もしも雄鶏が歌わぬのならば。
「とは言っても、大凶作が決まったわけではないわ。代わりの人だっていないわけではないから」
「それに、陛下がとりなせば、流石に欠席はしないでしょうし」
相当なショックを受けたらしいクララへとエレーナがフォローを入れれば、うんうんとフランツィスカも頷いて見せる。
確かに、キャプラン子爵は声楽家の中でもトップクラスではあるが、彼しかいないわけでもない。
そしてモンテギオ子爵もまた同様である。
代役がいると言えばいるし、いかに芸術家肌の彼らであっても、国王から諭されれば話は聞くだろう。
「ただその場合、練習不足、あるいは不本意な中での演奏、歌唱になるだろうから、奉納の効果は弱くなるだろうね。
となると来年の収穫は、大凶作まではいかなくても不作は免れないだろうし」
二人が懸命にフォローしようとしていたところに、さくっと追い打ちをかけるヘルミーナ。
魔術の研究家である彼女は、こんな時であっても空気読まず正論で殴りかかる。
それを聞いて素直なクララと関係者であるロジーネは顔色を悪くし、フォローを台無しにされたエレーナとフランツィスカは物言いたげに眉を寄せ不満顔だ。
だが、そこに一人だけ、表情が変わらない令嬢がいた。
「ねえミーナ。その場合、ということは、別の場合も想定できるということ?」
メルツェデスが小首を傾げながら言えば、ヘルミーナは我が意を得たりとばかりにニヤリと唇を曲げる。
いや、単純に微笑んだだけなはずなのだが、若干空恐ろしいものを感じるのは、今までの積み重ねのせいだろうか。
ともあれ、ヘルミーナはその問いに対して、自信ありげに頷いて見せた。
「もちろん。子爵達を無理矢理参加させるでもなく、練習不足で本番に臨むでもないという状態にすればいい。
すなわち、この短期間で仕上げられる人間にやらせればいいだけのこと」
きっぱりとヘルミーナが言い切れば、しばしの沈黙が訪れた。
痛い程の沈黙の中、しかしヘルミーナは自信たっぷりな顔のまま、なんなら胸を張ってその場に立っている。
彼女は知っているのだ。
ここにいる面々が、彼女の言ったことを理解出来るということを。
「やらせる、っていう言い方が、何と言うか……つまり、自分ではやらないつもりなのね?」
「当然。私の腹筋だと、蚊の鳴くような歌声しか出ない」
「いや、最近のミーナはそうでもないと思うけど」
呆れたような顔でエレーナが言えば、ヘルミーナは言葉通り、当然といった顔で答えた。
だがエレーナは、そしてここにいるロジーネを除く面々は知っている。
ヘルミーナの体幹がこの夏で鍛えられ、その気になればそれなりの声量が出せることを。
何しろことある毎に『ウォーターキャタピラー』を使って爆走しているのだ、その加速に耐えているだけでも体幹は、そして腹筋は鍛えられる。
そのことに自覚はあったのか、ヘルミーナは目を逸らした。
「ま、まあそれにほら? 短期間できっちり仕上げる真面目さと根性が必要なのだから、私には不向きだし」
「いや、そこは言い出しっぺなんだから、せめて真面目さくらいは出しなさいよ!?」
それでも不参加を示唆するヘルミーナへと、エレーナがいつもの調子を取り戻した様子でツッコミを入れる。
まだまだちっとも確実ではないけれど。それでも、希望が見えたから。
そこに、メルツェデスが便乗する。
「それなら、折角だしわたくし達で歌いながら踊る、というのはどうかしら」
「あ、それ良いですね、とても楽しそうです!」
メルツェデスの提言に、クララがぱちんと手を叩いて賛意を示す。
だが……貴族令嬢組は、きょとんとした顔だ。
「ああ、皆には馴染みがないかしら。平民の人達は祭りとなると、皆で歌いながら踊るのよ。
それこそ皆で手に手を取って輪になって、とかね。
普通のダンスなら難しいところでしょうけど、タチアナ先生が教えてくれた群舞なら、合わせられると思うのよね」
楽しげに語るメルツェデスの脳裏に浮かぶのは、前世で見たミュージカルや阪急電鉄沿線に本拠がある歌劇団。
それらが描き出していた舞台は、まだこの世界、少なくともこの国にはない。
であれば、その端緒を生み出してみるのもまた一興ではないか。
メルツェデスの頭には、そんな考えが浮かんでいた。
「なるほど。その横でなら、ミーナだって歌いやすいでしょうし」
「待ってエレン、どうあっても私を参加させるつもり?」
情景が浮かんだのか、納得したようにエレーナが頷いてみせれば、まさかの発言にヘルミーナが口を挟む。
ただまあ、普段彼女が本気で嫌がっている時のような口調の鋭さは感じないのだが。
だからエレーナは、あっさりと首肯して返した。
「もちろん。折角の機会なんだもの、皆で参加した方が、きっと楽しいわ。
それに、理論だけでなく実践もした方が、ミーナの研究にも役立つんじゃない?」
「くっ、研究のためと言われれば私が何でも飛びつくと思ったら大間違いなんだからねっ」
ぷいっと顔を背けるヘルミーナだが、かなり傾きかけていることは、付き合いの長いエレーナ達にはわかってしまう。
クララやロジーネはあわあわしてしまっているが。
「まあ、ミーナはおいおい口説くとして……でも、それなら楽曲と歌を用意しないといけないわよね?」
ヘルミーナとエレーナを微笑ましげに見ながらも、フランツィスカが現実的なツッコミを入れた。
ことここ最近においては珍しく。
どちらかといえばメルツェデスよりな発言が最近多かったせいか、一瞬だけ驚かれ。
しかし、すぐに持ち直したメルツェデスは、意味ありげに笑って見せる。
「それこそ、頼もしい専門家がいるじゃない」
言いながら、メルツェデスが向けた視線の先にいるのは。
「……はい?? えっ、わ、あたしですか!?」
思わず自分で自分の顔を指さしながら、驚きのあまり素が漏れ出たのか砕けた一人称で答えてしまうロジーネ。
勿論それを誰一人として咎めるでもなく。
むしろメルツェデスなど、楽しげにうんうんとうなずいてさえいる。
「ええ、あなたです、ロジーネ様。聞けばお父上譲りの才能を発揮して、ピアノ演奏だけでなく作詞や作曲もなさっておられるとか。
であれば、あなたにお任せするのが最善かと思うのですけれども」
「ま、まさかそんなことまでご存じとは……まあその、父が原因の事態ですし、私でよろしければ、出来る限りはさせていただきますけども」
そこまで言って、ロジーネは一度言葉を切った。
何やら思案げに視線を彷徨わせ、顔を上げて何かを言おうとして、また俯いて。
そんなあれこれを繰り返すことしばし。
ついに意を決したか、ぐっと顔を上げて。
「であればユリアーナを……キャプラン子爵令嬢ユリアーナを歌い手として招くことをお許しいただけますでしょうか」
そう願うロジーネの瞳は、メルツェデスすら思わずたじろぐ程に、力強かった。




