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かすかに繋がる糸。

「いやほんと、俺等は言われた通りに巻き上げてただけでして」


 メルツェデスに凄まれ、頼みの『先生』も白旗を揚げたとなって、賭場の連中は大人しく膝を衝いた。

 命乞いのつもりか問われるまま素直にしゃべるが、その内容に意味はあまりない。


「この賭場に出資している子爵から言われて、地方貴族と学園の生徒に狙いを絞って巻き上げていた、と。

 もちろんその子爵の名前も教えてくれますよね?」

「へ、へえ、それはもちろん!」


 今すぐ首が胴と泣き別れるか、それとも後日その可能性が出てくるか、の二択であれば、話すしかあるまい。

 ブンブンと首を縦に振る男は、即座にその名前を話すが。


「……その名前、こちらの帳簿にありますわねぇ。主にその子爵に売り上げのかなりの部分を渡していた、と」

「その通りです、俺等は言われた通りに……いやまあ、それなりに分け前もいただいてましたけども……」


 じぃ、と見つめられて、もごもごと男は正直に言ってしまう。

 誤魔化そうと思えば誤魔化せなくもなかったのかも知れないが、こんな些細な……今となっては些細な悪事で詰められてしまうのは、胃と神経によろしくない。

 最早彼らは、己の身体と命のみを守るので精一杯だった。


「少し前までは、他にも渡す相手がいたみたいですわね。例えばこの、バーナス子爵とか」

「え、ええ、以前は……しかし、亡くなられましたし……って、あ、あれは」


 特に深く考えることもなく答えた男は、思わず口を押さえた。

 『奉仕者』装備にまつわるバーナス子爵が亡くなった事件の経緯は、それとなしに聞いている。

 そして、今この場に、その当事者が二人もいるのだ。


 バーナス子爵に囚われたスピフィール男爵と、逆に子爵を捕らえたメルツェデスと。ハンナも入れれば三人か。

 部外者である男ですら妙な因縁を感じてしまうのだから、男爵とメルツェデスは言うまでもない。


「まさか、こんなところまで彼が絡んでこようとは……いえ、直接的にではありませんが……」


 かつてその陰謀を暴いた相手が、死後もこうしてこんなところで。

 こんな縁は要らないのだが、と振り払うように小さく首を振る。


「この、送金先の指示は誰から?」

「先程の子爵様ですとか、バーナス様ですとかから、都度都度……大体は貴族様でやしたが、たまにでかい商会の人からも」

「子爵などの貴族を手先として顎で使う、か……やはり首領は、子爵など有象無象としか思ってないみたいだ」


 顎先に手を当てながら、エドゥアルドは考え込む。

 そんなことが出来そうな人間。伯爵位以上の面々の捜査は進んでいるのだが、中々尻尾が掴めない。

 であれば、全く別系統なのか。もっと他に、情報はないのか。

 改めてエドゥアルドは帳簿を見る。


「……送付先は、西側に領地を持つ貴族がほとんど、だね」

「ええ、バーナス子爵はもとより、他にも送金先としてあるのは西側の貴族。

 その見返りとして色々よろしくないものの提供を受けていたようですが……気になるのが、こちらです」


 そう言いながらメルツェデスが示したのは、帳簿に二回しか名前が出てきていない貴族。

 その名前を見て、エドゥアルドは一瞬眉を跳ね上げさせ、すぐに戻した。


「なるほど、彼であれば、子爵以下の貴族など有象無象と扱うかもね。実際に格下なのだし。

 ついでに言えば、経済力でも軍事力でも遙かに上、なわけだもんねぇ」

「ええ、西方国境を任されている、ジェミナス伯爵をであれば……」


 エドゥアルドに応じてその名前を出せば、メルツェデスは一瞬黙る。

 それから、ゆっくりと、それまで黙っていた剣士へと目を向けた。


「二つ、聞きたいのですが。先程のやり取りから、あなたは貴族社会についてもある程度知っているように見えます。もしかして、以前騎士爵だとか従騎士だとか、ある程度以上の地位で軍隊に属していませんでしたか?」

