親父達の栄誉と娘達の夏。
誰も予想しなかった……いや、一部の人間を除いて誰も予想しなかったジタサリャス男爵の奮闘に、会場は大いに盛り上がった。
その熱気を受けて、大会の終わりに勝者を祝した国王クラレンスも思うところがあったのだろう。
「ジタサリャス男爵の健闘を称え、準優勝の賞金に加え、敢闘賞として金一封を与える!」
高らかに宣言すれば、また大きな歓声が上がった。
ガイウスという高い壁には阻まれたが、それでも、今日一際鮮烈な輝きを放ったのは、間違いなくジタサリャス男爵だったのだから。
「やれやれ、なんだかすっかり主役を奪われた気分だなぁ」
「こういった形で与えられた主役の座は、何とも座り心地が悪いのですが」
ガイウスがぼやけば、同じく微妙な顔でジタサリャス男爵が応じる。
もしこれが、ガイウスを打ち倒してのそれであれば、心から喜べたところだろう。
だが、あくまでも負けた後にもたらされた賞。
健闘したからこそ、何とも受け入れがたいものがある。
しかし、それでも。
「……まあ、もらっておけばいいんじゃないか? 奥方とクララ嬢にドレスを贈るには、充分だろう?」
「そこがまた、複雑でもあり……。しかし、今日の私にはそれだけの価値があったのだと、そう思うことにしましょう」
最終的に手にした賞金は、必要充分なもの。
これであれば、恥ずかしくないドレスを二人へと贈ることが出来る。
複雑な思いを飲み込んで、ジタサリャスはぐっと顔を上げた。
「来年こそは、雪辱させていただきます」
「望むところだ、と言いたいんだが、なぁ……来年、か。
来年は、あいつが来るからなぁ」
そう言いながらガイウスは、観客席へと視線を向ける。
その視線の先には、大事な大事な愛娘。
そして同時に、今最もその才能を認める、恐るべき剣士。
「なるほど、新人の部では圧巻だったそうですし、来年には決勝に上がってきてもおかしくない、と見ますか。
いや、確かプレヴァルゴ様も同様でございましたな」
「まあ、なぁ……親子だからってそこまで似なくても、とも思うし、それでこそ、とも思うし……複雑なものだ」
ガイウス自身が、成人したての新人戦を制した後、翌年成人の部で大暴れをした過去がある。
そして今では十数年の連覇記録を持っているのだから、その後をメルツェデスが追ってきても不思議ではない。
「まあそれでも、簡単には勝たせんがな。勿論卿も」
「それは残念、私のことなど意識の外に置いてくだされば、足下を掬うことも出来ましたものを」
軽く答えながら、ジタサリャス男爵自身、それはもう望むべくもないだろうとは思う。
今日この試合でもって、彼の存在はしっかりとガイウスの脳裏に刻まれた。
その手応えはあったし、それ自体は誇るべきでもある。ただ、優勝を狙う上では少々思わしくないだけで。
しかし、それでも。
今日こうして戦ったことは、胸を張っていいことなのだろう。
苦みは混ざっていれども、それでも誇らしげな顔を見せるジタサリャス男爵。
それを見て、観客席のクララは更に感涙、とばかりに泣き出し。
「ジタサリャス様、見立て以上の強敵ね……来年はどう対処したものか……」
「やっぱり、もう来年から成人の部に出るつもりなのね……」
ぶつぶつと一人対策を練るメルツェデスへと、フランツィスカは呆れたような声を掛ける。
今年はまだ未熟、ということで出場しなかったフランツィスカだが、来年は新人の部で出られるところまで、と考えていた。
この剣術大会、流石に成人2年目から成人の部は実力差がありすぎるだろう、と新人の部には2年の猶予期間がある。
まあ、ガイウスのような例外はいるし、間違いなくメルツェデスも例外なのだが。
そして総合的な能力で言えばフランツィスカも例外なのだが、魔術禁止のレギュレーションではやはりまだまだ充分な力は持っていない。
……単純な腕力はともかく。
であれば、彼女の隣に立つのは果たしていつになるのか。
頭が痛く、しかしそれでもフランツィスカは諦めるつもりはなかった。
「ちょっと二人とも、もしかしたら来年は、クララが台頭してくるかも知れないのよ?」
「ないですよ!? エレーナ様、何言ってるんですか!?」
突然割って入ったエレーナへと、推されたクララが悲鳴のような声をあげる。
ちなみに、エレーナはクララの隣に座っており、試合中は手を握られていた。
そして、クララを落ち着かせるためか、しっかりと握り返していたのだが……まあそれはそれとして。
