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外見と本質と。

 その日の授業後、クララはまたダンスルームを借りて自主練習に励もうとしていた、のだが。


「闇雲に練習しても効果はありませんよ。むしろジタサリャス嬢の場合、被害が酷くなる可能性すらあります」

「ひ、被害……」


 タチアナの言葉に、クララも流石に踏みとどまらざるを得なかった。

 ダンスの影響としてあまりに耳慣れない言葉だが、しかしあの惨状を見れば納得せざるを得ない。

 ということで、自主練習というよりは反省会と今後の対策をメインに話し合うことになった。


「今日の失敗は、むしろ自信が付いたことと、張り切りすぎたことが原因だったのでしょう。

 確かにリードに合わせて動き出すことは出来ていたのですが、そこからの動きが、先日よりも力強かったのです」

「女性側に使われる形容としては珍しいわね……」


 エレーナのつぶやきに、クララは肩を小さくすぼめてしまう。

 競技ダンスならばともかく、社交ダンスで女性側に力強さは求められない。

 そしてこの世界において競技ダンスはまだ生まれていないため、それもまた美しさの一つ、と認識出来る人はあまり多くはない。

 まして、単に男性側がクララのフィジカルに力負けしているだけであれば、それは情けないとしか映らないだろう。


「こうなってくると、もうエレンが男装して相手を務めるくらいしかないかしら?」

「それはそれでまた何か言われかねないけど……まあ、踊れないよりはましよね」


 メルツェデスが思いついたことを口にすれば、少し悩ましげな顔でフランツィスカも応じた。

 男女で踊るのがあくまでも基本で、それを崩すことはあまり好ましいことではない。

 ましてそれが貴族の養女となった元平民、となれば風当たりはいかほどのものか。

 相手が公爵家令嬢となれば、直接的に言ってくるものは少ないだろうが、クララの今後を考えると、悩ましいところだ。


「そもそも、何故男女で踊らなければならないのか」

「……言われてみればそれはそうね。ただ、ミーナの場合はリヒター様と踊りたくないから、に見えるけど」

「まあそうなんだけど」

「そ、そこはもう少し隠しましょう……?」


 悪びれもしないヘルミーナへと、恐る恐る口を挟むクララ。

 微妙に、普段よりも更に言葉が弱いように聞こえるのは、やはりまだ立ち直りきれていないということなのだろう。


「元々は特に決まっていなかったようですが、その昔、当時の国王陛下と聖女が手を取り合って踊りを捧げたところ、翌年は今までにない程の豊作に恵まれたから、と言われていますね」

「まあ、そうなんですね。流石タチアナ先生、よくご存じで」


 エレーナやフランツィスカですら、何故男女で踊るか、ということは知らなかった。

 あまりにも当たり前になっていたのだ、彼女達の感覚の中では。

 そんなことに興味を持つのは、祭事の研究家か、あるいは。


「そういえば、タチアナ先生はダンスを学ぶために、お隣のチェリシア王国から留学にいらしたとお聞きしたことが」

「ええ、祖国でも学んでいましたが、当時様々な分野での交換留学が持ち上がりまして、思い切って参加したのです。

 ……まさかその後、あんなことになるとは思いもしませんでしたが……」

 

 メルツェデスが問えば、呟くように言いながら、タチアナは遠い目になって中空へと視線を流した。

 エデュラウム王国の西に位置するチェリシア王国から彼女が留学してきたのは、もう四十年近く前。

 留学生としてダンスを学びながら社交界にも顔を出し、そこでコバルチェフ子爵に見初められて結婚。

 その直後に……後に三十年戦争と呼ばれる戦争が始まってしまったため、終戦からしばらく経ってもまだ、彼女は里帰りの一つも出来ていない。

 

 そんな激動とも言える人生を送る中で、自身の居場所を確保するためにと没頭した結果、この国でも一二を争う舞踏芸能関係の知識を持ち、王侯貴族が学ぶ学園で教えているのだから、何とも皮肉なものだ。

