祭りもたけなわ。
そして、祭りもたけなわ、最も盛り上がる三日目を迎え。
剣術大会新人の部では、やはりというか何と言うか、特に波乱もなくメルツェデスとギュンターが決勝の舞台に上がった。
「お手柔らかに、とは申しません。どうぞ全力でお願いいたします!」
爽やかな笑顔で白い歯を輝かせるギュンターが手にするのは、大ぶりの両手剣。
それをメルツェデスは少しばかり目を細め、小さな笑みを見せる。
「もちろん、言われるまでもなく。今日のギュンターさん相手に手を抜くなど、恐ろしくてとても出来ませんわ」
そう言いながらメルツェデスが手にするのは愛用のそれによく似た、片刃の両手剣。
ギュンターとメルツェデスがそれぞれ手にしている剣は、斬れないよう刃が潰されたもの。
まあ、この二人が振るえば、大体の人間にとって致命的な一撃を繰り出すことにはなるのだが。
そんな物騒な代物を、最近使うようになった片手剣と盾の組み合わせでなく、以前から使っていた両手剣手にメルツェデスの前に立っている。それが意味するところは。
「今日は殿下の護衛ではなく、一人の剣士として立っている。そういうことですわよね?
であれば……身を捨てて相打ちも辞さない一撃もあり得る。手を抜いては、わたくしの方が喉をカッ食らわれることでしょう」
「はっはっは、流石プレヴァルゴ様、お見通しですな!
ええ、おっしゃる通り、このギュンター・カプリコア、一人の剣士として全力で挑みたく思っております!
何しろ、大体の怪我はジタサリャス嬢やピスケシオス様が何とかしてくださいそうですしな!」
「あらあらまあまあ、最初から捨て身の宣言とは……そういうの、嫌いではございませんよ」
和やかに笑って見せながら、メルツェデスは内心で警戒を強めた。
そして、それを観客席から見ていたフランツィスカも。
「なるほど……これは本気で覚悟を決めてきたわね、ギュンターさん……」
「え、どういうこと? 盾で守ってた方がやりにくくない?」
「普通の人相手なら、ね。メルほどの馬鹿げた攻撃力の持ち主相手には、魔術や魔力が使えればともかく、使えないのならギュンターさんといえど普通の盾でどうにかできるものではないわ。
ただそれでも、ある程度粘って善戦はできるでしょうね。でも、彼はそれを選択しなかった」
零した呟きへと差し挟まれたエレーナの疑問に、フランツィスカは真剣な面持ちで試合会場へ視線を向けたまま答える。
この辺りの空気は、護身術として杖術を学んでいるエレーナと剣の道に片足を突っ込んだフランツィスカの違いではあるのだろう。
「元来、剣の腕で劣る者がそれでも勝とうと思えば、遮二無二攻めて乱戦に持ち込み、万に一つを拾うのがセオリー。
特にメルみたいな圧倒的攻撃力を持つタイプ相手にであれば、受けに回るのは愚の骨頂。
だからギュンターさんは、一か八かの打ち合いを選択したのよ」
「なるほど……そう言われてみれば、何て言うか、肉を切らせて骨を断とうとするような気迫を感じるわね……」
フランツィスカの説明に、ごくりとエレーナは喉を鳴らして唾を飲み下す。
そしてその隣で、クララが悲鳴のような声を上げた。
「え、ちょっ、ちょっと待ってください、ということは、さっきギュンターさんが私に『よろしくお願いします』って言いに来たのは……」
「まあ、『死にそうな怪我をするかも知れないけど何とか治してくれ』ってことよねぇ、多分」
「ひぃぃぃ!?」
はぁ、と溜息を零しながらエレーナが言えば、違って欲しかったクララは更なる悲鳴を上げる。
それを聞いていたヘルミーナは、若干不満そうに眉を寄せた。
「だから私にお菓子を持って挨拶に来たのか……受け取らなきゃよかった」
「既に食べ終わった奴が何言ってんだ。美味い美味いとか言いながら貪ってたくせに」
「美味いのは美味いんだから仕方ない。まあそれに、治すとは言ってないし」
「お前なぁ……」
拗ねたように言うヘルミーナへと苦言を呈し、予想通り撥ね除けられたリヒターもまたため息を吐く。
