こんなこともあろうかとパートⅡ。
なんとかクララを落ち着かせた後、流石に冗談ばかり言っても居られず、メルツェデス達は対策を立てることになった。
「そもそも根本的に、クララさんの動きを受け止めつつリード出来ないパートナーが悪いんじゃないかしら」
「待ってメル、割と本気でそれが出来るのはメルかフランくらいだと思うわよ?」
問題を根本からひっくり返しかねないメルツェデスの意見に、ツッコミを入れるのはやはりエレーナだった。
主人公らしい成長率で急成長しているクララの身体能力の伸びは著しく、それでも先程エレーナはクララを何とか止めたが、それでもなんとかかんとか。
幼い頃からメルツェデスに憧れフランツィスカと競って鍛えていたエレーナでそれなのだ、並大抵の人間にクララの制御など出来るはずがない。
「可能性があるとしたら、ギュンター?」
「そうね、ギュンターさんなら身体能力は問題ないと思うのだけど……ジークフリート殿下の護衛だから、ダンスの練習相手には中々難しいかしら」
ふと思い出したようなヘルミーナの言葉に、しかしフランツィスカが小さく首を横に振って答える。
メルツェデスの猛攻にもある程度耐えられた彼だ、恐らくクララのフィジカルに対しても対応は出来るだろう。
男爵家の次男という地位も考えると、クララの練習相手にこれ以上は居ないかも知れない。
ただし、自由の利かない身である、という大前提を除けば、であるが。
「となると、一先ずはわたくしがお相手するしかなさそうねぇ」
そう言いながら、メルツェデスがクララの前へと進み出る。
確かに、今現在の問題点を考えるに、この中で一番背が高く、クララ以上のフィジカルと、幼い頃からの教育で培った優美さを併せ持つメルツェデス以上のパートナーはいないだろう。
「まってメル、あなた男性パート踊れるの?」
「ええ、数年前から時々、相手の居ないご令嬢の相手を頼まれることがあって、それでね」
「……なんですって?」
フランツィスカが問えば、思わぬ返答に彼女とエレーナの顔色が変わる。
数年来親しく付き合っている彼女達だが、流石に四六時中一緒にいるわけでもない。
ましてメルツェデスは『退屈凌ぎ』であちこちを出歩くのだ、知らないことの一つや二つあってもおかしくはない。
だがしかし、このことを知らなかったというのは、彼女達にとっては由々しき事態と言えよう。
「まだ婚約者が決まっていない方だと、男性と接触するのに慣れてない方もいるみたいでね。そういう方の練習相手を一度引き受けたら、それを聞いた他の方も、という感じで」
「それって……いえ、メルが何も気付いていないならまだいいわ……」
おおよその話を聞いたフランツィスカは、眉間に皺を寄せながら首を横に振った。
最初こそ本当に困っての可能性はあるが、その後はどう考えてもメルツェデス目当てにしか思えない。
だが、それをわざわざ指摘して変に意識させるのも面白くない。
ちらりと視線を横に流せば、同じような結論に至ったらしいエレーナと目配せをして、互いに小さく頷き合う。
どうやら、ここは変に刺激すまい、という結論が二人の間で出されたようだ。
「メルが男性パートが出来ることは理解したわ。でも、ここは私に任せてもらえないかしら」
「フラン? 任せるって、フランがクララさんの練習相手を?」
「ええ、こんなこともあろうかと、私も男性パートは練習しているもの」
「いや、それはおかしい」
きょとんと首を傾げるメルツェデスへと、フランツィスカは胸を張って見せる。
が、そこにヘルミーナからのツッコミが入った。
そう、あのヘルミーナが思わず突っ込んでしまう程におかしなことを、フランツィスカは口走ったのだ。
「おかしくはないわよ、何しろ似たような経緯で派閥の子達に教えることがあるのだもの。むしろメルより私の方が多くてもおかしくないくらいよ?」
「……なるほど? ……ということは、エレンも?」
