少女達の全力投球。
「なるほど、お話はわかりました。そういうことでしたら、是非とも協力させてくださいまし」
翌日。
学園にある上位貴族用サロンに呼ばれたモニカとエミリーは、あっさりと協力要請を承諾した。
「むしろ、そんな状況でしたら、お誘いいただけない方が寂しいといいますか」
「ええ、夏もキャンプにお誘いいただけませんでしたし。
……いえ、まあ、お話を伺うに、私達ではついていけなかった可能性は高いですけれども……」
和やかに答えるモニカの横で、エミリーがうんうんと頷きながら続き。
それから、若干口籠もるように言いながら、目を逸らす。
メルツェデスとフランツィスカが初めて出会ったお茶会の時に同席し、それから国王派侯爵令嬢としてメルツェデスとも親交を深め、訓練にも時折参加していた二人は、身体能力で言えばエレーナに次ぐだけのものを持っている。
ただし、学園に入ってからはかなり水をあけられてしまっていたけれども。
そのエレーナもフランツィスカ達についていけなくなってきているのだから、彼女達が誘われなかったのも致し方ないといえばないし、二人もまた、自分達が届かないことを理解してはいる。
それでも。
それでも、何かの役に立ちたいのだ、彼女達は。対等な友人であるために。
これが命の掛かった戦闘であれば話はまた別だが、舞踏と歌唱であれば、躊躇う理由などどこにもなかった。
「あ、あの、私が言うのもどうかと思うのですが、本当によろしいのですか……?
子爵令嬢である私の、いわばバックコーラスを、侯爵令嬢であるお二人にお願いすることになるのですが……」
本来であればこのサロンを利用することがないはずのユリアーナが、慣れない場所でカチコチになりながら、モニカとエミリーに問うたのだが。
返ってきたのは、気取ったところのない穏やかな微笑みだった。
「歌に家格は関係ありませんし、フランツィスカ様とエレーナ様が揃ってそれが必要であるとお認めになったことですよね?
失礼ながらユリアーナさんのことは直接的にはよく存じませんけれど、フランツィスカ様とエレーナ様、メルツェデス様に関して言えば、その見る目の確かさはよくわかっておりますから」
「それに、派閥は違えどもキャプラン子爵様のお声は私達も認めざるを得ないもの。
そのご息女であれば、きっと間違いがないものと思いますもの」
モニカが語れば、エミリーがそれを捕捉するように言葉を繋ぎ。
ねぇ、と最後にお互いがお互いに確認するかのように笑顔で頷き合う。
息の合ったやりとりに見蕩れていたユリアーナは、はっと我に返って居住まいを正した。
と、そこへジト目になったヘルミーナが食ってかかる。
「待って、そこに私の名前が入っていないのは、何故」
「え、だってヘルミーナ様は……その、ねぇ」
「うんまあ、その、ねぇ。ご自分の研究には熱心ですけども」
普通の人間ならば竦んでしまいそうな目力に、しかし二人は怖じ気づいた様子も無い。
同じ侯爵家の令嬢、ということもあるのだろう。
だがそれ以上に、彼女達もまた、ヘルミーナという人間のことをよく知っているのだ。
特に、最近は随分と人当たりが良くなったことを。
「ミーナの場合は自業自得よねぇ、正直いって」
「だめよエレン、この一年でミーナも本当に可愛くなったのだから」
「まってフラン、私は別に可愛くなんかないからね?? というか可愛いとか関係なくない?」
しみじみとエレーナが言えば、フォローになっていないフォローをフランツィスカが入れる。
そこにヘルミーナが自分でツッコミを入れるのだが、その舌鋒はどうにも鋭さにかける。
むしろ、戸惑いだとか照れだとかが隠しきれておらず。
クララなどは『そ、そういうリアクションが可愛いんですよ、ヘルミーナ様……』などと思っているが、口を押さえて堪えている有様。
もしここでうっかり口にしてしまえば、ヘルミーナからここぞとばかりにウザ絡みされるのは目に見えているのだから。まさかそんな舌禍を招くわけにはいかない。
