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月下一刃。

「何故だ、どうやって嗅ぎつけた!?」


 メルツェデスの名乗りを受けて、男達は武器を構え直しながら散開する。

 彼らを前にして立つメルツェデスの姿は泰然自若としたもので、その雰囲気からも情報通りに油断ならぬ相手だということが伺えた。

 慎重に間合いを測りながら。

 何とか情報を収集しようと、問いかける。

 恐らく彼女の性格が情報通りならば、語るだろうから。

 そして、それを次に活かさねばならぬ。こんな失態を繰り返すわけにはいかないのだから。


 彼らは、そんなことを考えていた。

 そしてメルツェデスは、彼らの計算を知ってか知らずか、やはり口を開いた。


「何故も何も、タチアナ先生がおっしゃっていたでしょう? 壁に耳あり、と」

「……は?」


 くすりと笑うメルツェデスの顔を、思わず凝視して。

 男の背筋に、ゾッと冷たいものが走る。

 確かに、その言葉に聞き覚えはあった。

 だが、身に覚えがなかった。


「なっ……まさか、いたのか!? あの時、貴様の手の者がいたとでも!?」


 男がタチアナへと接触したあの時。

 彼は、他に誰も居ないと思ったからこそ話しかけ、不必要なことまでしゃべってしまった。

 何しろ男はチェリシアでも上から数えた方が早い程の腕を持つ密偵。

 そんな自分が、周囲に潜む人間に気付かないわけがない。そう思っていた。

 しかし、その自信にヒビが入ったことを自覚する。

 全く気付かなかったのだ。男とタチアナの会話を聞いていた者が居たなど。


「ええ、居ましたとも。もっとも、その後を尾行しようとして途中で撒かれてしまったのですが。そこは、流石と言っておきましょう」


 男とタチアナが接触したのは、メルツェデスが違和感を感じた後。

 となればプレヴァルゴ家の密偵が張り付いており、その密偵は取り分け気配を消して隠れることが得意だった。

 ただ、身体能力では男に劣っていたため、追跡しようとするも引き離されてしまったのだが。

 それでも、持ち帰った情報が貴重なものだったのは言うまでもない。


「それでも、いずれ先生があなた方に接触するだろうとは読めましたからね。

 結果、密偵を張り付かせ続けるようにして、動きに気付けたから、こうして駆けつけることが出来たわけです」


 出来るのはさも当然、とばかりの笑顔で言うメルツェデスだが、内心ではほっとしていた。

 何しろ、どれだけ速く情報を伝達しようが、どうしてもタイムラグは発生する。

 伝書鳩なども使えない夜間となれば、なおのこと。

 彼女が駆けつけるまでにタチアナに何かあれば、とは懸念していたし、実際危ないところではあった。


 だが、そんなことは一切顔に出さず、あくまでも不敵な様子で男達の前に立ちはだかる。

 既に間に合ったのだ、今更気を揉むことなどない。

 後は、とどめを刺すばかり。


「そして、事ここに至っては、最早逃れることなど出来なくてよ?

 大人しく、お縄につきなさいな」


 などと軽く言うメルツェデスを前にして、男達の額には汗が浮かんでいた。

 ここが突き止められた以上、放棄して王都内に散らばるしかない。

 だが、目の前にいる『退屈令嬢』が見逃してくれるわけがない。

 彼女が追いかけて来ずとも、恐らく密偵達は潜んで張り込んでいるはず。

 他のアジトまでも見つかっては今後の活動に障りがあるし、それこそ一網打尽にされる恐れがある。

 となれば、男達が取る手段は一つ。


「ふざけたことを言う。確かにこの場は嗅ぎつけられたが、ただそれだけのこと。

 貴様を始末すれば何も問題はない! 多勢に無勢という言葉の意味を教えてやる!!」


 男が声を上げれば、間者達はその武器を手に、改めて身構える。

 確かに言われるだけの腕を、メルツェデスは持っているようだ。

 だが、男達とて腕に覚えはある。そして、一人二人は斬られるだろうが、全員でかかればやれなくはない。

 そう覚悟を決めて、じり、と半歩間合いを詰める。


 そんな反応を見て、ふぅ、とメルツェデスは小さく溜息を零した。


「……そう、ならば是非もなし。

 ハンナ、タチアナ先生をお願い」

「かしこまりました、お嬢様」


 腰に提げた剣に手をかけながらメルツェデスがどこへともなく声をかければ、途端に現れるメイド姿の女性。

 そのことに、また男達の足が竦む。

 控えていたことに、気づけなかった。

 辛うじて、タチアナの傍へと駆け寄る姿は見て取れたが。

 

