危険な遊戯。
事前に取り決めていた合図で、メルツェデス達がついてきていることを確認しながら、エドゥアルドは怪しい男に案内されていく。
途中、段々治安のよろしくない地区へ向かおうとしているのに気付いて、ジョニーの妻を帰したりしながら。
「ごめんよノイさん、うちの宿六のために……」
「いやいや、僕も丁度もう一勝負しないとだったし、気にしないで」
そんなやり取りの後、彼女と別れたエドゥアルドとスピフィール男爵は、かなり大通りから外れた地区へと足を踏み入れた。
普通の王族や貴族であれば思わず鼻をつまんでしまうような臭いの中、気にした様子もなく歩くエドゥアルド。
堆肥などで慣れているスピフィール男爵でも、少々眉が寄っているというのに。
肝が据わっているのか鈍感なのか。いや、彼が鈍感なわけがないのは間違いないのだから、ということは。
こんな形で第一王子の胆力を知ってしまうのもどうなのだろう、と複雑な思いをしながらスピフィール男爵はそれでも周囲に気を配りながら歩く。
やがて彼らを案内していた男が一軒のみすぼらしい家の前で足を止めた。
「ここが、君が言ってた賭場? とてもそうは見えないけど」
「そりゃね、なんせ大っぴらにゃ出来ないレートでやってんだ、それとわかる見た目じゃだめだろ?」
「なるほど、それも道理だ。てことは、その分勝てば大きいわけだよね」
腕が鳴る、と言わんばかりのエドゥアルドを見て、男がひっそりとほくそ笑む。
負けが込んだ反動で、取り返そうと良い感じで調子に乗っている。これならばカモれる、と。
それが彼の演技である、と見抜けないままに。
男がコンコン、コン、と少し間を空けてノックをすれば、扉に付いていた飾り窓の蓋が開き、ジロリと目が覗く。
案内してきた男の姿を認めたのか、ガチャリと音がしたと思えばゆっくりと内側に扉が開いた。
「さ、二名様ご案内だ。今まで味わったことのない刺激的な勝負で歓迎して上げよう」
少し芝居がかった物言いに、中に居た見張りか何からしい男が小さく頷く。
その際に、ぱ、ぱ、と何やら彼らが指のサインでやり取りをしていたのをエドゥアルドはしっかり目の端で捉えていたのだが、それについては何も触れなかった。
恐らく、カモを連れてきただとかそんな意味なのだろう。
もちろんそれは、彼の想定内でもあった。
「刺激的で、楽しい勝負であることを祈るよ。何せさっきの負けを取り返さないとだからね」
ニコニコと、まるで負けることなど考えもしない、とでも言わんばかりの顔でいうエドゥアルド。
その自信満々な様子に、男達は視線を交わし、ニヤリと一瞬だけ唇を歪めた。
もちろん、それもまたエドゥアルドは気付いているのだが、顔には一切出さない。
「それじゃ、こっちに来てくれお兄さん」
「ああ、わかったよ。楽しみだなぁ」
言われるがまま、奥へと案内されていく。
ただ、余裕の振りをしていながらも、周囲に気を配りながら。
そして少し行けば、まばゆい光に満ちた、開けたホールのような場所に出た。
そこは、先程のブランドル一家が運営するカジノとはまるで違い、雑然とした様相と殺気だった雰囲気とが場を支配している。
これに飲まれてはいけない、染まってはいけない、とエドゥアルドは改めて己に言い聞かせながらも、顔ではワクワクとした表情を作っていた。
「わぁ、これはまた、凄い雰囲気だねぇ。なるほど、これはさっきとは違った勝負が出来そうだ」
「だろう? お兄さんならきっと気に入ると思ったよ。ああ、あっちのテーブルが空いたね、カードが出来るところだ」
「いいねぇ、カードは得意なんだ、まずは腕ならしと行こうか」
誘導に敢えて乗り、エドゥアルドは席に着く。
ルールは先程ブランドルとやっていたのと同じもの。
配られた手札を増やし、あるいは捨てる、もしくは交換して役を作っていくものだ。