結果として、ヘルミーナに対してフォローも追い打ちも掛からず、彼女が一人照れ隠しにぷんすかとしている始末。
その状況を変えるべく、メルツェデスが口を開く。
「ミーナが可愛いかどうかは議論をまたない、もとい、また別の機会に議論するとして。
モニカさんもエミリーさんも納得してもらえたわけだし、これで問題無く練習に入れるわね」
「そうね、曲の編集と歌詞の調整が必要ではあるけれど、恐らくそんなには掛からないでしょうし……それまでは発声練習と群舞の基礎練習、それからタチアナ先生への協力要請もしないとかしら」
いかに熱血青春モードに入りかけているメルツェデスと言えども、提示する練習内容は流石に現実的なもの。
彼女とて、自分の常識が世間の常識と乖離していることは理解しているのだ。
そのズレの度合いを認識しきれているかはともかくとして。
フランツィスカも同意し、見やれば他の面々もそのことに異論はないらしい。
「いや、しなくていいから。っていうかないから」
……約一名、それもちょっとずれたところで異論はあったが。
ともかく、方針は固まった。
「あ、なら私、タチアナ先生にお願いしてきます!」
「でしたら、私はロジーネさんのお手伝いをしましょうか。僭越ながら、それなりに嗜んでおりまして」
「私も、声楽に精通するトレーナーさんを存じておりますので、お願いしましょう」
クララが駆け出しそうな格好でいえば、モニカとエミリーも早速協力姿勢を見せてくれる。
侯爵家のご令嬢ともなれば、そのスキルやコネクションはやはりこの国有数のもの。
当然大きな効果が期待できるところだ。となれば後は。
「じゃあ私は、ミーナの侍女さんが校内に入れるよう手配しておくわね。逃げ出さないよう見張ってもらわないと」
「確かに、彼女の動きはミーナをとっ捕まえることに慣れていたわね……」
今まさに思いついた、とばかりにフランツィスカが言い出せば、エレーナも納得したように頷く。
夏のキャンプを思い出せば、暴走しそうなヘルミーナを、侍女が確かによく押さえ込んでいた。
もちろんメルツェデスやフランツィスカでも押さえ込めるのだが、彼女達もまた練習しなければならない。
であれば。
「侍女さんからしたら、むしろミーナが校内でやらかさないか気を揉まずに直接視認できるからありがたい、まであるかもしれないわね」
「待ってメル、流石にそこまではない。……少なくともここ半年の私はそこまでではない、はず」
誰もが思ったことを、はばかることなく口にするメルツェデス。
流石にヘルミーナも抗議するが、その口調はやはり鋭さに欠ける。
そして、抵抗が弱いと見れば一気呵成に攻め込むのが武人というものである。いや、令嬢なのだが。
「なら、むしろこれは良い機会じゃないかしら。ミーナがもう心配要らないと侍女さんに認めてもらう良い機会だと思うわ」
「な、なるほど。……なるほど? 何かこう、騙されてる気にはなるけど、言ってることに筋は通ってる。
……いや待って、だから私は、できれば辞退したいとあれほど」
その勢いに流されそうになったヘルミーナだったけれども、何とか踏みとどまる。
そう、彼女はそれでもまだ、逃げ道を探って居たのだ。もちろん、誰も許すつもりはないのだが。
「だめよミーナ。わたくしは、あなたの声がとても好きなの。だから、あなたにも歌って欲しいのよ」
間近な距離で、メルツェデスがにこやかに言い切る。
フランツィスカやエレーナが食らえば間違いなく腰が抜けるような笑顔で。
強引かつ我が儘なお願い。
それはむしろ、ヘルミーナの専売特許とでも言えるものだが、ここで敢えてメルツェデスが振るった。
振るうことに慣れていたヘルミーナは、もちろん振るわれることには慣れておらず。
何よりも彼女は、魔術を褒められることには慣れているが、声だとかを褒められることには慣れていなかった。
「くっ……し、仕方ないね、メルがそこまで言うのなら……」
ぷいっと横を向きながらも、そう答える。
その頬と耳は、隠しようもなく赤く染まっていた。




