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揺れる思い。

「流石にこれで勝負あり、ね」

「ええ、見たところ、ほぼ全員が脱落したもの、近衛側は」


 エレーナの言葉に、フランツィスカがこくりと頷いてみせる。

 ショートソードを抜いて必死に抵抗した弓兵達だったが、元々近接戦闘は不得手なところに、相手は間合いが遙かに長い槍、その上近衛騎士とも渡り合えるプレヴァルゴ歩兵。

 残念ながら、為す術も無く壊滅させられてしまっていた。

 

 それでも、しばらくは持ちこたえていた。

 ここにメルツェデスが飛び込んで来た日には一瞬で終わったところだろうが、そのメルツェデスをジークフリートが一騎打ちでしばらく押さえ込んだことで、数分程度ではあるが寿命は延びた。

 ほとんど時を同じくして騎兵も全滅、もう少し粘ったところで、どの道全滅は時間の問題ではあった。


「ほんと、最後の一兵まで戦うだなんて、初めて見たわ」

「そうねぇ、普通はある程度勝敗が見えたところで降参するか、監視官が止めるもの」


 模擬戦の脱落判定は基本的に自己申告なので、脱落する打撃を受けてもそのまま残るズルをする人間が時々いる。

 そういった人間を監視し、後からペナルティを与えるのが監視官の役割。

 そのため審判的役割を担い、生命の危険が見込まれる場合には模擬戦を中断させる権限を持っていたりもする。

 もっとも今回は、モラルの高い近衛騎士団と規律に厳しいプレヴァルゴ騎士団の模擬戦だったため、彼らの出番はなかったけれども。


「本当に凄かったです、皆様最後の最後まで統率を失わず、諦めずに戦って……私も見習わないと!」

「まってクララ、だからあなたは見習わなくていいんだからね、本来は」


 熱戦に興奮したクララが鼻息荒く言えば、エレーナは額を抑えながらため息を吐く。

 メルツェデス病の進行著しいクララだが、更に弾みがついてしまったらしい。

 あの激しい模擬戦に目を輝かせるのは、令嬢としてどうかとも思う。

 ただ、最後まで戦う意思を失わなかった彼らの姿は気高く、美しいとすら言えるもの。

 などと思うあたり、自分も感染しかかっているようだとエレーナは軽く頭を振る。


 そんな彼女の隣で熱気冷めやらぬ訓練場を見ていたクララだったが、はっと何かを思い出したように顔を上げた。


「あっ、すみません、私、この後怪我をした方の治療にいかないといけなくて」

「ああ、そういえば頼まれていたものね。こちらは気にしなくていいから、いってらっしゃいな」

「はいっ、ありがとうございます! それではフランツィスカ様、失礼いたします!」


 エレーナがあっさり許しを出せば、クララはぱっと顔を輝かせる。

 それからフランツィスカにも断りを入れると、出来る限り足音を立てないようにしながらも駆け足で訓練場へと向かった。


 そんなクララの後ろ姿を微笑ましげに見送った後、フランツィスカはくすりと意味ありげに笑みを見せる。


「もうすっかり、エレンの身内になっちゃったわね?」

「ぐっ……それはほら、後見役だから?」


 一瞬言葉に詰まったエレーナは、しかしすぐに立て直して平然とした顔を作った。

 だが、それに対してフランツィスカが沈黙したまま見つめ続ければ、やがて根負けしたのか、ぷいっと顔を逸らす。


「それだけ? どう見てもクララさんはエレンのことをそれ以上に慕っているし、エレンも満更じゃないように見えるのだけど」

「くぅ……私達だけだと思って容赦ないわね、フラン!」

 

 今この場にいるのは、エレーナとフランツィスカ、そしてその侍女と護衛のみ。

 フランツィスカが第三者にこういった話を吹聴するわけもないという信頼関係はあるし、侍女や護衛達も口の堅さは間違いない。

 でなければ、とっくにエレーナはフランツィスカやメルツェデスと会うことを禁じられていたるだろう。

 それでも、エレーナは口籠もってしばし沈黙してしまい。

 

