プレヴァルゴの牙。
通常、騎士と騎士の衝突は一回限りのもの。
最初にぶつかりあって互いに衝撃を与え、そこから馬上での白兵戦に突入したり一度離脱した後に再度突撃をしかけたりと選択することになる。
だがしかし、今目の前で繰り広げられているプレヴァルゴ騎士団のそれは、どちらでもない。
縦一列となった騎兵達が大きく弧を描くように動き、さながら車輪のように周りながらその外縁部で近衛騎士達とぶつかって槍を振るい、打撃を与えていった。
そしてその勢いのまま駆け抜けたかと思えば、後続がまた同様に襲いかかってくる。
間断ない、そして正面も側面もない機動と攻撃に、近衛側は正面から受け止めようとした一隊はもちろん、側面を突こうとしたもう一隊も翻弄され、対処できないでいた。
そんな中、いち早く立ち直ったのはジークフリートだった。
「弓兵、二十……いや、三十、隊列変更! 離脱していくプレヴァルゴ騎兵の背後を狙え!」
一瞬迷ったジークフリートは、指示を少しばかり変更した。
弓兵を半数以上騎兵の方へと向ければ、押し気味だった歩兵同士の戦いは流れが変わってしまうかも知れない。
しかし、敵騎兵へと十分な打撃を与えねば、遠からずこちらの騎兵は壊滅、そのままプレヴァルゴの騎兵達は弓兵へ、そしてジークフリートのいる本陣へと殺到することだろう。
そうなってしまえば、詰みであるのは言うまでもない。
苦渋の決断とも言える指示に、弓兵達が慌ただしく動き、隊列を入れかえ、向きを変えていく。
正面も側面もない、というのは実際に接敵している騎兵に取ってのこと。
少し離れている弓兵から見れば、彼らから遠ざかっていく際にプレヴァルゴの騎兵達は背中を見せている。
となれば、そこを狙わない手はないだろう。
ほとんど混乱することなく隊列を変更した弓兵達は、すぐさま弓を構え斉射の準備をする。
それを見たジークフリートは、間髪入れず斉射を指示した。
だが。
「弾かれた!? 何だあのマント!?」
そんな悲鳴が、あちこちで聞こえる。
疾走するプレヴァルゴの騎兵達の羽織っているマントが風に翻り、その外側についた飾り紐のようなものが踊って背中へと降ってきた矢を弾き飛ばしているのだ。
当然それは有効打撃とは判定されず、離脱者はなし。
勢いを減じることなく、彼らはまた車輪の動きを繰り返していく。
「くっ……敵に背中を見せること前提の装備、というわけか!」
「考えて見れば、相手を釣り出しての半包囲殲滅を得意とするプレヴァルゴ騎士団ですから、背後からの攻撃に対する備えはしていて当然でしたな……しかし、あんな装備まで用意しているとは」
王族を守ることが使命である近衛騎士団は、騎士の名誉うんぬん以前に、職務として王族の盾となり身を挺して守るのが基本となっている。
当然敵に背中を向けることなど最も恥ずべき事であり、そんな前提で物事を考えなどするわけがない。
だが、今目の前にいるプレヴァルゴ騎士団は変幻自在の攻めを得意とする。
彼らにとって、背中を見せることなど日常茶飯事なのだろう。
「今更そこを言っても仕方がない。このままでは騎兵が崩されるのも時間の問題、ならば……」
何とか思考を立て直したジークフリートは、素早く視線を走らせた。
どうすればいい、どこに矢を撃ち込むべきか、そのためには。
時間にして1秒足らず。リスクは大きいが、迷っている間にも損害はでる。
ならばここは開き直るしかない。
「右翼騎兵隊、離脱して左翼に合流! 弓兵斉射用意、向かってくる敵騎兵に斉射!」
「なっ、は、はいっ、承知!」
ジークフリートの指示に兵達が戸惑ったのは一瞬だけ。
右翼の騎兵がまずは離脱。……その際、プレヴァルゴ騎兵と接敵していた者達は離脱できず脱落判定となった。
そして、離脱しようとした右翼騎兵へと襲いかかろうとした出鼻を挫くように斉射が襲いかかり、攻撃態勢に入っていたプレヴァルゴ騎兵が幾人も脱落判定を受ける。
……ただし、数人の近衛騎兵も同士討ちにて脱落、だが。
背中を向けた時には防御用の装備もあったが、逆に前面は攻撃の邪魔になるのか、盾で十分と考えたか、そんな装備はない。
この状況においては、むしろ向かってくるところに射かける方が有効ですらあるようだ。
ただし、敵味方が近いため、味方を巻き込む危険はあるのだが。
