空いた予定に埋まる予定。
翌日、学園内のカフェテリアでメルツェデスは早速親友達へと頭を下げていた。
「申し訳ないわ、そういうことで、今年の冬はキャンプに行けなくなったの」
「そう、それは残念ね……ええ、とても残念ね……」
言われて、本当に心の底から残念そうな声を出したのはフランツィスカだった。
誰よりも冬山キャンプを楽しみにしていたのが、彼女である。
元々ゲームでも努力と根性の人だったフランツィスカだ、夏のキャンプですっかりプレヴァルゴ流の鍛え方に馴染んでしまった。
その彼女からすれば、日常に戻った後の鍛錬は、どうにも物足りなかったらしい。
……まあ、ついでに、毎日メルツェデスと入浴を共に出来るという特典付きなのだから、行けなくなったのは痛恨の極み。
そんな悲痛な内心を、彼女は公爵令嬢の仮面でしっかり覆い、普通に残念な顔を作っていた。
「ということは、私の考えていた実験も出来ないのか……」
「……ミーナ、一体どんな実験を考えてたの?」
「うん、人工雪崩の発生と制御を」
「絶対やめなさい! 例えキャンプに行けても!」
残念そうに呟くヘルミーナへと、被せるようにエレーナが声を上げる。
ガイウスが心配していた自然現象を人間の手で起こした上に制御するなど、エレーナからすればとんでもないこと。
それは、他の面々にとっても同様だった。
「流石にその実験は許可が下りないわよ。人里離れているとはいえ、狩人が山に入っていることもあるのだから」
「それに、そもそもミーナが巻き込まれでもしたらどうするのよ」
メルツェデスもフランツィスカも、口々にヘルミーナを窘める。
……一人クララは、それらすら何とかしかねない、などと思っていたりしたのだが。
「むう。私が巻き込まれないようにする算段はしていたけれど、狩人は考えてなかった。反省」
「え、雪崩が起こっても巻き込まれないように、ですか? 一体どうやって?」
だからヘルミーナの言葉にクララは反応し。
……返ってきたのは、微妙な沈黙だった。
視線をあちら、こちらへと動かして。
少しばかりうつむき気味になって。
「……もやしやろーが風魔術の応用で空をある程度飛べるようになったから、それでこう……」
「……え?」
「……は??」
「はい??」
「あらまあ」
フランツィスカ、エレーナ、クララと、唖然とした表情になり、驚きこそすれどメルツェデスは一人納得顔。
ゲーム『エタエレ』に飛行魔術などは出てこなかったのだが、最早ゲームと完全に異なる進行、特に大きく異なる成長速度を見るに、もしかしたらとは心のどこかで思っていた。
その切っ掛けとなったのは。
「もしかして、ミーナの『ウォーターキャタピラー』を見て思いついたのかしら?」
「その通り! あのもやしやろー、私のアイディアをパクった!」
「いやいや、パクったとかそれどころじゃないでしょ!? 空を飛べるってどういうこと!? ほんとに出来たのなら、とんでもないことよ!?」
憤慨するヘルミーナへと、ツッコミを入れたのは、やはりエレーナだった。
とんでもないことだとわかっているからか、ヘルミーナは口を尖らせて不満そうな顔である。
「確かに、魔術で空を飛べるとなったら、その戦術上の優位性は計り知れないわ。何しろ上から一方的に攻撃出来るんですもの」
「そうでなくても、空が飛べることで今までいけなかった場所にいけたり、直線的に移動出来たり……応用はいくらでも出来るわね……」
元からイメージの出来ているメルツェデスはもちろんのこと、フランツィスカもすぐにその応用が頭に浮かぶ。
どれだけの恩恵がもたらされることになるのか、それこそ発想次第では無限に用途は広がることだろう。
だからこそ、ヘルミーナは不機嫌なのだが。
