一触即発。
「……いつもと空気が違うな」
鎧に身を固めたガイウスが、訓練場に出てきた近衛騎士団の面々を見てぽつりと呟いた。
場所の関係上、プレヴァルゴ騎士団が先にきて訓練場に兵を展開していたため、待ち受けるような形になっており、その向かいで近衛騎士団の兵達が展開し、隊列を組み始める。
その動きの質が、いつもと違うように感じられるのだ。
「ですな、明らかにやる気が違います。練度は普段と大差ないようですが、動きにメリハリがあると言いますか」
「お前の目からもそう見えるなら、間違いないな。となると、いつもの様にはいかんかも知れんなぁ」
隣に立つ副長も同意を示せば、ガイウスの顔が少しばかり引き締まる。
装備だけ、と揶揄するような言い方はしたが、その装備に恥じない程度には練度も高いと内心では認めてはいたりするため、近衛騎士団の変化をガイウスはすぐさま感じ取って居た。
となると、圧倒的な攻撃力で一気に蹂躙、というわけにもいかない。
「歩兵300を前衛に、後衛には弓が50、遊撃としてやや後方左右に騎兵が75ずつの150といったところでしょうか。
思ったよりもがっつり固めてきましたね」
「ああ、ジークフリート殿下の性格的にないだろうとは思っていたが、勝ちを狙って机上の空論的な奇策を用いてくる、なんてことは選択しなかったようだな。
もしそうだったら、たっぷりとお灸を据えて差し上げるところだったんだが……」
展開されていくのは、歩兵をある程度の厚みを持たせながら横に並べる、オーソドックスな横陣。
その背後に隠れるように弓兵が配置されており、その弓兵や横陣への側面や背面への攻撃に高い機動力で柔軟に対応出来る騎兵を配置。
兵法書の最初に書かれているような、無難な作戦を採ることにしたようだ。
「ただ……基本に忠実なだけではなさそうだな」
「おや、と言いますと?」
副長が問えば、ガイウスは指で指し示して見せた。
極めてオーソドックスに槍を並べて列を成す歩兵達を。
「よく見てみろ、横陣を組んでる歩兵達は、平民ではなく騎士達だ」
「なんと? ……確かに、着ている鎧も何気に良いものですし、覚えのある顔も幾人もおりますな」
指摘されて目をこらした副長が、感心したような声を上げる。
近衛騎士団とは言うが、騎士だけで構成されているわけではない。
日常的に城内で王族を護衛するだけでなく、野戦、籠城戦といった戦も当然想定される。
その際には当然、騎乗した騎士だけで軍を構成するわけにはいかず、列を成す歩兵も存在するのだが、彼らは基本的に平民だ。
だから居並ぶ前衛の歩兵は平民だと、無意識に副長は思い込んでいたのも仕方ないところ。
「騎士を馬から下ろして歩兵として並べる。一見ただの奇策にしか思えんが、俺達を相手にするなら、悪くない手だ」
「我らの騎兵突撃に対して、槍試合での突撃に慣れている近衛騎士であれば、普通の歩兵よりも怯まずに対処できるでしょうなぁ」
そう言いながら副長が視線を向けた先では、歩兵達が長大な……6~7mもの長さを持つ、パイクと呼ばれる槍を手にしていた。
騎兵突撃で用いられるランスにも対抗できる長さを持つパイクを並べて構えられれば、如何に強力なプレヴァルゴ騎士団の突撃と言えども損害は免れない。
ましてそれが、突撃の圧力にも怯まないだけの胆力と、槍を的確に扱う技術を持ち合わせた近衛騎士達であれば。
「ついでに言えば、全員揃いも揃って、やる気だ。馬から下ろされたってのに、内心はどうあれ不満を顔に出してる奴が一人も居ない」
「納得ずくで歩兵として並んでいる、と。となれば、随分と厄介そうです」
「ああ、一般兵と違って、そう簡単には崩れてくれそうもない」
言葉通りに厄介と感じているのか、ガイウスは少しばかり眉を動かす。
槍や剣での白兵戦が主となる戦においては、決着があっさりと着くことも少なくない。
何しろ歩兵を構成する平民達は、王家への忠誠など薄いことがほとんど。