だが、これで騎兵同士の戦いも一気に崩れない程度の状態には持ち込むことが出来た。
ほっと安堵の溜息を零した、その瞬間。
ジークフリートの脳裏に、直感としか言えない何かが走る。
「……歩兵右翼、気をつけろ! 何か仕掛けてくる!」
ジークフリートから見て左側に、敵騎兵の攻撃が集中している。
歩兵から見れば、盾を持つ手の側に。
そして今、弓兵の斉射は薄くなり、歩兵の右手、盾のない側は守ってくれる騎兵もいなくなっている、となれば。
彼の脳裏に、ここまで姿を見せていない危険人物の姿が浮かんだ。
「頃合いだな。いけ、と言うまでもないか」
ガイウスが指示を飛ばそうとした瞬間に、その人物が動いたのが目に留まる。
彼をして『センスだけならば自分よりも上かも知れない』と言わしめた人物は、一対一の白兵戦だけでなく、戦場においてもそうだったらしい。
居並び槍で殴り合う歩兵達の、その最後列から、一人の細身に見える人影が飛び出した。
馬と見まがう程の俊足でもって一気に近衛歩兵の側面へと踏み込んだ彼女は、手にした剣を一閃、数人を一気に薙ぎ払う。
「ここで、ここでメルツェデス嬢か!」
そう、その人影こそは、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ。
ここまで温存されていた、ガイウスにも匹敵する個人戦闘能力を持つ彼女が、槍を持つため防御の薄い歩兵の右側から襲いかかったのだから堪らない。
……普通であれば。
「やはりこちらに来ましたか!」
一気に切り崩さんとしたメルツェデスの剣が、重厚な盾に止められる。
盾の向こうで挑みかかるような笑みを見せているのは、同じくここまで目立っていなかったギュンターだった。
「やはり、ということは、殿下も読んでらした上でギュンターさんをここに配置なさった、と? この『勇者の居場所』に」
「ええ、身に余る光栄というものです!」
楽しげに笑いながらメルツェデスが剣を構え直せば、ギュンターもずいと盾を押し出すように構えなおす。
隊列を組んだ歩兵の右端は、右側面からの攻撃を防ぐことが出来ない。
となれば最前列右端は最も防御が薄くなる場所であり、死亡する確率が最も高くなる。
死にやすく、しかし崩されてはいけない右隅の位置には、それ故に強き戦士が配置され、いつしかそこは『勇者の居場所』と呼ばれるようになった。
その場所に、ギュンターは配置されていたのだ。
如何にギュンターといえども、経験の差もあるため剣の腕だけでいえば近衛騎士団の面々と比べてトップとは言いがたい。
しかし、メルツェデスによって鍛えられた結果、盾を手にしての防御は騎士団の中でもトップクラスにまで成長。
そして何よりも。彼は近衛騎士団側の中で、誰よりもメルツェデスの剣を知っている。
だから彼は、ここに配置されたのだ。
一人で数十人にも匹敵しかねない戦闘能力を持つメルツェデスだが、一人の人間であることには変わりがない。
となると、彼女を食い止めることが出来る人間が一人居れば、数百人規模の戦いであれば一人で戦況を左右しかねない彼女の影響を抑え込むことも出来るとジークフリートは踏んだのだ。
そして更に。
「加勢するぞ、ギュンター!」
かけ声と共に、数人の近衛騎士が槍を手にやってくる。
そう、ギュンターが一人でメルツェデスに対応する必要はない。
彼が防御に徹してメルツェデスを食い止め、その間に他の近衛騎士が槍で遠間から攻撃を仕掛けることも出来るのだ。
こうなっては流石のメルツェデスも、そう簡単には切り崩せない。
だから。
「ふふ……素晴らしい読みに素晴らしい連携。実に素晴らしい、倒し甲斐のある敵でございますね、皆様方」
だから、メルツェデスは笑った。
それはもう、心の底から楽しそうに。
その笑みに、ある程度慣れているギュンターでさえ背筋がぞくぞくとして仕方が無い。
しかしそんなことはおくびにも出さずに、ギュンターは言い返す。
「こちらが倒されること前提でおっしゃられても困りますな! 今日こそは一本取らせていただきます!
戦場故に多数でお相手いたしますが、構いませんな!?」
「もちろんですとも。戦場の駒として、存分に食い合いましょう!!」
難攻不落と見えるギュンターの盾、その向こうに見える幾本もの槍。
それを前にして、メルツェデスは怯むことなく挑みかかった。