「……目端も利くって噂まで本当だったんだなぁ……。お察しの通り、戦時叙勲で取り立てられて騎士爵を賜ったこともありましたよ」


 しみじみと呟いたかと思えば、あっさりと剣士は白状する。

 最早抵抗は無駄、黙っていても益は無いしそんな義理もない。

 であればせめて自分の益になるように、と抵抗などまるでせずにしゃべっていく。


「ということは、今は騎士爵を剥奪され放り出された後、と。……その時に所属していたのは、ジェミナス伯爵の軍だったのでは?」

「……ご明察。ジェミナス伯爵軍に属していた時にいきなり資格剥奪、そのまま放流されたってくちでしてね」


 はぁ、と溜息が零れたのは、当時のことを思い出したからだろうか。

 それまでの戦功に対して、あの解雇の仕方は、あまりに酷かった。

 そしてそれは、彼だけではなかった。


「……その時、ジルベルト・スコピシオという騎士も同時期に資格を剥奪されませんでしたか?」

「なんだ、ジルベルトを知ってるのか? いや、知ってるんですか?

 確かにその通りですよ、同僚っていうには、あいつは飛び抜けて強かったが……ってか、なんであいつの資格が剥奪されたのかわかんねーってレベルで強かったんですがね?」


 当時の彼を思い出したのか、しみじみと懐かしむように言って。

 それから、急にそこに考えが至って、訝しげな顔になる。

 彼も充分にいい腕をしているのだが、その彼よりもジルベルトは更に強かった。

 その彼までもが、言いがかりに近い理由で解雇されたことに、今更ながら思い至ったのだから。


「何、メルツェデス嬢はそのジルベルトって男と知り合い?」


 事情を詳細には把握していないエドゥアルドが、何気なく尋ねる。

 そう、事情を知らなければ、そう問いかけるのは自然なことだろう。

 ただ、それに対してメルツェデスが返した表情には、若干の苦さが混じっていた。


「ええ、知り合い、と言えばそうなのでしょう。互いに名乗り、刃を交え、斬った相手なのですから」

「……は? あ、あいつを斬ったって!? ま、まじか……」


 刃向かわなくて良かった、と心の底から剣士は思う。

 それから、そのジルベルトがもういないのだと理解して、思わず中空を見つめ、しばし押し黙った。

 彼にとっては同僚でもあり、超えることの出来なかった壁でもあり。色々と複雑なものが胸中をよぎる。

 だが、全てはもうどうしようもないこと。解雇された後にそういう人生を送ったのは、半分は彼らの責任だ。


「とある事件で、敵対者として出会い、その時に少しばかり事情は聞きました。

 ……ノイエさん。ジェミナス伯爵は、わざとこういう状況を……有能な騎士や兵士が職にあぶれて王都に流れてくる状況を作っている可能性があります」

「……なるほどね、こういうところで雇って、自分達の計画に使うために、か……遠回りで効率が悪いやり方だけど、こんな偶然でもなければ足はつかない。

 おまけに連中は人間の数はそこまで必要としていない。そういう意味では上手いやり方、か」


 戦力を集める、という意味では間違いなく効率は良くない。

 しかし、彼らの根本的な考え方が、辿られないことを最優先としているのならば納得がいく。

 逆に言えば、エドゥアルドの懸念が杞憂でなかった可能性も高まる、ということでもあるのだが。

 それでも、この情報を掴めたこと自体は間違いなく有益と言える。


「指示出しにしても、一度ジェミナス伯爵へと指示を伝達、そこからさらに伯爵のツテを使って指示を下ろしていく、というやり方でしたら、時間はとんでもなく掛かりますが、同時に、足はつかないでしょうね」

「連中の優先事項を考えればありえるやり方だ。ついでに言えば、まだ隣国との情勢が完全には落ち着いていないから、とジェミナス伯爵自身はほとんど領地から動かない上に、国境沿いの領地で防諜体勢もしっかりしている。

