埋まって良いのかわからない予定。
リヒターがヘルミーナをラークティス王国へと誘った。
その場面を見ていたクララは驚きで目を見開き。
それから、その目を輝かせた。
「そ、それってつまり、婚前旅行というやつですか!?」
「クララ、ちょっとはしたないわよ、その声の上げ方は」
「はっ、す、すみませんエレーナ様!」
窘められて、クララは慌ててお口にチャック。
しかし、それでも目にキラキラとしたものを浮かべるのは止められない。
ここにいる令嬢達の中では、まだ比較的多少は一般的女の子感性を持つクララとしては、恋バナ的なものはやはり好物らしく、ワクワクと期待した顔でリヒターとヘルミーナを見る。
選りにも選って、ヘルミーナに対して。
「いや、旅行という程気楽なものじゃないかな。うちの父親を中心とした調査団の訪問に同行するという形だし」
「……ちょ、調査、ですか……?」
リヒターが小さく首を振って否定すれば、あまりに色気のない言葉に、クララのテンションが一気に下がった。
親同伴、しかも調査団とくれば他にも大人がたくさん。そんな中で何か起こるわけもなく。
あまりの色気のなさに、溜息すら出そうなのを、さすがに堪える。
反対に、俄然テンションが上がるのがヘルミーナである。
「調査団ということは、まさか、書庫に入れるということ!?」
「ああ、ラークティス王家に許可を得て、書庫に入って魔術書を調べさせてもらうことになったんだ。
ちなみに、ピスケシオス侯爵閣下も当然同行されるから、あまり無茶はするなよ?」
「むぅ、お父様も来るのか……まあ、それは当然、か……」
説明を受けて、ヘルミーナは眉を寄せて眉間に皺を作った。
ピスケシオス侯爵はヘルミーナの父親であるだけでなく、魔術研究における第一人者である。
であれば、もちろんこういった調査に参加しないわけがない。
「……あの、お父様、苦手なんですか?」
ヘルミーナの表情を見て、ふとクララがそんな疑問を口にした。
確かに言われて見れば、ヘルミーナがこんな表情をするのは珍しい。
と、皆の視線が集まったところで、ヘルミーナは首を横に振った。
「いや、苦手、ということはないのだけど。お父様がいると、好き勝手しにくいなって」
「そんなことだろうと思ったから、侯爵様には是非にとご同道願ったんだよ。……さっきのお前と同じく即答だったらしいけど」
呆れたように言うリヒターだが、若干の不安も滲んでしまう。
ピスケシオス侯爵から感じる、ヘルミーナの同類な空気。
もしかしたら早まったか? しかしヘルミーナが好き放題することは抑えられそうだ……。
リスクとメリットを秤に掛ければ、まだ現時点ではメリットの方が大きい。リヒターはそう判断している。
「……ちなみにリヒターさん? ピスケシオス侯爵様のことを、お義父様とはお呼びにならないの?」
さらっと、エレーナがある意味爆弾発言を放り込んだ。
リヒターとヘルミーナの関係は婚約者。であれば、将来的に侯爵は彼の義理の父親になるわけだから、お義父様と呼んでも問題はないはずだが。
「いや、そうお呼びしたら、間違いなくミーナが暴れるので」
「ああ、なるほど。それは、そうでしょうねぇ……」
「ふん、もやしやろーがお父様をそんな風に呼ぶなんて、百年早い」
「百年も経ったら、流石にお墓の中に入ってますよ……?」
鼻を鳴らしながら言い捨てるヘルミーナへとクララが小さくツッコミを入れるが、聞こえていただろうにヘルミーナはスルー。
どうやら、あまり細かく突っ込まれたくはないようだ。
そんな二人の距離感に、メルツェデスは微笑ましいものを見るような目を向けていた。
ゲームの設定通りであれば、リヒターがヘルミーナを誘うなど、絶対にありえなかったことだろう。
そもそも、そんな調査自体がなかったのだが……もし仮にあれば、ここで誘うのは恐らくクララ。
二人の仲が深まるイベントとして機能しただろうに、実際に誘った相手は、ヘルミーナだった。
もう大分前から実感としてあったが、やはりゲームの進行からは大きく外れていっているのだと、改めて実感すれば……ほっとしてしまうのも仕方のないところ。
やはりシナリオは変えられる、これならば全員バッドエンド回避もきっと出来る、と。
……もうとっくに、少なくとも自分の断罪エンドなどありえない状況だということに、メルツェデスは気付いていない。
いまだに、彼女だけは、ジークフリートから向けられている気持ちに気付いていないのだから。
「ところでメル。ミーナの予定は決まったけれど、私達はどうしましょう。その模擬戦に参加していいのかしら?」
そして、気付いているフランツィスカは、二人がお近づきにならないようにと介入すべく参加をほのめかすが。
ゆるりと、メルツェデスは首を横に振った。
「ごめんなさいフラン、それは父から事前に止められてるわ。
公爵令嬢を模擬戦の中に放り込むわけにはいかないし、父の指揮下に入るということは、公爵令嬢を顎で使うような形になってしまうわけで、政治的にもよろしくないって」
「あ~……そうよね、我が国の法律では、そもそも公爵家の人間が伯爵の指揮下に入るっていうことが、ほとんど起こりえないわけだし……」
「模擬戦だから、学生だから、で押し切れなくもないけれど、後々揺さぶりに使われる材料にならなくもないから、と言われると流石に、ね」
メルツェデスの説明に、フランツィスカは残念そうな顔をしながらも理解をします。
元々、万が一があれば国家運営に重大な影響があるから、という理由で人間相手の軍務には伯爵家より上の貴族出身者は就くことが出来ない。
逆に、魔物の大氾濫、魔族の出現などに対しては出撃の義務があるが、その場合指揮を執るのは王族であることがほとんど。
通常、公爵家の人間が、如何に『勝手振る舞い』の許しを得ているとはいえ、伯爵であるガイウスの指揮下に入ることはありえないのだ。
「ということは、貴族派の公爵令嬢である私なんて更に、よね。いえ、そもそも私は参加するつもりなかったけど」
「え、そうなんですか?」
「クララ……あなた、参加する気だったの? 一応あなたは男爵家の人間になってはいるけれど……聖女候補である以上、やっぱり無理だと思うわよ?」
エレーナが極めて常識的なことを言えば、クララがきょとんとした顔で不思議そうに言う。
思わず額を指で押さえながら、エレーナは諭すように言葉を返した。
同時に思う。
段々染まってきてない? と。
その心配は、残念ながら杞憂ではないかも知れない。
「でも、模擬戦の前後にある通常訓練になら参加していいとも言われてるから、そちらで汗を流したらいいんじゃないかしら」
「あ、そうなんですね、それは是非!」
「まってクララ、そこは即答しないで欲しかったわ……」
窘めるように言うも、返ってくるのは、やはりきょとんとした不思議そうな顔。
これはもう、止まるまい。
そして、フランツィスカはもちろん参加するだろう。
となると、このままではエレーナ一人が寂しく別行動となるわけで。
「……これもう、私も参加する流れじゃない……」
そうぼやくと、エレーナは小さく溜息を吐いた。




