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一矢報いた報い。

 弓兵による斉射。

 それは、各自が射撃するのと違い、タイミングを合わせることにより射撃の影響範囲を点から線へ、線から面へと変える効果を持つ。

 兵一人一人ではなく部隊へと影響を及ぼすため、効果的に使えばその出鼻を挫き出足を遅らせる効果もある。


 当然その分技術的な難易度は高く、普通の兵士を集めて弓を持たせても、効果的な斉射は行えない。

 しかし近衛騎士団の弓兵達は、騎士ではないものの一般兵から選抜され、厳しい訓練を乗り越えた精鋭達だ。

 今もジークフリートの指揮に応え、見事な斉射でプレヴァルゴの歩兵達へと帯状に矢の雨を降らせていた。


 普通であれば、これでかなりの打撃を与えるはず、なのだが。


「斉射効果確認、脱落1名! 敵歩兵健在、そのまま近づいてきます!」

「流石に硬すぎじゃないか!?」


 状況を確認した模擬戦の監査官が結果を告げれば、それを聞いた騎士の一人が悲鳴のような声を上げた。

 ジークフリートとて全く同意であり、これが一人でここにいるのだったら一言一句同じ事を口走っていたことだろう。

 そうしなかったのは、ひとえに指揮官として揺らいだところを見せてはならないという責任感から。

 