「まあ、私も同じような立場だもの、一通りはね」
フランツィスカの言葉に若干まだ腑に落ちていないようなヘルミーナが話を振れば、エレーナもまたこくりと頷いて見せる。
だが、この話には嘘がある。
確かにフランツィスカもエレーナも男性パートを踊ることは出来るのだが、元々は派閥の子達に教えるためではなく、いつの日かメルツェデスと踊るためだったのだから。
もっとも、二人とも全くそんなことはおくびにも出さないのだが。
「というわけで、私も男性パートは踊れるし、何よりメルに比べてフィジカルは弱いわ」
「うん? 弱いから? ……ああ、メル相手に踊れるようになったとして、メルしか相手出来なくなったらそれはそれで別の問題が発生する、と」
「そういうこと。だから多少はましな私が相手した方がいいと思ったのよ」
「……どの道、フランが基準でも、比肩できるのは殿下かギュンターくらいでは」
「それでも多少はましでしょ」
若干ジト目になっているヘルミーナに、しかしフランツィスカはひるまない。
この程度でひるむような肝では、彼女達と親友づきあいなど出来はしないのだ。
「さあ、そういうわけで……私がお相手するわ、クララさん」
そう言いながらフランツィスカは、メルツェデスを押しのけるかのようにしながらクララの前に立ち、そっと手を差し伸べる。
そのたたずまい、差し伸べる仕草、いずれをとっても優美なもの。
なるほど、これならば今自分に不足しているものを補えるだろう、とクララも納得する。
「は、はい、それでは申し訳ないですが、よろしくお願いいたします」
恐縮しながらクララは差し伸べられた手を取り、そっと身体を寄せてフランツィスカと規定の型を組んだ。
途端。
ゾクリ、と背筋が震えた。
こうして手を取られ、身体を預ければわかる。わかってしまう。
あれだけ鍛えられたクララの、更に上を行くフランツィスカのフィジカルに。
優美に構えていながらその軸は鉄柱のように揺るがず、ほっそりと見える腕には、束ねた針金のように鍛えられた筋肉が密集している。
なるほど、流石精強なプレヴァルゴ騎士と斬り結べただけのことはある、と思わず感心などしてしまったクララ。
そして、これならば、と安堵にも似た気持ちすら生じてしまう。
「ありがとうございます、フランツィスカ様。……不肖このクララ、胸をお借りいたします!」
「ええ、よくってよ。存分にかかっていらっしゃい!」
「まって二人とも、それはダンスの始まりに交わす言葉じゃないわ!?」
何やら別方向に燃え上がったクララとフランツィスカへと、エレーナが必死のツッコミを入れるが……残念ながら、二人には全く届いていない。
「なるほど、これも一種の共鳴現象。いや、よくわからないけれど」
「ミーナも、それっぽいけど無責任な解説入れるのやめてくれる!?」
「やっぱり、そうだわ……クララさんには、彼女を受け止められるパートナーが必要だったのよ」
「お願いメル、もっともらしい顔でもっともらしいこと言うのやめて……多分その通りなのだけど、これはきっと違うわ……私の喉にだって限界はあるのよ……」
ヘルミーナとメルツェデスへ、それぞれにツッコミを入れていくエレーナ。
普段であればまだクララが恐る恐るながらサポートもしてくれる。
状況によっては、フランツィスカも常識的な意見をくれる。
だがその二人は、今まさに、何か間違った勢いで、エレーナがツッコミを入れなければいけない勢いでダンスレッスンへと突入していくところだった。
孤軍奮闘、四面楚歌。いや、この世界の歴史に楚の国はないが。
何なら、今まさに踊りを始めようとしている二人にこそツッコミを入れなければならない予感がひしひしとする。
「お願い、お願いだからちゃんと普通に踊って!」
この自主練を始めるに当たって願っていたことを、予想だにしない形で願うエレーナ。
だが、その願いは……虚しく打ち砕かれる定めにあった。




