理解可能で解決不能。
「う、うう……どうして、どうして……」
それから数日後、学園内にあるダンスルームにて、がっくりと両手をついてクララがうなだれていた。
頬を伝う汗、額に張り付く髪の一筋二筋を見るに、先程までダンスの練習をしていたのだろう。
あのキャンプで鍛えられたクララが汗をこれだけかく程に練習して、うなだれている。
この光景は、一種異様と言っても良い。
そして、一部始終を見ていたエレーナが、はふ、と大きな溜息を吐いた。
「正直、原因は明確なのだけれど……どうしたらいいのかが、わからないわね……」
負けず嫌いな彼女にしては珍しい、敗北宣言。
それくらい、今のクララの状況は対処が難しいものがあった。
「見ててどう思う? メル、フラン、ミーナ」
だから彼女は親友達を頼ったのだが。
その親友達もまた、思案顔だった。
「何と言うか……動きに切れはあるのよ。むしろキレッキレと言って良いレベルで。
だけどダンスとしてどうかと言われたら、これはダメよね、っていう……」
問われて、最初に口を開いたのはフランツィスカだった。
公爵令嬢としてこれ以上無いほどの教育を受けてきた彼女は、当然ダンスについても造詣が深い。
そのためエレーナとしても一番期待していただけに、思わずがくりと肩を落としてしまう。
「私はダンスとかよくわからないし。でもまあ、動きが良いのはわかった」
「ごめんなさいねミーナ、あなたがダンスとか得意じゃないのはわかってたのだけど、こう、知らないからこその意見がないかなとか一縷の望みを託して来てもらったものだから……」
いつものようにスッパリと言い切るヘルミーナへと、しかしエレーナはツッコミは入れずに、むしろ申し訳なさそうなくらい。
予想外の反応に思わず目を見開いたヘルミーナは、知らず、わたわたとした様子になってしまって。
「いやその、謝られる必要はないし頼られたのは嬉しいし、別にこれくらいは、なのだけど……ええと、ごめん……?」
などと返すあたり、ヘルミーナもある程度は混乱してしまっているらしい。
果たしてそれが、エレーナの普段にない態度から故か、それともクララのダンスを見た故かはわからないが。
二人から有益なアドバイスが得られなかったクララとエレーナの視線は、当然残る一人、メルツェデスへと向かう。
かなり必死な二人の視線に、しかしたじろいだ様子を見せないメルツェデス。
……内心では動揺していないわけでもなかったりしつつ。
「そうねぇ……フランの言う通り、動き自体は切れもあるし正確よ。
ただ、むしろ……切れがありすぎて正確なだけ、というか。
ダンスとしての優雅さよりも……こう、演武的な鋭さの方が遙かに出てしまっているという感じなのよね」
メルツェデスの説明に、フランツィスカはなるほど、とポンと手を打ち。
衝撃的だったのか、クララとエレーナは、そろって小さく口を開けて固まってしまった。
言われて見れば、確かにクララの動きはある意味硬かった。
ガチガチなのではなく、動きが硬質、ソリッドというか、鋭さしかない、というか。
そんな動きでは、正確にステップを踏むことはできれども、ダンスとしての優美さは生まれるわけがない。
「……ねえ、メル。もしかして、クララの動きがこうなってしまった原因って……」
「ええ……確か夏期休暇に始まる前のダンスレッスンでは、初心者ながらもある程度の優美さで踊れていたのだし……となると、夏にあったことが原因、と考えるのが自然でしょうね」
「で、夏にあった、クララの動きに鋭さが増した原因、むしろマシマシになった原因って」
「……どう考えても、うちのキャンプよね……」
エレーナから胡乱げな目を向けられて、しかし言い訳をすることも出来ず、メルツェデスはこっくりと頷いた。
「い、言われて見れば、確かにあのキャンプを越えてから、動きの切れが増しました!」
「まってクララ、喜ぶところじゃないのよ、そこは。多分。メルでも無い限り」
「そういえば私もあの夏を越えてから……」