 落ち着け、冷静に、と自分に言い聞かせながら、必死に目を走らせて状況を副官と確認する。


「……盾の使い方が随分と上手い。取り扱いの邪魔にならないように歩兵同士の間隔をやや広げている、のか?」

「今の動きを見るに、その可能性はございますな。ぎゅうぎゅうに詰まっていては、隣の人間が邪魔になって盾を上にかざすことも中々できますまい」


 今の瞬間、プレヴァルゴの歩兵達は一斉に盾を上に向け、矢の雨を凌いだ。

 運悪くその隙間から飛び込んだ一矢を受けて一名が脱落したが、それ以上の損害を与えられない程に組織的に、堅固に。


「……プレヴァルゴの歩兵は、平民兵のはずだよな?」

「はい、その通りでございます。それであの動きですからな、一体どれ程鍛えられているのか……」

「まったくだ、一応、想定の範囲内ではあるけども」


 想定の範囲内、ただし、その最も悪いケース。

 それが今、目の前で起こっている。

 これで一気に全てが決まるわけではないが、元々楽観視出来なかったところが、更に厳しい状況になったと言わざるを得ない。

 それでも、やるしかないのだ。指揮官である彼が折れては、兵達も戦えないのだから。


「動きがいいなら、それを利用してやるまでだ! 弓兵、斉射用意!」


 ジークフリートの声に合わせて、弓兵達が再び矢をつがえ、構える。

 やはり、斜め上へと向けて。しかし、すぐには放たない。


「まだだ、待て、あと少し……今!」


 ジークフリートの目が、近衛騎士団の歩兵とプレヴァルゴの歩兵が交戦に入る、その直前を捉えた。

 号令と共に放たれた矢は、槍を交えようとしたプレヴァルゴの歩兵達へと襲いかかり、しかし彼らはまた先程と同じく慌てず盾を上へと構え、凌ぐ。

 だがしかし、先程とは違うことが、一つあるのだ。


「今だ、かかれぇ!!」


 ジークフリートの号令を受けて、近衛騎士団の歩兵達が一歩前へと踏み込み、上からの攻撃に対処していたプレヴァルゴの歩兵へと襲いかかる。

 近衛騎士団の持つ槍は6mもある長大なもの。

 近衛の弓兵の腕があれば、それだけの間合いがあればほとんど最前線の歩兵を巻き込むことなく矢の雨を敵にのみ降らせることが出来る。

 実際に槍を交え始めてしまえば混戦状態となって、流石にそこに打ち込むことは出来ないが……最初の一合だけは、矢の雨と整然と並んだ槍の一撃とが同時に加えられるのだ。

 そしてその効果は、覿面であった。


「……やるな。あそこまでばっちりなタイミングで斉射と槍衾を重ね合わせられると、いくらうちの連中でもきつい」

「今ので歩兵が大分削られましたな。まだまだ戦線が崩壊するレベルではございませんが」


 後方で戦況を見ていたガイウスが感心したように零せば、副長もまたそれに同意する。

 プレヴァルゴの歩兵であれば、タイミングが少しでもずれてしまえば、斉射を防いだ後にすぐさま前面の槍へと対応することも可能だ。

 だが、あそこまで完璧なタイミングで合わせられると、どちらかしか防ぐことが出来ない。

 結果、最初の激突において近衛側に押されるというまさかの状況が生じてしまったのだ。


「弓兵、応射せよ! ……といっても、なぁ」

「ですなぁ、なるほど、こうくるとは」


 プレヴァルゴ側も弓を使って近衛側歩兵へと矢を射かけるも、どうにもその圧力を殺し切れていない。

 というのも、近衛側からの射撃がやたらと多いからだ。


「撃て撃て! 高かろうが気にするな、どんどん撃ちまくれ!」


 ジークフリートの号令の元、幾度も幾度も斉射が繰り返されるその後方では、大量の矢が確保されている。

 そのため、近衛の弓兵達は矢の残りを気にすることなく次から次へと矢を放ち、プレヴァルゴ歩兵の後方へと矢の雨を降らせることでその圧力を減じることに成功していた。


 一般に、まともな精度を持つ矢は、高い。

 一本当たり兵士一人の日当の半額程度は当たり前、高級品では一本で数日分するものすらある。

 それを五十人の弓兵が連射するのだから、一回の斉射で数十人分の日当が消費されていく計算になる。

 矢がもったいないからと安い傭兵を突撃させた王の逸話も、あながち冗談とは笑えない。


 しかし、そこは装備に金を掛けられる近衛騎士団、矢に回す資金も十分にある。

 そこを利用してジークフリートは矢を大量に用意、間断ないと言ってもいい程の矢の雨でもって、プレヴァルゴ歩兵が力を十分に発揮出来ない状況を作っていた。


「状況は五分、いや、若干押され気味、か」

「ええ。……まさか、殿下がここまで弓を重用してくるとは」

「メルティから聞いてはいたが、剣にこだわったりランスチャージに憧れたりだとかいったロマン主義とはまったく無縁のお方だな。

 むしろ、うちに比べて近衛騎士団が遙かに優位な資金力をここまで活用してくるとは、いっそ見事と言って良いだろう」


 副長が首を横に振る隣で、ガイウスは感心したように言う。

 だが。


「とまあ、褒めて差し上げるのもここまで、だな」


 一瞬で表情を引き締めると、すい、と右手を挙げた。

 途端、中段で控えていた騎兵達の空気が変わり、整然と隊列を整える。


「……行け」


 そう言いながらガイウスが右手を振り下ろせば、騎兵達がそれぞれに雄叫びを上げながら疾走を開始した。

 

 まっすぐには突っ込まず、ガイウスから見て右翼、敵左翼方面へと回り込むコースを取ったその動きの狙いは、明確で。


「やはり来たか! ……騎兵全てを左翼に持ってきたのならば!」


 ジークフリートが指示を飛ばせば、左翼で待機していた騎兵達が、迎撃すべく動く。

 それに合わせて右翼の騎馬も左翼へ……しかし、最短距離では向かわない。

 膨らむように動くそれは、向かってくるプレヴァルゴ騎兵の側面を突こうとするもので。


「ここまで想定しているとは、大したものだなぁ」

「ええ、誠に。あの『魔獣討伐訓練』での指揮ぶりも納得というものです」

 

 感心したように大人二人が言葉を交わす。

 左右の二部隊に分けていた意図の一つはこれだったのだろう、と。

 あくまでも、いくつもある内の一つ、でしかないとも言える。

 そう評価する程に、二人の中で戦術指揮官としてのジークフリートの評価は上がっていた。


「であれば、こちらも本格的に対応させていただこう!」


 そう宣言したガイウスが手にしたハルバードを天へと突き上げる。

 それから、ぐるりぐるり、反時計回りに回して見せた。

 すると、それを合図に騎兵の動きが変わっていく。


「……なんだ? あの動きは、なんだ?」


 困惑するジークフリートの眼前で、両軍の騎兵同士がぶつかった。

 いや、ぶつかったと表現していいのか、ジークフリートにはわからなかった。


 正面からぶつかろうとした近衛騎士達の眼前をかすめるように、削り取っていくように……プレヴァルゴの騎士達は、大きな円を描くような軌道でもって襲いかかってきたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジークフリート「優勢ではないか、我が軍は。」 とはならないようです(笑) 相手がプレヴァルゴ、最凶の存在なので侮る暇など無いのです。
[一言] そう考えると弓騎兵ってやべえな・・・そして魔弾の王と戦姫の主人公頭おかしいな
[良い点] 車掛かりの陣ですね。流石は将軍。やはり変顔作戦でどうにかなる相手ではないです。 何とか油断を付ければ……剣と日光を利用してソーラービームならぬ、剣の反射で目眩ましとか……無理そうですね。 …
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