親馬鹿達の決着。
「うぉぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げ、最小の動きで充分な威力が出せるようにと右肩に剣を担ぐようにして構えながら、ジタサリャス男爵は吶喊する。
尽きかけている体力、あわやというところまで崩された防御と考えれば、最後の望みは打ち合いでの一か八か、それしかない。
観客のほとんどが、そう考えていた。
そして、恐らくそれは届かないだろう、と。
「なんのぉ!」
その突撃に反応して、ガイウスが動いた。
何しろ体格こそ五分だが、手にする剣はガイウスの方が長い。
であれば、男爵の一撃が届く前に、カウンターが決まる。
これが凡百の剣士ならまだしも、ガイウスに限って外すことはありえない。
誰もがそう思った。
その『誰も』には、相手であるジタサリャス男爵も含まれた。
むしろ彼こそが、誰よりもわかっていた。むしろ、信じていた。
完璧なタイミングで、これ以上ないカウンターを入れてくる、と。
『ここ、だっ!』
だから。
ここで来る、と読んでいたタイミングで、ギリギリまで待ち。
ガイウスの動きの起こりが感じ取れた瞬間に、右へと半歩。
身の毛もよだつような轟音が、彼の顔の前を通り過ぎていく。
そして、さらにもう一歩、いや、半歩だけ前へ。
これで、カウンターへの更なるカウンターが成立する。
はずだった。
最低限かつ最速の動きで、ガイウスの首を捉えたはずの一撃。
それが、目の前に立ちはだかる鉄塊に遮られた。
『なん、だと……』
振り抜かれたはずのガイウスの剣が、いつの間にか担ぐような形で、彼の左肩に戻っていたのだ。
そもそも、プレヴァルゴ流剣術の『荒波』は、戦場における攻めの型。
二の太刀要らずの一撃を、連続で繰り出す技。
すなわち、一人屠ってはまた次の敵へと向かう技。
であれば当然、一撃を放つだけでなく、即座に刃を戻すところまでが一動作である。
そこは、ジタサリャス男爵もわかっていたし、それも計算に入れて、届くと踏んで勝負に出たのだ。
だが、今繰り出されたのは、振り抜く一撃ではなく、男爵の喉元までしか振らぬ一撃。
そもそも、プレヴァルゴの者であれば、ましてガイウスであれば、それだけで充分なのだ。
それだけで、鉄の兜すら割る致命の一撃になるのだ。
だというのに、ガイウスは振り抜く一撃を今まで見せていた。
『まさか……ここまでの連撃が、全て、このための囮だった、と……?』
正確に言えば、ほとんどの相手をその大振りであっても充分に倒せるだけの鋭さがあった。
だが、それで倒せぬ相手であれば、それらの連撃は目くらましとなる。
相手を倒すためだけに特化した、最速の一撃を放つための。
つまりは、相手の反撃を誘っての、受けからの返し技。
この一撃に全てを賭けていたジタサリャス男爵は、最早それに対応する余力は、残っていなかった。
ゴゥン、と重々しく響く金属音。
受け止めたジタサリャス男爵の刃を、ガイウスはそのまま撃ち落とした。
それでも何とか衝撃を逃がそうと男爵は足掻くが、堪えきれず。
ついにその手は、柄を手放した。
ガラン、ガラン、とどこか寂しさを感じさせる音を立て、男爵の剣が試合場の床へと転がり。
その首元へと、ガイウスの刃が当てられる。
「……勝負あり、だな」
告げるガイウスの口調が乱れ、呼吸が落ち着いていないことは、ある種の救いだろうか。
負けはした。
だが、この王国最強の剣士相手に、楽に勝たせはしなかった。
それは誇らしくもあり、しかしやはり悔しくもあり。
ジタサリャス男爵は、思わず空を見上げて、その青さを目に刻み。
それから、ぎゅっと目を閉じて。
「はい。参り、ました……」
負けを、受け入れた。
「勝者、ガイウス・フォン・プレヴァルゴ様!!」
それを見た審判が決着を告げれば、静寂の落ちていた会場が、どっと湧き上がる。
男爵夫人とクララ、男爵の部下である衛兵達を除いて。
泣きそうな顔でこちらへと向けられる妻と娘の視線を感じて、男爵は大きく息を吐き出す。
届かなかった。至らなかった。
それでも、爪痕は残せた。
己の中の感情を整理しきれない男爵へと、地に落ちた剣を拾ったガイウスが、その柄を差し出す。
「すまん、正直卿を見くびっていた。まさか奥の手を出す羽目になるとは、な」
「ああ、なるほど。あれは奥の手、それも人を相手にする時の、ですか」
例えば、いかにガイウスと言えども、あの程度の振りではサイクロプスなどは倒せないだろう。
……いや、やりかねない気もするが、一応、できないはず、だ。
だが同時に、そんなことをせずとも、彼ならばその苛烈な一撃で斬り倒すことは充分可能である。
あれは、高い技量と大型の魔物に比べれば脆い身体を持つ相手にしか通用しない技。
そして、この大会において、それだけの技量を持つ相手は、ジタサリャス男爵以外にはいなかった。
栄誉と言えば、栄誉なのだろう。
どうにも苦い思いが拭えない栄誉ではあるが。
「その奥の手を見抜けず、術中に嵌まった私は、まだまだ、なのでしょうね」
「そこはな、悪いが俺とて簡単には譲れんところだから、な」
悔恨を滲ませる男爵へと返すガイウスの言葉は、悪びれもしないが、軽くもないもの。
軍部の最高責任者であり、最強の戦士でもある王国の守護者。
その自負が、語る言葉の端々に滲んでいる。
であれば、己に足りなかったものは。
「……勝てはしませんでしたが、参加して良かった、と心から思います。
私は、まだまだです。そして、まだまだと言えるだけの伸び代がきっとある、と思えました」
「やれやれ、恐ろしいことだ。来年の卿は更に手強くなっているのだろうな、きっと」
敗者と勝者は互いを見合い。それぞれの感情を滲んだ笑みを見せて。
どちらかともなく右手を差し出し、それを強く、がっちりと握り合った。
それを見た観衆は、その清々しい光景に更なる歓声を上げる。
「隊長~~~!!! 最高にかっこよかったっすよ~~~~~!!!」
意気消沈していた衛兵達も、その光景を見て立ち直ったか、大きな声でジタサリャス男爵を称えた。
まあ、泣き笑いの顔になっているのは、仕方のないところだろう。
そんな部下達を見て、男爵は苦笑して。
それから、ゆっくりと視線を動かしていく。
程なく、その目が夫人とクララを捉えた。
二人ともボロボロと涙を流しているが、さてそれはどんな意味だろう。
失望のそれではないことだけはわかるのだが。
気がつけば、小さく手を振っていた。
そんな自分が少しばかりおかしく、少しばかり、楽しい。
隣に立つガイウスもまた観客席へと目を向ければ、さも当然と言わんばかりのメルツェデスに、少しだけ心配をしていたらしいクリストファー。
二人揃って満足げに拍手をしているのだから、父親の面目は保てたのだろう。
だからガイウスは、小さく手を突き上げて見せる。
その、娘と息子に向けたささやかな勝利宣言に。
そうとは知らずに観衆は反応し、更なる歓声が上がったのだった。