「訂正、フランも加えておくわ……」
思わず声を上げてしまうクララを窘めるエレーナだったが、手応えを感じているようなフランツィスカの呟きを聞きつけて訂正を入れる。
そう、普通の貴族令嬢であれば、身体が鍛えられて動きが鋭くなったことなど喜ばない。
しかし、ここにはそれを喜ぶ令嬢が二人もいるのだ。おまけに一人はともかく、もう一人は公爵令嬢というのだから、頭が痛い。
「あら、でもエレンの動きだって良くなったわよ?」
「っ……べ、別にそんなこと言われたって、嬉しくないんだからねっ!?」
きょとんとした顔でメルツェデスが言えば、一瞬言葉に詰まり。
それを誤魔化すように、勢いよくエレーナは言い放つ。
自分はまだあちら側じゃない、むしろあちらにはいけないとクララに愚痴ったりしたではないか。
……そのことを思い出して、思わず頬を少しばかり染めたりしつつ。
「とにかく、このままじゃクララは、豊穣祭のダンスパーティに出られないわ! それを何とかしたいのよ!」
色々と振り切るようにエレーナが言えば、メルツェデス達は一瞬驚いたような顔をして。
それから、うんうんと頷いた。
「なるほど、それは……まあ、うん、出るだけなら出られるとは思うのだけど……」
「あまり、体裁が良くないわよねぇ」
精霊達に収穫の感謝を捧げる豊穣祭のダンスパーティにおいて、成人を迎えた貴族の者が出ないということはあり得ない、と言って良い。
それは言わば国民を代表する立場である貴族の責務の一つであり、怠れば現実的な影響もある責任重大な勤めでもある。
実際、一度この豊穣祭を疎かにして、翌年に不作を通り越して凶作となった年があったりするのだから。
だから、この日の為に体調を整え万全の体制で豊穣祭に臨むのが貴族として果たすべき役割ですらあった。
そして、そんな舞台に、男爵家の養子となった聖女候補であるクララが出ない、わけにはいかない。
そんなことをすれば聖女の資質を大いに疑われることになるのだから。
しかし、そこでお粗末なダンスを披露してしまえば、精霊への敬意が足りない、などの誹謗中傷を招くことにもなりかねない。
ましてそれが。
「このままだと、人も殺せるダンスだとか、パートナー殺しだとかの異名がつきそうだし」
この場に居合わせた誰しもが思い、しかし口にしなかったことを口にするのがヘルミーナという人間である。
自分でも薄々わかっていたことを突きつけられ、クララはがっくりと肩を落とし床を見つめる。
「うう、こんな、こんなダメダメな私は……」
「まってクララ、なんだかあなたからこの床をぶち抜いて穴を掘り出しそうな気配がするわ、それはやめて、お願い」
ブツブツと呟くクララからまずいものを感じたのか、エレーナが制止する。
流石にダンスホールのような動きの多い部屋の、頑丈に作られている床を抜くことなど出来ないだろうが……恐らく、出来ないだろうが……エレーナの親友に一人、出来そうな心当たりはあるが……今のクララであればまだ、出来ないはず。
いずれ出来そうな予感を押し込めながら、エレーナはそっとクララの肩を抱く。
「ダメダメなんてことはないわ、あなたの動き自体はフランもメルも認めるものなんだから」
「エ、エレーナ様……」
慰められて、クララはぽっと頬を染め、キラキラと目を輝かせる。
効果は覿面、抜群だ。
そんなことを思いながらも、メルツェデスは小さく息を吐き出す。
「後は、その動きをどうやって柔らかくするか、よね」
「むしろある種の完成を見ているから質が悪い」
「だめよミーナ、時に真実は人を傷つけるわ……」
メルツェデスが言えば、言わなくて良いことをヘルミーナが言い、フランツィスカが窘める。
息の合った三人の掛け合いは、それだけにダメージが大きく。
「や、やっぱり、こんなダメダメな私はぁぁぁぁ!!」
「だから、落ち着きなさいって、クララ!!」
また冷静さを失おうとしたクララを、がっちりとエレーナが羽交い締めして、何とか止めるのだった。