エドゥアルドが席についてチップを賭けたのを見れば、シュッと慣れた手つきでディーラーからカードが配られた。
この辺りは、まっとうでない賭場とは言えども流石にしっかりとしているようだ。
どこかズレた感心をしながら、エドゥアルドはカードを手にしてじっくりと見る。
ちなみに、スピフィール男爵はその後ろでハラハラと見守っているのだが、その彼からも手札が見えるような持ち方で。
「じゃあ、まずはヒット」
「はい、かしこまりました」
返事と共に、もう一枚のカードが配られる。
幸先良く、絵柄違いの続き番号がやってきたのを、じっくりと手元で確認して。
「これは、もう一枚いこうかな!」
「では、こちらを」
そう言いながらディーラーがもう一枚カードを流せば、さらに続きの番号。
それを、やはりしっかりと手に持って確認する。
……背後から、スピフィール男爵以外の視線を感じながら。
ちょっとお粗末過ぎないかな、と思いながら、まずは、とエドゥアルドは勝負に出る。
もっとも、その視線はエドゥアルドの感覚だからこそわかる、普通の人間にはわからないようなものだったのだが。
ともあれ、カードはオープンとなり。
「ふふっ、これは幸先がいいねぇ」
「いやぁ、お兄さんお強いですねぇ」
浮かれたような声でいうエドゥアルドに、ディーラーがおだてるように言う。
そして、エドゥアルドの背後にいる、ここまで案内してきた男へと視線を交わした。
もう少し上げてから、むしり取る。
アイコンタクトだけで通じるくらいに、彼らは組んでから長かった。
「さ、次もまた勝たせてもらおうかな!」
「はっはっは、そう簡単には勝たせませんよ」
応じながら、ディーラーは仕切り直しとばかりにカードをまた配った。
それから、30分後。
「う~ん、これは良くないな、降りるよ」
「そ、そうですか……ええ、わかりました」
そう言いながらエドゥアルドが手札を伏せて場に流せば、ディーラーは不承不承頷きながら、賭けられていたチップの半分を引き取った。
ちなみに、エドゥアルドの手札は違う絵柄の連番が三枚。
ただ、ディーラーの手札は同じ数の三枚揃いで、勝負に出ていればディーラーの勝ちとなり賭けていたチップは全て没収、だったのだが。
あれから三連勝したエドゥアルドは、その後は負け続けている。
ただし、その全てを降りる形で。
それも、大体の場合で今のように普通ならば勝負に出たくなるようないい手札の状態で。
「う~ん、ちょっと調子が良くないねぇ。まあでも、まだチップはあるしね。次のゲームにいこうか」
「え、ええ、それでは、次のカードを……」
相変わらずの笑みを見せるエドゥアルドに、ディーラーは薄気味の悪いものを感じていた。
当然彼はイカサマをしており、エドゥアルドの今までの手札も全てわかっている。
それらは巧妙に、勝負に出たくなるカードを配して、それでいて彼が勝つようにとなっていた。
だが、目の前に座る青年は、普通ならば勝負に出たくなるであろうその手札で、あっさりと降りる選択を、ここまで延々としてきている。
その結果、最初で稼いだチップは、まだそれなりに彼の手元に残っていた。
そして、幾度かのカード交換の後。
「……うん、じゃあここは勝負しよう」
「っ、わかりました、では、オープン」
不意を突かれて僅かばかりに動揺してしまったことに恥じ入りながらも、手札を開示する。
今度は、エドゥアルドの勝ちだった。
敢えてそう仕組んで。まるでわかっていたかのように、エドゥアルドは勝負に出て。
そして、この結果である。
ディーラーの背筋に、冷たいものが走ったのも無理はない。
「さ、調子が戻ってきたかな。もう一勝負行こうか」
「は、ははは……もちろんですとも」
久しぶりに勝ったというのに、またも揺らがない笑み。
今対峙しているのは、本当に人間なのだろうか。
そんな疑問を覚えながら、ディーラーはまたカードを配った。