「くそう、私のアイディアなのに」
「ええ、元々はミーナのアイディアよ。魔術を移動に使うだなんて発想自体が天才的よ。
ましてそれを、風の魔術よりもよっぽど不向きな水の魔術で成し遂げたんだもの、誇っていいことだと思うわ?」
メルツェデスがそうやって褒めあげれば、少しばかり口の尖りが緩くなる。
「……そう? 私、天才?」
「もちろん。ミーナは天才よ、わたくしが太鼓判を押すわ」
「ふっ、そうでしょうそうでしょう、私こそ天才。二番煎じとは違う」
メルツェデスのよいしょを受けて、ヘルミーナの機嫌はあっさりと回復した。
もっとも、確かにあの発想そのものは従来誰もしなかったことであり、それを生んだことは天才的と言っていいことだろう。
それはエレーナ達もわかっているから、誰も文句を言わないのだが。
「所詮もやしやろーは人真似、私とは格が違う。そもそも魔力消費がでかいから維持可能時間も短いし、技術としてはまだまだ」
「随分言いたい放題言ってくれるな。事実なだけに反論も出来ないが」
段々ヘルミーナがリヒターディスへと言葉を尽くし始めたところで、当の本人からツッコミが入る。
見れば、書物を片手にリヒターがメルツェデス達の座るテーブルへとやってくるところだった。
「むっ、来たなパクリやろー」
「確かにお前のアイディアを拝借したけどな、あそこまで安定させたこと自体は僕の努力の成果だぞ?」
「最初に飛ぼうとした時はバランス崩して生け垣に突っ込んだくせに」
「……誰から聞いた? いやいい、それ自体は事実だし、失敗もせずに上手くいくとは最初から思ってなかったしな」
「むぅ、やけに殊勝で張り合いのない……」
ヘルミーナなりに煽りを入れたのだが、冷静に受け入れられ一部認められてしまえば、それ以上言い募るのは難しい。
面白くなさそうに唇を尖らせるヘルミーナへと、リヒターは小さく笑って見せ。
「お前との付き合いも長いんだ、多少は応対の仕方だって覚えるさ。
それで、一体何だって、僕の悪口なんて言ってたんだ?」
「くそう、流すのだけは上手くなって……」
ぶつくさ言いながらも、ここまでの話の流れを説明するあたり、ヘルミーナも丸くなったものだ、などと周囲の親友達はほっこり眺めたりしつつ。
一通りの話を聞いたリヒターは、なるほど、と一つ頷く。
「ということは、ミーナの冬の予定は白紙になってしまったわけか」
「とても残念ながらその通り。どこぞのもやしやろーで鬱憤を晴らしたいところ」
リヒターに言われて、じろぉりと擬音が付きそうな勢いで睨み付けるヘルミーナだが……やはり以前のような迫力がない。
当然その程度なら慣れてしまっているリヒターも全く動じた様子はなく。
「それは勘弁してくれ、というかやめといた方がいいぞ? 僕が怪我でもしたら、折角のいい話が流れてしまうからな」
「何そのいい話って」
何やらもったいぶった言い方に、ヘルミーナがきょとんとした顔になる。
クララが『あれで暴れないだなんて……』などという失礼な感想を抱いているのだが、流石のヘルミーナでも読心術は使えないため、気付かれることはなかった。
……若干、視線には気付いているような気がしなくもないが。
そしてリヒターは、思ったよりも素直なヘルミーナの反応に、これなら大丈夫そうだと内心で思いながら、答えた。
「実は、ラークティス王国に冬期休暇の間に訪問出来ることになってな。予定が空いたのなら、ミーナも一緒にどうだ?」
ラークティス王国。夏にリヒターが、ジークフリート達と訪れた、周辺諸国で最も魔術が発達した国である。
当然、その書庫にはヘルミーナ垂涎の魔術書の類いが収められており。
「いく!」
間髪入れずにヘルミーナが答えたのも、仕方の無いことだった。




