昼行灯は夜輝く。
そんな軽口を叩いたりしながらも、ブランドルと自称ノイエの熱戦は続いていく。
ルーレットでも一進一退の攻防を繰り広げ。
ある程度したところで、ブランドルが口を開いた。
「実に素晴らしい腕前です、ノイエ様。これならば……普通は一見の方をお招きはしないのですが、『特別室』での勝負をいたしませんか?」
誘いかける言葉と共に、さりげなく目配せを見せれば、一瞬だけ考える素振りを見せた後にこくりとエドゥアルドも頷いて見せる。
「それは嬉しいお誘いだね、是非ともお願いしたいな。
もちろん、二人も来てくれるよね?」
そう笑いかけられて、メルツェデスとスピフィール男爵に断ることなどできるわけもなく。
二人は苦笑を浮かべながらも頭を下げて同意を示したのだった。
メルツェデス達が案内されたのは、カジノの奥まった場所にある特別室。
例えばルーレットならばルーレットが一台その部屋に置かれ、誰にも邪魔されずに勝負に集中することができる。
当然、どんなレートで行われるかも部外者にはわからないため、大体は高レート勝負になっていくのだが。
今この時は、本来の使われ方はされないようだ。
「ノイエさん、こちらの部屋の防音に関しては、我がプレヴァルゴの密偵達も保証しております」
「そう、流石メルツェデス嬢、話が早いね」
案内されたのは、本来ならばカードゲームが行われる部屋。
大きなテーブルと、それを取り囲むように椅子が設置されているのだが、そこにそれぞれがそれぞれに腰掛ける。
メイドであるハンナはメルツェデスの後ろに立って控えているが、これは仕方のないところだろう。
「ちなみに、私どもも同席していいお話なのでしょうか?」
普段よりも固い口調のまま、ブランドルが問いかければ、その後ろに控えるジムの体がさらに小さくなる。
恐らく何某か内密の話、となれば彼がいるのははばかられたのだが。
そんなブランドルへと、エドゥアルドは軽く手を振って見せ、退出しようとするのを止めた。
「むしろブランドルの親分さんにも居てもらった方がいいかな。これは、そういう話だし」
「なるほど、そういうことでしたら」
エドゥアルドの言葉に頷いたブランドルが椅子へと座り直す。
仕切り直し、とばかりにエドゥアルドが一つ小さな咳払いをすれば、話に集中しようとメルツェデス達は居住まいを改める。
「さて、もうここにいる皆は気付いていると思うけど、ここにはただ遊びに来たわけじゃない。
人捜し、と言えば人捜しだけど、釣りとも言える、というところかな」
「つまり、ノイエさんなる人物に接触をはかる人間を探している、と?」
メルツェデスの返答に、エドゥアルドは小さく頷いて見せると言葉を続けた。
「一言で言えばそうなるね。実は、少し前からギャンブルで身を持ち崩す貴族やその子弟が増えていているんだ。
話を聞けば、遊び慣れない彼らを最初は勝たせ、熱が上がってきたところで大きな勝負を持ちかけて負けさせる、っていうのがパターンみたいだね。
で、ターゲットをどこで探すかといえば、ここみたいなどちらかと言えば初心者向けのカジノ、というわけだ」
エドゥアルドの説明に、メルツェデスも納得したように一つ頷いて見せる。
「どんな遊び方をしているかわかり、懐具合もわかった上で、勝ち負けで普段と違う高揚感になっているところを『もっと良いところがありますよ』と誘うわけですね。
当然向こうはイカサマでもなんでもありだから、相手の強い弱いは関係ない。
むしろ強いと思っている人間の方が、コロッと負けるとムキになって、思うつぼにはまりやすいでしょうか」
「そういう傾向はあるんじゃないかな。だから、もしこのカジノにも連中が来ているなら、僕がこの特別室からいかにも『負けました』って顔で出て行ったら、食いついてくるんじゃないかと思うんだけどね。
だから、ブランドル親分のお誘いは、本当に渡りに船でありがたかったんだよ」
「それはなんとも、恐縮でございます」
突然感謝の言葉を向けられたブランドルは、内心で慌てながらも恭しく頭を下げる。
だが、話を聞いていたメルツェデスは、首を傾げざるを得ない。
「お話はわかりましたが、何故そんな案件にわざわざエドゥアルド殿下が出張ってらっしゃるのです?