状況が少しでも『不利だ、死ぬかも知れない』となったら、逃げ出す者が出始める。
それも、剣や槍の届かない後ろの列から。
そうして後ろからの押し上げがなくなれば、当然前列の圧力もなくなっていき、雪崩を打ったように崩壊することもあるわけだ。
ところが、王族を守るために抜擢された近衛騎士であれば、そうやって崩れる恐れは少ない。まして、命を取られるわけではない模擬戦においては。
ただし、彼らが納得ずくで馬を下り、歩兵として槍を並べることをよしとすれば、だが。
そして実際に、目の前に並ぶ近衛騎士達は、納得してそこに立っているようだった。
「こうやって纏まっているのは、やはり……」
「ああ、ジークフリート殿下の統率力だとかカリスマだとかに拠るんだろう。となると、単なる力押しでは、痛い目を見るのはこちらかも知れん」
「陛下や殿下のご機嫌を取るにはいいかも知れませんが?」
「いんや、逆に機嫌を悪くされるだろうな。って、わかってて言ってるだろ?」
にやりとした笑みを見せる副長へと、ガイウスは呆れたような顔を返す。
副長とて国王クラレンスと面識はあり、プレヴァルゴ領に彼が来た際には幾度か訓練を共にしたこともあるため、クラレンスの人となりは良く知っている。
決して忖度を好まない性格だということも。
「それはもう。……となると、やはりじっくり正面から突き崩していきますか」
「ああ、訓練だしな。じわじわと真正面から兵力が磨りつぶされていく様子を学んでいただこう」
「そうですな、あちらも基礎から学ばれるおつもりでしょうし」
そう言って二人は意地の悪い顔を作るのだが、それはつまり、舐めてはかからないということでもある。
急いで各部隊の指揮官達を呼び集め、作戦の変更と、何よりも相手が想定よりも手強いから気を引き締めるようにとの指示を伝えていく。
もっとも、指揮官達もそのことは感じ取っていたが。
そして出された指示が末端の兵にまで伝わった頃に、模擬戦開始の合図である閃光弾が空へと打ち上げられると。
プレヴァルゴ騎士団の、歩兵が前へと進み始めた。
「始まってしまったな……」
緊張を隠せない声で、ジークフリートが呟く。
彼の眼前では、横に並べた歩兵達の向こうから、規則正しい靴音を響かせながらプレヴァルゴの歩兵達がこちらへと向かってきていた。
その醸し出す雰囲気、圧力に、思わずごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込んでしまう。
「最初から騎兵突撃もあるかと思いましたが……流石はガイウス殿、こちらの意図はお見通しのようですな」
ジークフリートの副官としてついているベテランの近衛騎士が言えば、ジークフリートも無言で頷く。
この展開自体は、事前の打ち合わせでも想定していたものの一つ。
当然、その対処法も想定済みだ。もちろん、それが通用するかはわからないが。
「お見通しな上で、あちらも正面から来ると言うのであれば、こちらも正面から迎え撃つのみ、だ」
「左様でございますな。……あちらは歩兵が250程でしょうか。こちらよりは少なく、弓兵は同数、騎兵がその分少々多い。想定の範囲内です」
「となると、まずは歩兵同士のぶつかり合いで負けないこと、だね。そのためには……」
話している間にも、プレヴァルゴの歩兵達が近づいてくる。一歩、また一歩。
そして彼らがある程度近づいてきたタイミングで、ジークフリートは声を上げた。
「弓兵、構え! 斉射用意! ……放て!!」
タイミングを見計らってジークフリートの声が響き渡れば、それに合わせて弓兵達が一糸乱れぬ動きを見せ、一斉に弓を引き絞り……弧を描くよう、斜め上方へと矢を放つ。
居並ぶ歩兵達の頭上を越えた矢は、降り注ぐように、地面の決まった範囲に敷き詰められるように、一斉にプレヴァルゴの歩兵達の頭上から襲いかかった。




