

「……色々悩ましくはあるのですが、それを受け入れませんと、お互いに手出し無用という淑女協定を結ばざるを得ませんからね。

 それよりは、正々堂々と勝負、の方がまだ好ましいと思っております」


 エレーナの申し出に、一瞬考えたフランツィスカは、結局頷いた。

 手強い相手であろうエレーナを封じることはできなくなるが、自分からアプローチできなくなる方のデメリットが大きいと考えたからだ。

 メルツェデスとの学園生活を充実させることを最重要と考えれば、この結論に至るのも仕方ないところ。


「では、この件についてはそのように」


 と、互いの同意を確認して結論を出したエレーナは、若干言いにくそうにしながら、言葉を続ける。


「ところで、話は全く変わるのですが……エルタウルス様、随分とお痩せになりましたわね?」

「あら、ギルキャンス様におっしゃっていただけるだなんて、光栄ですわ。それだけ効果も出てきたということなのでしょう」


 そう、ほんの一週間かそこら前のフランツィスカと、明らかにシルエットが違っていた。

 まだちょっとふっくらとしているが、あくまでもちょっと。

 令嬢として恥ずかしくないレベルへと変貌していたのだ。


「その、効果、とは……一体なんの効果なのでしょうか?」


 おずおずとエレーナが窺うように尋ねる。

 エレーナとてそれなりにお年頃。自分の体型を維持するために、少なからず努力をしていた。

 そこに、ここまで劇的に体型を修正したフランツィスカがいるのだ、気にならないわけもない。

 取り巻きの二人もまた、とても興味深そうにしている。


「そうですね、お稽古……いえ、あれはもう、お稽古だなんてものではなく、訓練ですわね……」

「訓練……? あの、公爵令嬢であるあなたが、訓練と言われるものを受けていらっしゃる、と……?」


 ゴクリ、と思わずエレーナは唾を飲み込んだ。

 公爵令嬢が運動をするなどダンスの稽古以外は考えられない、というこの国で、確かにフランツィスカは、訓練と言った。

 つまり、兵士に課すような運動をしている、と。


「きっと、本職の兵士や騎士の方に比べれば軽いものなのでしょうけれども……2時間から3時間程、みっちりメルツェデス様に鍛えていただいております。それが、この結果になっているのでしょう」

「3時間!? そ、そんなに動けるものなのですか!?」


 エレーナが受けているダンスの稽古は、長くて1時間。それでも、終わる頃にはヘトヘトになっている。

 だが、その二倍三倍の時間、さらに過酷な運動をしているらしい、とくれば、驚きもするだろう。


「ええ、私も驚きましたが……人間、やれば案外できるものらしいです」


 なんとも嬉しそうに、ニコニコとした笑顔でフランツィスカは言う。


 実は、これには裏がある。

 この世界では、前述のように運動をするには魔力を変換する効率が重要である。

 それが、才能ある者の場合、訓練次第で変換効率も上がっていくのだ。

 だからゲームにおいても戦闘経験を積むことで、どんどんと強くなっていくのだが。


 その結果、この世界では文字通りの一騎当千が存在する。

 メルツェデスの父、ガイウスなどはその最たる例だろう。

 まさに一騎当千、大将軍を拝命する以前には一人で数百人以上をなぎ払い、戦況をひっくり返したこともあった。

 

 そんなプレヴァルゴ家の訓練を受けている令嬢達は、メキメキと運動能力を上げていた。

 後に彼女達がその高い運動能力を社交界で披露し、競技ダンスなるものも生まれるのだが、それはまた別の話である。


「なるほど。……あの、エルタウルス様……もしよろしければ、その内容をお教えいただけませんか?

 流石に、私がそのお稽古に参加するわけにはいきませんので……」

「あら、ご興味がおありですの? ええ、よろしいですわ、内容はですね……」

「……は?」


 フランツィスカの語る内容に、エレーナは驚愕のあまり開いた口が閉じなくなってしまった。

 何よりも驚きなのは、それをこなした上で今こうして和やかに微笑んでいるフランツィスカがいる、ということだ。

 彼女にとって最早それは、ただの日課でしかない、ということ。

 さらに言えば、メルツェデスはさらに上を行くということだ。


「……どうやら、私が思っていた以上に、メルツェデス様の横に立つのは大変なようですね……」

「ええ、それはもう。でも、私は諦めずについていきますわよ?」

「でしたら、私も今から追いついて見せますわ!」

「その意気ですわ、ギルキャンス様!」


 気がつけば、フランツィスカはエレーナの手を握っていた。

 そしてエレーナもまた、その手をしっかりと握り返す。


「……私達、お友達になれそうではありませんか? 譲れないものはあるにしても」

「そうですわね、同意いたします。でしたら、私のことはフランツィスカと」

「ありがとうございます、私のこともエレーナと」


 互いに、しっかりとうなずき合う。

 こうして、国王派と貴族派それぞれの筆頭である家の令嬢が手を結ぶという歴史的なことが起こった。

 起こったのだが、それをお膳立てしたメルツェデス本人は、まだそのことを知らなかった。

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― 新着の感想 ―
女子の派閥の強かで面倒なところww 親衛隊創設にあたる時は、ハンナが筆頭でしょうかw
[一言]  何となく読み返し……(笑)  今更になんですが、この調子でいくとこの国に水面下で"第三の派閥"(もしくは影のww)が形成されるかもしれませんねぇ(^^;a  その名も”メルツェデス派”…
[一言] 令息A「僕の婚約者は可愛いなぁ。ちょっとはしゃいだだけで疲れちゃうところなんて、小鳥さんみたいだ♡」 ●ブートキャンプ後● 令息A「さ、さっきあったことを話すぜ。ダンス中うっかりステップ…
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