 その防諜体勢をこちらからの探りに対しても使っていたら、尻尾を掴むのは容易じゃないねぇ」


 このエデュラウム王国には、辺境伯の制度はない。

 だが、国境に接する領地を持つ、直接軍事に関われる者として最高位にある伯爵となれば、その権限と力は辺境伯に近いものがある。

 となれば当然密偵の類いを狩る態勢も出来ていて当たり前、むしろ出来ていなくては困るのだが……それを使う相手は、国外からの密偵とは限らないのもまた困りものだ。


「ちなみに……取り潰しとなったバーナス子爵領を誰が統治するようになったか、知ってる?」

「いえ……しかし、この話の流れからすると、まさか」

「そう、ジェミナス伯爵。まあ、彼が出てくるのは上の人達は予想してたみたいだけどね」


 メルツェデスが視線を向ければ、エドゥアルドは笑みを張り付かせたまま、こくりと頷いて見せた。

 彼の上、すなわち国王陛下であるクラレンス。そして、その時相談相手を務めていたガイウスもまた、予測はしていた。

 そして、次なる動きを考えると。


「ジェミナス伯爵は、西方の穀倉地帯をかなりの範囲にわたって抱え込んだ形になっている。

 その上で、この嫌な繋がり。……収穫の終わった後、豊穣祭の前後で向こうもまた色々動くかもねぇ」

「となると、そこでの情報戦が今後を左右する、というわけですか」


 エドゥアルドの言葉に、メルツェデスが答える、のはいいのだが。

 その瞳が、妙に輝いているのは、気のせいだろうか。


「……ちなみにメルツェデス嬢、その頃はもう学園の授業は始まっているからね?」

「申請すれば、確か一ヶ月までは休学できますでしょう?」

「いや、それは普通、病気とかの療養で使うものなんだけど」


 釘を刺そうとしたエドゥアルドだが、メルツェデス相手には糠程度の手応えしかない。

 これは、止めても無駄、なのだろう。そもそも、止めても『天下御免』を振りかざされればそれまでだ。


 だが、しかし。


「いけません、お嬢様」


 まさかの、ハンナからの制止。

 流石に驚いたのか、メルツェデスが若干慌てて後ろに控えていたハンナへと振り向く。


「ハンナ? まさか引き留められるとは思わなかったのだけれど」

「意に沿わぬ形で申し訳ございません、お嬢様。

 しかし、ジェミナス伯爵領への潜入となれば、今日のこれとは規模も難易度も全く違ってきます。

 確かにお嬢様の身のこなしは素晴らしいものですが……それだけで潜入が出来るわけでもありません。

 どうかここは一つ堪えていただき、専門の者が情報を持ち帰るのをお待ちいただければと」


 恭しく、そして深々と頭を下げるハンナを見て、メルツェデスはふぅ、と小さく息を吐き出す。


「わかりました。他ならぬハンナがそこまで言うのですから、ここは引き下がりましょう」

「ありがとうございます、お嬢様。差し出がましいことを申しましたこと、お詫び申し上げます」

「いいのよ、あなたの言うことはもっともだし。わたくしが行けば、向こうも隠れてしまうかも知れないし、ね」


 まだ頭を下げ続けるハンナの肩を、そっと撫でる。

 それから、その手を両手でそっと掬い上げるように取って。


「主の言うことを全て肯定するのでなく、止めるべき時は止めるのが本当の忠義だと思います。

 わたくしは、ハンナに仕えてもらえて、本当に幸せものだわ」


 間近の距離で、メルツェデスは微笑みかける。

 そう、ハンナの顔の、直ぐ傍で。手を取りながら。


「……はうっ」


 覚悟を決めて諫言をしたハンナに、そのいきなりのご褒美は地獄から天国、心の高低差がありすぎて、あっさりとキャパオーバーになってしまった。

 かくん、と糸の切れた人形のように崩れ落ちるハンナを、メルツェデスが慌てて抱き留める。


「ちょ、ちょっとハンナ!? いきなりどうしたの、しっかりして頂戴!」

 

 いきなりのことに、動転して声を上げるメルツェデス。

 色々と察したエドゥアルドは笑いそうになるのを堪え、サムとゴンザは「あちゃぁ」とばかりに手で顔を覆うのだった。 

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― 新着の感想 ―
これは、国王とかはジルベルトから辿って怪しい連中に気づいてた感じかな? ハンナさんの隠密能力は愛(?)によって鍛え抜かれたのだなぁ…
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 向こうは軍事担当の要員か。手強い、情報のタイムラグが無ければヤバそうですね。 メルさんの安全の心配なら今更ですけど、確かにメルさんは特に潜入スキルを極めた事…
[良い点] まさかの名前が…ジルベルト、メル様が会った時には擦り切れて戦鬼となってしまっていましたが、確かに冷静に考えると彼レベルがクビにされ、まして破落戸にまで身を落とすって異常な事態ですもんね…想…
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