 一つ大きな溜息を吐くと、観念したように口を開いた。


「……正直なところ、かなり絆されてきてると思ってはいるわ。

 メルに対する気持ちが軽いつもりはないけれど、クララから真っ直ぐに気持ちをぶつけられ続けていると、段々揺らいできてる自分もいるのがわかってしまって……」

「まあねぇ、クララさん、ほんとに真っ直ぐだもの。貴族社会では稀、それこそメルくらいじゃないかしら。

 ううん、真っ直ぐさだけだったらメル以上ね。メルは時折からかいを入れてきたりするし」

「時折……うん、時折ね、うん。それはともかく、クララの気持ちそのものはうれしいのよ、あの子、良い子だし。

 ただ、それで揺らいでしまっている自分がこう、不誠実というか、軽い気がして」


 そこまで言ってしまうと、エレーナは大きくため息を吐いた。

 幼少の頃から抱いていた思いは、決して軽い物ではないし、自分が軽い人間であるつもりもない。

 ただそれでも、いきなり不慣れな貴族社会に放り込まれたというのに馴染むよう必死に努力し、それでいて元からの純粋さや優しさを失わず、手にした力にも溺れずに今も怪我人のために治癒魔術を使っているいるクララを好ましいとも思うし、そんな彼女から好意を全力で向けられているのは、正直なところ嬉しい。

 求められる心地よさに流されてしまいそうになるし、それはどうなんだと思う自分もいる。

 

「つまり、どうしたらいいのかわからない、ということね」

「有り体に言えばその通りよ。こんな思春期特有みたいなことで悩んでいる自分が恥ずかしいのだけれど……」

「何言ってるの、私達まさに思春期、青春真っ盛りじゃない」


 苦悩するエレーナへと、呆れたように言うフランツィスカ。

 育ちからか、年齢に比べてずっと大人っぽい彼女達ではあるが、年齢的には思春期、青春時代。 

 理性的な思考で判断出来ることには強いが、感情が絡むと年齢相応に弱くなるのは、貴族としては良くないかも知れない。

 けれども、こうして気心知れた相手にさらけ出せるのは、きっと悪いことではないのだろう。


 だからフランツィスカも、決してエレーナの見せた弱みを笑ったりはしない。


「そうやって心が揺れ動くのも、決して悪いことではないと思うわよ?

 私達はまだまだ若いんだもの、好きな人が変わることだってあってもおかしくない。

 もちろん、エレンの今までの気持ちを『若気の至り』だなんて言うつもりはないわ?

 それを言ったら、私だって『若気の至り』扱いされちゃうし。

 けれど、今クララさんに惹かれつつある気持ちを無理に押さえつけるのも、違うと思うのよね」


 フランツィスカが語る言葉はどこまでも暖かく、優しい。

 慈母さながらの声音と表情に、居合わせた侍女など感涙を浮かべるものすらいた。


 だが。

 付き合いの長いエレーナにはわかった。わかってしまった。

 若干、本当に若干ではあるのだが、フランツィスカが早口になっていたことを。

 そして、その意味するところも、彼女の頭脳は推察出来てしまった。


「……フラン。あなた、これで私がクララに傾いたらライバルが減る、とか思ってるわね?」


 ジト目でエレーナが言えば、フランツィスカは慈母の微笑みのまま固まり。

 数秒。

 たらりとその頬に冷や汗が伝う。


「い、いやねぇエレン、そんなわけないじゃない」

「思いっきりあるわよね、その反応!」


 先程までの、心からエレーナのことを思って出たと思われたアドバイスは何だったのか。

 怖い。貴族令嬢怖い。

 そんな心情が、護衛の兵士達の顔にははっきりと出てしまっていた。

 

