虎穴に入る虎児。
「ということで、王子としては先日活躍してくれた君に捜査を依頼するのは忍びない。
けれど、一人の兄として協力を願うのは許されるだろうか」
「ずるい言い方をなさいますわねぇ」
エドゥアルドの申し出に、『ずるい』と言いながらメルツェデスは楽しげに笑う。
正直なところ、一昨日の夜の疲れはすっかり抜けている。
動けと言われても、それは貴族に連なるものに対しては当然の命令とも言えるだろう。
そもそそも、『斬れ』と言われれば斬るのがプレヴァルゴだ、否も応もない。
恐らくそれを充分にわかっている上で、エドゥアルドはこんな言い方をしている。
「誰が呼んだか退屈令嬢、弟を思う家族愛を前にして、動かないなどという選択肢はございませんわ」
笑って見せるその姿は、揺るぎもしない千両役者ぶり。
さしものエドゥアルドも思わず目を細めて見やり。
それから、応じるように笑みを見せた。
「ありがとう、あなたが協力してくれるなら千人力だ」
「過分な褒め言葉、痛み入ります。ですが、ご期待には沿えるよう尽力いたします」
そう答えると、メルツェデスはゆるりと頭を下げる。
その仕草そのものは優美な、令嬢らしいもの。
なるほど、だからこそ退屈『令嬢』と呼ばれるのか、と今更ながらにエドゥアルドは思う。
恐らく彼女はいつでもどこでも、誰に対してもこうなのだ。
「それじゃあ、これからどう動くか、だけど……一旦あなたとはここでわかれた方がいいだろうね」
「でしょうね、わたくしが一緒に居ては、流石に連中の手先も声をかけて来づらいでしょう。
わたくしは一度ここで別れた振りをして、軽く着替えてから密かに尾行する形がよろしいかと」
メルツェデスが答えれば、納得したようにエドゥアルドも頷いて返す。
「うん、それがいいと思う。じゃあ、僕は男爵と一緒に出た後、出口付近で軽く愚痴っていようかな」
「は、かしこまりました。……私は演技などには自信がありませんが、なんとかこう、ええ、なんとかしてご覧に入れます」
話を振られたスピフィール男爵が、若干顔を強ばらせながらも頭を下げた。
確かに演技の自信はないが、彼とて貴族相手にいくつもの商談を繰り返してきたのだ、話を合わせることくらいはもちろんできる。
ついでに言えば――実際に口に出すことはとてもできないが――今こうして直面している事態に対する困惑した気持ちを表に出せば、少なくともぱっと見は誤魔化せるだろう、などとも思っていたりするが。
「では、私は、うちの手下連中もついていかせるとしまして……後は殿下……いえ、ノイエさんをこの特別室で散々に打ち負かした、勝ち誇った顔で送り出せばよろしゅうございますか?」
「あはは、仕方ないよね、そうしないとおかしなことになるし。……また今度、本気の勝負で決着を付けさせてくれるかい?」
「それはもう、喜んで。この特別室を本来の意味で使わせていただきましょう」
形の上だけでも負けることに、若干の負け惜しみを見せながら笑いながら、エドゥアルドはブランドルの前に右手を差し出した。
その意味するところを理解して、一瞬メルツェデスへと目線を流す。
その先でメルツェデスが頷いたことを確認してから、ブランドルはそのゴツゴツとした手でエドゥアルドの手を握り返した。
「それじゃあ皆、本当の大勝負といこうか。皆をチップにして悪いけど、僕も同じだから勘弁して欲しいな」
「ご安心くださいませ、殿下」
決意を裏に隠して軽く言うエドゥアルドへと、メルツェデスが同じかそれ以上の軽さで言い返す。
「わたくし、こういった事には少々慣れておりますの。そのチップは大船に乗せたつもりでいてくださいませ」
看板女優が舞台で台詞を述べるようにスラスラと、響きよく。
仕上げにパチンと片目をつぶって見せれば、流石のエドゥアルドも一瞬あっけにとられて。