とはいえ、本気で呆れているわけではなかったりする。
本当に治す気がなければ、そもそも話題に乗ることもなくスルーしていたはず。
ヘルミーナが、もう以前の極端に自己中心的な人間ではないことを、リヒターもよくわかっていた。
だから、呆れるだけでそれ以上は言わない。
そもそも。
怪我をさせるまでもなくメルツェデスが捌ききる可能性だって十二分にある。むしろその方が高い。
二人の佇まいを見ているリヒターは、そんなことを脳裏で描いていた。
そして。
いよいよ試合が始まれば、二人は揃ってその剣を両手で持ち、腰だめに構える。
「始め!」
開始の合図とともに、二人同時に前へと踏み出して。
互いに横薙ぎの一撃を放った。
以前、入学直後にやった時にはギュンターが耐えきれずに剣を取り落とした『剣合わせ』。
だが今は、打ち負けこそしたものの、取り落とさずに構え直すことができた。
あまつさえ、痺れが来ているはずなのにそれを感じていないかのように剣の柄を握り直し。
前へ、出た。
「流石、以前とは一味違いますわね!」
「お陰様で、鍛えられておりますから!」
ギュンターが間合いに入る直前に交わした言葉。
そして、ここから先に交えるのは刃。
下から上へとすくい上げるような一撃は、見切ったメルツェデスが退いて交わされる。
だがそれはもちろん織り込み済み、そのまま逆袈裟に斬り下ろし、それも避けられれば途中で止めて突きに変化。
それをサイドステップでかわされれば強引に横へと凪いで。
己の持つ膂力を最大限に振り絞りながら、強引にも思える連続攻撃を繋げていく。
恐るべきはその持久力か。
全力での攻撃を、怒濤の勢いで、息を切らせながらも、普通の人間ならばとっくに息切れしてしまう時間を越えてなお繰り出していく。
確かにギュンターもまた、この夏で成長していた。
己の自己回復力と持久力を高め、疲労し時に筋繊維が断裂していく先から回復して強引に攻撃を繋げていくその様は、さながらバーサーカーのよう。
それでいて彼は冷静さを失わず、的確に一撃一撃を重ねていく。
「す、凄い……一学期のギュンターさんとはまるで違う……」
呆然とクララが零す程に、その気迫は凄まじかった。
ただ。
「それでも、その上を行くのね、メルは……」
少しばかり苦みの滲む声で呟くのは、フランツィスカ。
メルツェデスの隣に立たんとする彼女の目に映る、その圧倒的な技量。
怒濤の勢いで繰り出されるギュンターの攻めを、全て見切り、紙一重で避けていた。
『水鏡の境地』を使っていないというのに、しかしその境地に至れたからだろうか、相手の間合いを完璧に読み切り、その勢いに飲まれずに避け続ける彼女には余裕と言うべき落ち着きがある。
つまりあのギュンターですら、メルツェデスを揺るがす領域にはまだまだたどり着けていないのだ。
「まだまだ、鍛えないといけない、わね……」
フランツィスカが無意識に唇を噛みしめたその瞬間。
ギュンターに、一瞬だけ攻め疲れが見えた。
それが見えたフランツィスカが『あ……』と呟く暇もない。
何しろ、メルツェデスにはその一瞬で充分だった。
ついに振るわれたのは、無造作にも見えた一撃。
だが、見る者が見ればわかる、ギュンターの緩んだ剣を迎撃する絶妙なタイミングの斬り上げ。
激しくも澄んだ金属音が響いたかと思えば、堪えきれずギュンターは剣を取り落としそうになり。
慌てて握り直した、その時間でメルツェデスには充分だった。
ひたり、とメルツェデスの持つ剣、その切っ先がギュンターの首筋に当てられて。
「……勝負あり、ですわね?」
静かに、メルツェデスが告げれば、ギュンターはぐっと口を引き結び。
それから、勢いよく顔を上げ、その目はメルツェデスの顔を通り過ぎて空を見つめること、一瞬。
「はい、参りました。お見事です、プレヴァルゴ様」
メルツェデスへと視線を戻したギュンターは、その目をしっかりと見据えながら、潔く負けを認めたのだった。