 などと恐れる周囲をそっちのけでぎゃあぎゃあとしばらくやり合った後、エレーナはやっと少しばかり落ち着きを取り戻す。


「……まあいいわ。私としては、幼なじみで親友でライバルなあなたに軽蔑されないっていうだけで重畳だもの」


 ふいっと視線を外して、エレーナがそんなことをぽつりと零す。

 その表情は、長い付き合いであるフランツィスカにはわかる程度に、安堵に緩んでいて。


「当たり前よ、損得勘定抜きにして、エレンが真剣に考えた結果なら尊重するに決まってるわ!」


 気付いたフランツィスカは、目にも留まらぬ速さでエレーナに抱きついていた。

 彼女にとって一番はメルツェデスだが、エレーナを無碍にするつもりは毛頭無い。

 そのエレーナからこんなことを言われてしまえば、喜びの気持ちが溢れてしまうのも仕方ないし、それが行動に出てしまうのも仕方のないところだろう。

 ただし、肝心のメルツェデス相手には中々出せないが。


「もう、大げさよ。でも……ふふ、なんだか安心してしまうわね」


 そんな親友の突然のスキンシップは、エレーナにとっても歓迎するものだったらしい。

 そっと抱き返して、互いのぬくもりを感じ合うことしばし。

 ガヤガヤと外の声が大きくなってきたのに気付いて、お互い照れくさそうな顔をしながら、どちらからともなく身体を離す。

 

 そして窓から見れば、近衛騎士団とプレヴァルゴ騎士団が互いに健闘を称え合いながら撤収作業を始めたところだった。

 見れば、クララも駆け回って治癒魔術を施していっている。


 そんな光景を眺めているうちに、フランツィスカがぽつりと零す。


「それにしても、1時間、もたせちゃったわね」

「ええ、500人規模で1時間もたせるのは、中々出来ることではないわ。それに……」


 一度言葉を切ったエレーナは、もう一度視線を室内へと向ける。

 その場にいるのはエレーナとフランツィスカに仕える侍女、護衛のみ。

 それを確認してから、エレーナは言葉を続けた。


「それに、同数であればプレヴァルゴ相手にも1時間もたせられた。これは大きいわ」

「プレヴァルゴ相手に出来たのであれば、恐らくほとんどの相手から1時間を稼ぐ事が出来る。離脱のための時間を」


 時間が稼げた。それ自体は自明のこと。

 しかし、それがフランツィスカとエレーナの間で交わされれば、意味が違ってくるのだ。


 エデュラウムの王城には、国王一族が万が一の時に退避するための地下水路が存在し、そこを通じての脱出準備が整う準備時間が1時間と言われている。

 ちなみに、船で水路を下り、そこから外洋へと出ることが出来る、らしい。

 つまり近衛騎士団が1時間を稼げば、国王達は安全に逃げられるということ。

 逆に言えば、万が一の時に絶対に稼ぐべき時間が1時間ということでもあり、そして今回、近衛騎士団はプレヴァルゴ騎士団相手に稼いで見せたのだ。


 当然このことは機密事項であり、知っている人間は限られている。

 公爵家の人間であるフランツィスカもエレーナもそれを知っているが故に、1時間の意味するところは伏せて、一般論として時間を稼ぐことの重要さを述べたように見せたわけだが。

 

 ともあれ、知る人ぞ知る、近衛が稼ぐべき1時間が稼がれた。

 

「……ガイウス様は、どう思われたかしらね」


 フランツィスカが、ぽつりと呟く。


 言うまでもなく、エデュラウム王国の軍部最高司令官であるガイウスが、この1時間の意味を知らないわけがない。

 二人の視線の先に見えるガイウスは、やはり曇った表情をしているように見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう本当に百合百合尊いの令嬢達ですから!大切な絆は一つじゃない、ですよ〜 ちなみに私個人の感想として、本人達は皆も幸せなら不誠実で良いだと思いますwww それにしても一時間は王族の緊急脱…
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