それから、破顔一笑、笑いを弾けさせてしまった。
「あ、あはは、それもそうだね! 油断はしないけれど、大船に乗ったつもりでいるよ!」
そう言って彼が見せたのは、いつものように余裕と悪戯っぽさをない交ぜにした顔だった。
それからもう少しだけ詳細を煮詰めた後に、エドゥアルドは『特別室』を出た。
「はぁ~……今までのはフリだったんだね……強すぎだよ、支配人」
「いやいや、とんでもない。少々大人げなかったかも知れませんが」
二人のそんなやり取りに、様子を窺っていた野次馬達がどよめく。
あれだけの強さを見せたエドゥアルドもブランドルには敵わなかったらしい、との印象は衝撃が強かったらしい。
その中で、蒼白な顔をしてブランドルを見ているのはまっとうな客と思って良いだろう。
それ以外は。様々な視線を、顔色を、気取られないようにブランドルとエドゥアルドは探っていく。
彼を見ている連中。その視線。
いくつか当たりをつけながら、スピフィール男爵を伴ってカジノの外へ出た。
さて、ここで愚痴を言う小芝居を、と思っていたところで、いきなりエドゥアルドに声がかかる。
「あ、いいところに居た! ちょっとノイさん、そこの賭場に、うちの宿六がいなかったかい!?」
「うん? ああ、おかみさん。いや、ジョニーさんは居なかったけど……どうかしたの?」
声を掛けてきたのは、三十を越えたかくらいの女性だった。
いかにも平民といった服装、外見。おまけにどうやらエドゥアルドというかノイエと知り合いらしいと見て、スピフィール男爵は少しばかり肩の力を抜く。
「あの、ノイエさん、この人は?」
「ああ、この人は家具職人のジョニーさんっていう人の奥さんでね。
酔い潰れたジョニーさんを何度も迎えに来てたから、顔見知りになったんだ」
至極もっともな男爵の問いに、エドゥアルドはさも当然のような顔で答える。
もちろん、第一王子が一介の家具職人と飲み友達になっていること自体は全く以て当然な状況ではないのだが。
だが。
そのスピフィール男爵の問いかけは、ジョニーの素性をエドゥアルドに改めて認識させ。
それは、まさか、と疑いを持たせるに充分だった。
そして、さらにそこへと声が掛かる。
「丁度いいところに出くわしたねぇ。奥さん、ジョニーさんはうちの賭場に遊びに来てるんだよ」
「えっ、な、なんだって!? っていうか、あんた一体……?」
声を掛けてきたのは、四十前後の男。身なりを何とか整えてはいるが、ゴロツキの雰囲気を隠せていない。
となれば、エドゥアルドの疑いは、半ば確信に変わる。
「へっへっへ、ちょっとね、遊びすぎて焦げ付いてきててねぇ。
だが、そこのお兄さんだったら、上手いことやれば取り返せるかも知れないよ?」
男はそう言いながら、カモを捕まえた、とばかりの下卑た笑みを見せる。
その表情に、エドゥアルドはむしろ感心すらしていた。
おかみさんとエドゥアルドが出会い、言葉を少しばかりかわした。
恐らくそれを聞いていたのだろうが、ほんの僅かの間にこんなシナリオを書いたのだとしたら、中々の頭の回転だと言っていい。
となれば。
「それはこっちとしても渡りに船だねぇ、ちょっと負けが込んで懐が寂しくなってるんだ」
恐らく、当たり。
同時に、これくらい頭が回る男を手先として使っているということは、油断はできない。
それらを理解してなお、エドゥアルド、いや、ノイエはお気楽そうな笑みで男に答えた。
※新しく、「王国一の無責任令嬢~そのうちなんとかなりますわっ!~」という作品の連載を始めました。
退屈令嬢とはまた一味違う、ゆるっと読める令嬢ものとなっておりますので、ご興味ございましたらお読みいただければと思います。
下の方にリンクが出ている、はずです。




