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親馬鹿どもの意地。

「ぬぅん!」


 重たい声と共に、同じく、いやそれ以上に重く、そのくせ目で追えぬ程に速い斬撃がジタサリャス男爵を襲う。

 それに反応して左足を半歩ほど横へと踏み出して身体の芯をずらし、掲げた剣でその一撃を受け流せば耳朶を襲う強烈な金属音。

 まるでノコギリで鉄板を切り裂くような音を立てながら逸らされた刀身が、しかし腹の高さほどのところでピタリと止まった。

 反撃は間に合わない、と悟った男爵が切っ先を下げてガイウスの刃と己の身体の間に刀身を挟めば、途端に凄まじい衝撃が刀身を、身体を襲い、それに逆らうことなく横へと飛んで大きく間合いを取る。


 今の刹那、受け流された刀身を途中で止めたガイウスは、刃を返しながら左足を一歩前へ。

 剣を振るのではなく、それごと体当たりをするかのように踏みだし、刀身をぶつけてきたのだ。

 重心移動と身体の捻りで生じた衝撃は、並みの人間ならば受け止めきれずに吹き飛ばされるほどのもの、だったのだが……。


「堪えきれぬと見て、自ら飛ぶか。流石だな、ジタサリャス卿」

「いやいや、たったあれだけの動きでこの威力。プレヴァルゴ様こそ、流石です」


 答えながら、ジタサリャス男爵は即座に構え直し……大きく後ろに飛ぶ。

 その鼻先をガイウスの振るった刃が通り過ぎたと、思ったか思う前にか、身体が勝手に動き横へと今度は小さく。

 体を開きながらのサイドステップ、その直ぐ傍を岩すら貫かんばかりの突きが通り過ぎて。

 それを打ち払わんと男爵が横薙ぎに剣を払えば、翻ったガイウスの刃と男爵の刃が噛み合い、拮抗する。


『足腰や体幹を然程使えなくても、翻す腕の捻りだけで、これかっ』


 内心で歯噛みしながら、力押しでは負けると見てジタサリャス男爵は刃を引き、また少し距離を取る。

 もちろん彼とて充分な体勢で刃を振れたわけではないが、それでも突きを放った直後のガイウスよりは随分ましだった。

 だというのに、それでようやく互角の威力。

 黒獅子と呼ばれる彼の剣勢、それを生み出すその技量の底知れ無さに背筋が寒くなる。

 だが、同時に。


『それでも、負けられんっ!』


 沸き起こってくるものを冷静に飼い慣らしながらも、力に変えて。

 遙かに格上であるガイウスの攻撃を、凌いでいく。


 普段ならば受けてしまう一撃を受け流し、受け流すであろう一撃を回避して。

 押し込められないように、防御一辺倒にならないようにと、より難しい防御手段を選択して耐え忍ぶ。

 その戦いぶりに場内は徐々にどよめきが生まれ、ガイウスとて舌を巻く。


『驚いた、俺がここまで受け切られるとは。それも、反撃を窺いながら……いや、だからか」


 少しでも甘い攻撃を繰り出せば、その途端に喉元を食い破られかねないという予感。

 守勢に回っているが、ジタサリャス男爵からは常に何かを狙っている気配が漂っている。

 だからこそガイウスは丁寧に、かつ、苛烈な攻撃を仕掛けていく。


 攻撃は最大の防御、一撃で倒せば攻撃を食らうことはない。

 また、攻め立てて相手に反撃の暇を与えなければ、やはり攻撃を食らうことはない。

 そうやって戦場を生き抜いてきたガイウスは、一見攻撃一辺倒に見えるが、その実食らわないということ、即ち防御の意識も強く持っていた。

 もっとも彼の場合、大体一撃二撃で終わるので、攻め倒して終わりに見えてしまうのだが。

 