「単純な身体能力だけなら、フランもクララさんも油断ならない相手ではあるのよねぇ。
ただ、技術的な部分が来年に間に合うかしら」
「そこは……何なら、二人で共闘する感じで間に合わせるわ!」
「間に合わせませんよ!? っていうか、私、出るとは一言も言ってませんからね!?」
いきなりフランツィスカに巻き込まれかけたクララが、必死に抵抗する。
そして助けを求めてエレーナへと縋るような目を向けるのだが……そのエレーナは、思案げな顔をしていた。
「確かに、うちの派閥としてはジタサリャス男爵だけでなくクララも活躍させるメリットは……」
「それならお義父様に更に強くなってもらうだけで良くないですか!?」
「ごめんクララ、申し訳ないけど、それだとガイウス様とメルの二人には対抗しきれないわ……」
先程までとは別の意味で涙目になっているクララへと、エレーナは沈鬱な表情で首を振った。
決勝戦こそ対抗馬としてジタサリャス男爵が輝いたが、それ以外の貴族派出場者は、皆一様にこれといった爪痕を残せなかった。
……まあ、国王派とて、ガイウスに大体薙ぎ倒されたのだから、大差はないが。
しかも、来年は更にメルツェデスがいる。
「ギュンターさんはまあ、中立ではあるけど……ジークフリート殿下の護衛騎士だから、国王派と見なされてもおかしくないし。
おまけに、再来年はクリストファーさんが出てくるでしょう?」
「あ、僕も姉さんと同じ路線だと思われてるんですね……まあ、そのつもりでしたけど」
いきなり話題に出され、クリストファーは苦笑しながらも肯定する。
父の、そして姉の勇姿を見せられて、自分は穏健な方向へ、などとはとても思えない。
やはり彼もまた、プレヴァルゴだった。
「ほら、やっぱり。そうなるともう、後はクララしか」
「そ、そんなぁ……」
『ならエレーナ様も』と言いかけて、クララはその言葉を飲み込む。
今現在でこそ、身体能力だけならフランツィスカについていけるエレーナだが、じわじわと、しかしはっきりと、その差はつき始めている。
それはあのキャンプの夜に告げられて、クララもまたわかっていた。
だから、エレーナを巻き込むことなど出来はしない。
であれば。
もう、選択肢は残っていなかった。
「で、出来る限り、出来る限りは頑張りますのでぇ……」
ぷるぷると震えながら涙目で言うクララは、なんとも健気で。
思わずエレーナは、抱きしめていた。
「クララ一人に押しつけて申し訳ないけど……私も出来る限りのサポートはするから、ね?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
突然の抱擁に動揺したクララは、慌てて返事をしようとするも、舌が回らない。
あわあわと、慌てふためきながら。
こんな役得があるならいいかも、などと悪い子なことを頭の片隅で考えたりしてしまっていた。
何のかんの、彼女もまた鍛えられ、たくましくなっているのかも知れない。
「むぅ、エレンばかりずるい」
「うひゃう!?」
エレーナの反対側からヘルミーナが抱きつけば、完全に予想外だったクララは妙な悲鳴を上げてしまう。
「……私達もいく?」
「流石に、人目のあるところでこれ以上は、ちょっとどうかしら」
指さすフランツィスカへと、メルツェデスは肩を竦めて返した。
ただでさえ人目を引くエレーナとクララに加えて、ヘルミーナまで。
外見、抱き合っているという光景、そして貴族派であるはずの二人に国王派であるはずのヘルミーナが抱きついているという状況。
色々な意味で注目を浴びているそこへと飛び込むのは、少々躊躇われたようだ。
悲鳴を上げたりしながら、それでもなんだかんだと楽しそうな三人。
改めて、本来ならばこうして触れあうことなど無いはずの三人が、いやメルツェデスとフランツィスカを入れて五人で盛夏祭を過ごしているのが奇跡的なものに思えてくる。
「……来年も、再来年も。こうして皆で楽しくやりたいわね」
『魔王崇拝者』達の動き、エドゥアルドの懸念を考えれば、ゲーム本編よりも魔王復活は早まる可能性がある。
もしかしたら、来年のこの時期にということも充分ありえる話だ。
そうなれば勿論、祭りや大会どころの話ではなくなってしまう。
そうはさせない。
決意を新たに、見上げた夏の空は、どこまでもどこまでも高く。
メルツェデスは、その青さを胸に刻んだ。