 だが、だからこそ今、彼女達に語れる言葉もある。


「それはともかく。この豊穣祭において、精霊達に感謝を捧げるのが本来の意義となれば、打つ手もあります。

 例えば私の祖国では、群舞を捧げる地域もありましたから。

 そうですね、ジタサリャス嬢にギルキャンス嬢、エルタウルス嬢とプレヴァルゴ嬢の四人であれば、身体能力的には釣り合わせられるのではないかと」

「……なるほど」


 タチアナの提案に、一番に反応したのはメルツェデスだった。

 彼女の前世では複数人の女性、あるいは男性がグループで踊る舞踏も確かにあった。

 揃いの衣装に揃えた動きを合わせれば、社交ダンスとはまた違った華やかさも生まれて、あるいは精霊の御心にも満足してもらえるかも知れない。

 むしろ、形骸化してきたダンスに比べれば、気持ちを込めさえすればそちらの方が良いとまで思えるくらいだ。


 もっとも、こちらの貴族的常識が強いフランツィスカやエレーナは、今一ピンときていないようだが。


「あ~……そういえば、小さい頃はみんなで手を繋いで踊ったりしてましたけど、それみたいなものでしょうか?」

「おおよそ、その通りです。もちろん、それは民間の楽しみとしてのダンス。

 精霊に捧げるためのものとなれば、より洗練されたものが望まれるでしょうが……もし皆さんさえお望みであれば、私がご協力いたしますよ」


 これ以上ない協力の申し出に、クララの顔が輝き。

 そして、メルツェデスは、納得した顔で小さく頷いて見せた。


「なるほど、この四人で、ですか。特にわたくしは欠かせないところですわね。

 その演目を割り込ませるためのお題目が必要ですが、ここにこれ以上ないお墨付きがある、と」


 悪戯な笑みを見せながらメルツェデスが右手の人差し指で指し示すのは、彼女の額。

 『勝手振る舞い』を許された証の疵に、フランツィスカやエレーナは驚きで目を瞠り……図星だったか、タチアナは少々申し訳なさそうだ。


「そうなりますね。私の立場でも、勝手に豊穣祭の演目を追加することなど簡単には出来ません。

 ですが、プレヴァルゴ嬢であれば、その無理を押し通すことも出来てしまいますから」


 そう言いながら顔を少し俯かせるタチアナへとメルツェデスは歩み寄り、そっとその肩に手を添える。


「そんな顔をしないでくださいませ、タチアナ先生。

 元よりこのお許しを、退屈凌ぎに活用させてもらっている身。これ以上の退屈凌ぎはそうそうございませんから、ね」


 パチンと茶目っ気たっぷりに片目をつぶれば、驚いたようにタチアナは目を瞠り。

 それから、どこかはにかむような微笑みを見せた。


 『こやつ、またたらしておる……』なんてことを、エレーナとフランツィスカは思ったりしながら。


「それなら、確かに四人での群舞もありかな、とは思うけれど……ちなみに、ミーナはどうする?」

「私は無理。大人しくしてる。もやしやろーと踊る羽目にはなるかもだけど、メル達に巻き込まれるよりはまし」


 色々情勢を考えれば、そういう意味でもなしでは無い。

 そんなことを考えながらエレーナが話を振れば、ヘルミーナはにべもない。

 実際、ヘルミーナの身体能力であれば、例の吹っ飛ばされた男子の二の舞になることは火を見るよりも明らかではあるが。


「そうなると、四人分の衣装の作成に授業とは別のダンスレッスンに……忙しくなるわねぇ」

「忙しくなることを楽しんでるのが丸わかりよ、メル。まあ、私もこの方が面白そうだけれど」


 ウキウキとした顔になるメルツェデスへと一言入れながらフランツィスカは、そしてエレーナも、少し安堵をしていた。

 彼女達の立場で、奉納のダンスをしないわけにはいかない。

 しかし、婚約者の決まっていない彼女達であれば、相手の売り込みが殺到してくるのは間違いないし、それはどうにも面倒だ。

 父は母と、兄はその婚約者と踊るようだから、デビュタントのエスコートのようにお願いするわけにもいかない。

 となれば、この群舞に参加することはある意味で渡りに船だったのだ。


「あのっ、私のせいで、すみません!」


 何かを誤解したクララが頭を下げるが、そんなクララへとエレーナは小さく首を振って見せる。


「そんなことないわよ、クララ。これはこれで、楽しい思い出になるだろうし、ね」


 宥めながらクララの頭を撫でれば、途端にクララは嬉しそうに無防備な笑みを見せた。

 思わず、ぐっと言葉に詰まったエレーナの脳裏では、『心臓に悪い! 心臓に悪い!』という言葉が繰り返される。

 やはり、主人公たるクララの笑顔はどうにも強烈なようだ。


「ふふ、皆さんの楽しい思い出になるよう、私も協力させていただきますね」

「ええ、どうかよろしくお願いいたします、タチアナ先生」


 少し離れた場所に立っていたタチアナがそう言えば、メルツェデスが応じて頭を下げる。

 そして。

 下がった視線を上げていく、その当たり前の動作の中で。

 タチアナの立ち姿を、気付かれないように観察していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 群舞で創作ダンス。 山海塾かzoo/exileサイクロンだな。 (近鉄温泉地から頑なに目を逸らしつつ)
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