 いや、しかしそれと斬り合いの腕は別物。

 この人数であれば、あのメイドまで含めてやれるはず。

 そんな皮算用をする男達へと、メルツェデスは向き直り。


「さ、どこからでもかかっていらっしゃいな」


 くいくいと、差し伸べた左手で手招き。

 挑発だ、とわかってはいる。

 乗ってはいけない。激高してはいけない。

 何とか己を抑え、男達はもう一歩だけ、間合いを詰めて。


「やれ! やってしまえ!」


 号令と共に、全員が、一気に襲いかかった。

 

 ……そして、彼女の間合いに入った瞬間。

 彼らは、一斉に後悔した。


 ここ数日のダンスレッスンで、メルツェデスはそうと悟らせずに力を抑えておく、という技術を身に付けている。

 そしてそれは、何もダンスに限ったことではない。

 彼女のセンスであれば、それを普段の立ち居振る舞いに応用することも充分に可能。


 だから、今もそうしていた。

 最初から曝け出してしまえば、恐らく彼らが即座に逃げ出していただろうから。

 流石に本職の間者が後先考えずに逃げ出してしまえば、メルツェデスとて全員を確保はできない。

 

 しかし、今こうして、彼らがメルツェデスの間合いに入ってしまえば。

 逃れることの出来ない領域に入ってしまえば。

 もう、抑えておく必要など無い。


 空気が、変わる。しんと静まり返った月夜のそれから、地獄もかくやと言わんばかりの、焼け付くような殺気渦巻く修羅場へと。

 彼女が本当の力を解放したのだ、と理解した瞬間。

 解き放たれた白い閃光が、瞬く間に男二人を斬り倒していた。

 抜き様に右手から来た男を払い、その勢いでくるりと回って左手の男を斬り伏せる。

 それはあまりに速く、鍛えられているはずの目にも、一瞬で二人とも倒れたようにしか見えなかった。

 

 いや、そんなことを考えている暇があった者は、ほとんどいなかった。

 呆気に取られたか、メルツェデスが放つプレッシャーに射貫かれたか、動きが固まってしまった男達が一人、二人、容赦なく白刃を叩き込まれて崩れ落ちていく。

 額を割られ、袈裟に斬られ。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」


 悪夢のような光景に限界を振り切ってしまったか、悲鳴のような声を上げながら斬りかかった男が。

 振るった刃をあっさりとかわされ、すれ違い様に胴を薙ぎ払われた。

 そうなれば身体を支えることなど出来ず、為す術も無く地面へと突っ伏してしまい……やがて、動かなくなる。

 

 そして、彼が息絶える前にも次々と白刃が月の光を反射しながら振るわれて。

 瞬きをする程の間に、残るは一人となっていた。


「なんだお前は……なんなんだその腕前は! 強さは!! に、人間のそれじゃないぞ!?」


 男がそんなことを訴えるのも無理はない。

 彼らの得ていた情報は、正確だった。ただしそれは、半年前のものだった。

 もしも半年前にこうなっていれば、メルツェデスとて苦戦していたはず。

 だが……あの『魔獣討伐訓練』を、そして夏のキャンプを越えて、メルツェデスは更なる飛躍を遂げていた。

 その結果が、これである。


「あらまあ、これでもれっきとした普通の人間でしてよ?

 それに……人の人生を当たり前のように踏みにじって利用するような外道に言われる筋合いはないのだけれど」

「う、煩い! 全ては国のため、我が祖国のためなのだ!」


 呆れたように言われ、男は裏返った声で、必死に喚く。

 彼に残されたのは最早、その大義名分のみ。

 だがしかし。それすら、メルツェデスは一笑に付した。


「国のためと言いながら、その基盤であり血肉である民を蔑ろにするなど笑止千万!

 あなた方の所業は、美辞麗句を隠れ蓑にした野心と我欲故と知りなさい!」

「黙れ、黙れぇぇぇぇ!!!」


 メルツェデスの指摘に、男は激高して斬りかかる。


 わかってはいたのだ。今この情勢において、チェリシアがエデュラウムに仕掛ける必然性など、薄い。

 緊張感は残りながらも国境は安定し、無理に領土を広げずとも民は何とか日々の糧を食べられている。

 であれば、仕掛ける理由とは。

 

 目を逸らしていたそれから、目を逸らし続け。

 だからこそ、メルツェデスの刃を見切ることなど出来ず。

 振るわれた閃光に撃たれた男は、言葉も無く地面へと崩れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、なるほど、確かに工作員達は腕が良いですけど性格が向いていないですか。しかし意外に工作員自身も迷いが有ったんですね。 メルさん、相変わらずお強いですが、ダンスから戦闘技術を身に付けたの…
[一言] 成敗! わぁー情報ふっるーい♪ 半年前の情報基準にして勝てると思ってるなんてださださー☆ まさに笑止千万でございますぞwwww
[良い点] 月下に炸裂する正義の刃!タチアナさんが「人」と向き合う中で祖国の非道を自覚し、自分の生き方を選び取ったのに対して、国や理想を掲げてその実欲のまま「人」を踏み躙ることをまるで美辞麗句のように…
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