 そして、今この会場にいる観客達も、やはりガイウスは攻撃一辺倒に見えている。


 例外は、ほんの数人ほど。


「恐ろしいわね、こうして見ると。荒々しいようでいて、どう止めてどう繋げるかまで、計算し付くしているような……もしかして、男爵様がどう動くかまで見越して……?」

「よくわかるわね、フラン。だからジタサリャス様は反撃できないでいるの」


 見抜いたフランツィスカに、メルツェデスは素直に賞賛の声を送る。

 フランツィスカとてこの夏のキャンプや普段の訓練で、すっかり目が鍛えられたようだ。

 その成長ぶりを見て嬉しそうにメルツェデスが頷いたのもほんの一瞬で、すぐに真剣な顔に戻る。


「ただ、お父様が追い詰めようとしても、ギリギリのところでジタサリャス様も抜け出している。

 綱渡りのような防御を繰り返しているのに、あれだけ集中が持つのは素晴らしいことだわ」

「そ、そうなんですか? 私には、……お、お義父様が何とか耐えているだけにしか……」


 メルツェデスの解説を聞いたクララが思わず聞き返し。

 それから、試合会場を見て『凄いことをしてるんだ……』と、小さく小さく呟く。

 隣で座る男爵夫人も、必死な形相は試合前と変わらないが、少しばかり目元が赤くなっている。


 本来、格上相手には乱打戦に持ち込んで偶発的な一撃で勝ちを拾うのがセオリー。

 しかしジタサリャス男爵は、敢えて自身の防御的なスタイルを貫いている。貫けている。

 意地を通して潔く散る、のではなく、それをかなぐり捨てて勝ちを拾おうとするのでもなく。

 自身に出来ることを最大限にやりきり、何とか勝利の目を掴もうとしているのだ。


 ただそれは、彼だけではない。


「逆に父さんも、あれだけ避けられたり受け流されたりしてるのに、攻め手が緩まないよね。

 普通はもっと雑になったり、息切れしたりするものだけど」

「ええ、受けられた時よりも空振りの時の方が体力の消耗は激しいものだけど……これだけ攻めていて、全くそれを感じさせないわね。

 特にお父様の剣は重いから、消耗も更に酷いはずなのに……あれだけの力と集中力、どこから出てくるのかしら」


 ガイウスの力量をよく知る息子と娘。その二人でも不思議に思うほどに、今日のガイウスは底知れぬものを感じさせていた。


 メルツェデスもクリストファーも、そしてクララも知らない。

 この二人の剣士はただの親馬鹿で、それゆえにこれだけの力を発揮しているのだと。


 知っているのはただ二人だけ。

 その二人の意地を載せた刃が、試合場の中央付近でぶつかり合い。


「ぬうっ!」


 ジタサリャス男爵の刃が打ち負け、思わずうなり声を上げる。

 そんな隙を見逃すわけもなく畳みかけようとするガイウスの打ち下ろしを、何とか受け止める男爵。

 だが、その威力に足を踏ん張った瞬間、ガイウスの刃の重さが抜けて。

 考える前に剣を左側面に沿わせれば、強烈な横薙ぎの一撃。

 僅かばかりは飛んで勢いを殺せたものの、今度こそ吹き飛ばされ、地面を転がる。


 慌てて身体を起こしたところでガイウスが迫り、その一撃を膝立ちの姿勢で何とか受けた。

 受け止めこそすれど不十分な体勢、ぎり、と刃が軋み押し切られそうになったその瞬間。


「負けないで、お義父様~!!!!」


 クララの必死の声が、響く。

 途端、かっと目を見開いた男爵は全身のバネを使って勢いよくガイウスの剣を撥ね除け、立ち上がった。

 それどころか、反撃とばかりに剣を振るい、ガイウスを大きく飛び退かせることに成功する。

 これを受けて会場は、どっと大きな歓声に包まれた。


 その歓声の中、試合会場の中央付近で大きく息を荒げるジタサリャス男爵と、肩で息をしているガイウスが距離を置いたまま対峙する。


「……驚きました、娘の声を聞いただけで、身体の底から、力が湧き上がってくる心地が、いたします」

「ふ、まだまだだな、俺くらいになれば、子供達の視線だけで百人力だ」


 まだ言葉が切れがちになる男爵と、もう呼吸が落ち着きそうになっているガイウス。

 差は歴然、しかしまだ彼は、立って居る。ならば、もう少しだけ時間を。


「強すぎるのも、考え物、ですな……声援を送る暇もなく、必要性も感じられないほど、となりますと」

「いや、そんなことはない。あいつらは慎み深いだけ、だ」

「……クリストファー殿はともかく、メルツェデス嬢は……いや、ご父君の前で言うことでは、ありませんでしたな」

「言ってくれるじゃないか、ジタサリャス卿。まあいい、それでもあいつらが俺を応援してくれていることに変わりはないからな」


 煽ってみるが、残念ながら釣られてはくれないようだ。

 まあ、それはそれ。呼吸は幾分落ち着いた。

 これならば。


「それならば、クララが応援してくれていることも先程明確にわかりましたからな。

 後はどちらがより親馬鹿か、ということでしょう」

「ああ、そろそろ決着をつけようじゃないか」


 ジタサリャス男爵の呼吸が整う。

 ただ、呼吸が整っただけで、体力はもうあまり長くはもたないだろう。

 それでも、彼はまだ、立って居る。


「では、参ります!」


 最後の体力を振り絞って、ジタサリャス男爵は間合いを詰めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんというか、こういう作品のお父さんたちってどうしてこんなに格好いいんですかね…ヒロインたちの親という時点で「こんなに立派に育てた人たち」ということもあって好感度高いのに、まだまだ若年に負…
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