こう言っては何ですがそれなりによくあるお話、王都警備の衛兵や騎士達に任せておけばよろしいのでは」
メルツェデスの言葉に、ブランドルもそれはそうだ、とまた納得顔だ。
彼であれば尚のこと、ちょっとした火遊びのつもりが大火傷になった貴族など、それこそ掃いて捨てるほどに見てきたことだろう。
何しろ人口100万とも言われる王都だ、貴族や準貴族の数が仮に全体の1%だとしても1万人前後となる。
更には盛夏祭で地方からも貴族が来ているとなれば、なおのこと。
むしろ、彼らがカモにされるのは悪い意味で王都の裏の風物詩となっているところすらある。
だが、そんなことは百も承知であろうエドゥアルドは、ゆっくりと首を振った。
「普通ならそうなんだけどね。どうも、そこまで嵌められる人間が限られてるみたいなんだよ。
貴族であれば王城の出入りを頻繁に行っている人間。その子弟であれば、学園の生徒、とね」
「……殿下、まさかそれは」
顔色を変えたメルツェデスに、エドゥアルドは面白そうな笑みで片方の眉を上げた。
「やっぱりメルツェデス嬢も気付いていたか。
そう、とある連中が、王城に入る手段を欲している。それと同時に、学園内の情報もね」
「『魔王崇拝者』が背後にいる、とお考えですか」
メルツェデスの問いに、ゆっくりとエドゥアルドは頷く。
王城に入る手段を欲していることは、闇の魔術である『シャドウゲイト』の話を聞けばすぐに察した。
そして、先日の気付き。連中がジークフリートが転生者であると誤解しているということ。
それはつまり、学園内の情報をほとんど取得できていない、ということだともメルツェデスは理解していた。
学園内の情報が入っていれば、間違いなくゲームから一番ズレているのはメルツェデスで、その次がヘルミーナであることはすぐにわかったことだろう。
だが、『魔王崇拝者』の首領、黒幕が大きな勘違いをしていたということは、それらの情報がほとんど入っていない、とい考えていいはずだ。
「うん。まだ貴族だけを狙うなら他の可能性もあるけれど、学園の生徒も、となると可能性は高いと思う。
何しろ連中は、君のしてきたことをジークの仕業と勘違いするくらいだ、明らかに僕ら世代の情報に疎い。
であれば、昨夜の仕掛けとは別に、学園の情報を手に入れる手を打ってきてもおかしくはないだろう?」
「それは……確かに、そうですわね」
エドゥアルドの指摘に、メルツェデスは少しだけ考え、すぐに首を縦に振る。
今までの『魔王崇拝者』の仕掛けは一見力押しに見えて、実際は色々と考えているところが多々あった。
例えば、ヘルミーナ対策のウォーターエレメンタルなどは最たる者だろう。
それでいて、不釣り合いな程に詰めが甘かった、というか決めきれなかったのは、ひとえに情報不足だったのは間違いない。
敵を知り己を知ればと言うが、彼らは敵であるメルツェデス達を知っているようで知っていなかったのだから。
そして、流石に黒幕も、いつまでもそれではいけない、と気付いたのだろう。
だが、しかし。
「しかし、それでも殿下がお出ましになる程の状況ではないように思いますが」
「そうだね、情報が敵に渡らないようにする、というだけなら、僕が出てくる必要は無い。
単に取り込まれそうな生徒達をこちらで保護すればいいだけだし、実際彼らも助けを求めてきたから、こうして向こうの動きがわかったんだしね。
貴族達だってそう。王族である僕が言うのもなんだけど、我が国の貴族達は賄賂だ何だといった汚職が他国に比べてかなり少ない。
それはもちろん、我が父、偉大なる国王陛下が末端の貴族に至るまで生活に困ることのないようきちんと富を分配しているからというのが大きいとは思うけど」
若干誇らしげなのは、当然と言えば当然だろう。
完全に清廉潔白とはもちろん言わないが、他国の腐敗ぶりを聞けば、エデュラウム王国は明らかに別格。
末端の騎士爵であっても、袖の下を要求してくるような輩はほとんどいない。
だからこそ金に目が眩んでしまう者も少なく、その結果としての汚職も少ないのだが。
「……なるほど、そこで祭りに浮かれたところを無理に剥ぎ取り、言うことを聞かざるを得ない状況を作ろうとしている、と。
しかし今のところ防げているということは、こんな失態でも正直に報告すれば対応してくれる、という信頼があってこそにも思います」
「そこもまた、誇らしいところだけどね。ともあれ、今現状で、防げてはいるけれども、このままにもしておけない」
そこで一旦言葉を句切ったエドゥアルドは、真っ直ぐに、強い視線をメルツェデスへと向けた。
「メルツェデス嬢。『魔王崇拝者』との戦いにおいて、今、我々は、優位にあると思うかい?」
全く予想外の言葉が、エドゥアルドの口から紡がれる。
そして、メルツェデスは。
その言葉に、即答できなかった。




