大人の遊びと、もう一つ。
「……ヒット」
「はい、ではこちらを」
要求に従い、ブランドルが淀みない手つきでカードの山から一番上のものを一枚、裏返したままエドゥアルドの手元へと滑らせる。
狙い違わず手元へとやってきたカードが止まる前に、それはエドゥアルドの手の内に入っていた。
少しだけカードを持ち上げ、ちらりと視線を走らせて。
エドゥアルドは、手元にある三枚のカードを伏せた。
「うん、勝負といこうか」
「かしこまりました。では、オープン」
ブランドルがそう宣言すれば、二人がほぼ同時にカードの表を向ける。
エドゥアルドは絵柄の違うカードで、数字が8・9・10と連続した並び。
対するブランドルは、三枚共に7の数字が並んでいた。
この場合、ブランドルの勝ちとなる。
「う~ん、残念! 流石支配人、強いねぇ」
「恐縮です。しかし……ノイエ様こそ、とてもお強いですよ」
エドゥアルドの賞賛に、ブランドルは恭しく頭を下げる。
互いに健闘を称え合うその姿は、一種スポーツの試合後のような清々しさがあった。
「いえ、むしろ二人とも引きが異常に強いのですけども?」
そんな二人へと、横合いからメルツェデスがツッコミを入れる。
いつの間にか彼ら二人の勝負を見物していたギャラリー達も、うんうんと頷いてみせた。
そんな視線を受けている二人だけが、きょとんとした顔をしていたりするのだが。
今二人がやっているのは、ブラックジャックとポーカーの合いの子のようなカードゲーム。
使われるカード自体もトランプに近いものだ。
最初に二枚手札が配られ、そこで勝負するもよし、手札を増やして高い役を作るもよし。
そんな駆け引きが醍醐味でありつつも、運の要素も強いゲームだ。
そして、先程から繰り広げられている勝負は、明らかにおかしなものだった。
普通ならば同じ数字が2枚揃うことも決して高い確率ではないのに、この二人だとそれが当たり前のように来る。
役無しで勝負する羽目になることも少なくないゲームだというのに、先程から一度たりとも、役無しで終わることがないのだ。
「ええ、ここまでの引きは、私も見たことがありません」
「そうですよね? どうしてこんなに引けるのでしょうか……」
感心半分呆れ半分なスピフィール男爵の言葉に、メルツェデスも我が意を得たりと頷き返しながらも、小首を傾げてしまう。
それだけ、メルツェデスですら理不尽と思うほどに、二人の手札と引きは強かった。
確かに、エドゥアルドの運は強いのだろう。
王として君臨すべく生まれてきた彼は、文武両道というだけでなく、様々な方面でも才能を見せる、というのがゲームでの設定だ。
であれば、こういったカードゲームにおいても才能、あるいは運の強さを見せてもおかしくはない。
だが、その王者の天運を前にして一歩も引かないブランドルの強運たるや。
この辺りは、流石、己の首を差し出しながらの綱渡りを幾度もくぐり抜けてきただけのことはあると言っていいだろう。
もちろん、ディーラーとしての経験と腕もあってのことではあるが。
ちなみに、二人ともイカサマは全く以てしていない。
メルツェデスの目で見てもそうなのだから、間違いはない。
だからなおのこと、驚異的に見えるのだが。
「面白い勝負を楽しませてもらったけど、ここらが引き際かな。ありがとう、支配人」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
エドゥアルドが右手を差し出せば、ブランドルも応えてがっちりとお互いの手を握り合う。
真剣勝負を経て、二人の間には身分を超えた絆が生まれたようだった。
どうしてそうなった、と声に出して突っ込みたかったところだが、メルツェデスはぐっと飲み込み我慢する。
ここで下手に首を突っ込めば、余計なことに巻き込まれそうな予感しかしない。
であれば、これで一区切りとするその流れに乗るべきだと判断した。
のだが。
「じゃあ、次はあちらの、ルーレットもやってみたいんだけど、いいかい?」
「ええ、もちろん。ただ、また私がお相手させていただくことにはなりますが」
「勿論、むしろ歓迎だよ。いいねぇ、こうやって色んな形で勝負できるっていうのは」
また新たなゲームに誘うエドゥアルドへと、ブランドルも快く頷いて見せる。
元より彼に拒否権など無いも同然。
だが、それ以上に、今はこうして付き合う必要がある、とブランドルは察していた。
ゲームをしている最中のエドゥアルドの視線、そして、今こうして席を立とうとしている時の視線。
彼は、何かを探している。
人目を引くような展開のゲームで盛り上がり、更なる勝負と席を移動し。
そうして目立つ行動を取りながら、己へと向けられる視線をさりげなく観察しているようだった。
であれば、ブランドルとしても乗らざるを得ない。
そして、ちらりとメルツェデスへと目配せ。
こくりと頷き返すメルツェデスもまた、そのことには気付いていた。
どうやらただ遊び歩いているだけではないらしい。
「スピフィール様、こちらにいらっしゃる前に、あの方から何か言い聞かされておられますか?」
「いえ、まるで何も。……ああ、正確には、え~……ノイエさんがすることを止めるような事は言わないように、と」
「……なるほど、ということは、これは何かを狙ってのこと、と」
抑えた声でスピフィール男爵と会話をしながら、メルツェデスもまた、さりげなく視線を走らせる。
今のところ、不審な動きをしている人間は見られない、が。
そう見えるようにと訓練された者が張り付いている可能性も否定できない。
と、メルツェデスが周囲を見ていることに気付いたのか、エドゥアルドは気楽な様子でルーレットのテーブルへと移動した。
少し遅れてブランドルがディーラーにつき、お目付役であるスピフィール男爵も若干不本意そうな顔で席に着いた。
どう考えても、この二人の対決に巻き込まれれば、大損する未来しか見えない。
もっとも、この場のチップは全てノイさんことエドゥアルドが出しているのだが。
「そういえば、スピフィール様が賭け事とは、少々意外ですわね?」
「私も本来は然程好むものではないのですが、以前友人から、少しは息抜きが必要だと言われまして。
……実際、根を詰めて疲れていたところに不覚を取ったこともありましたから」
「ああ、なるほど……あの時は、そういうことでしたか」
恥ずかしそうな男爵の表情に、メルツェデスは納得した顔になる。
かつて『奉仕者シリーズ』に絡んだ悪だくみに巻き込まれた男爵は、娘であるマリアンナの入学式に向かう途中で拉致された。
だが、学生時代に充分な軍事訓練を受け、領主となってからも農作業などで身体を使っていた男爵が、あっさりと拉致されてしまったことに若干の違和感もあったのだが……そういうことならば、と納得する。
「そうそう、色々な場面で遊びや余裕は必要だと思うよ?」
二人の声が聞こえていたのか、朗らかな笑みを見せながらエドゥアルドが声を掛けてくる。
その顔は、言わばドヤ顔と言っていい類いのもの。
それを見たメルツェデスは、同じように笑顔を作って。
「だからと言って、遊びすぎもまたよろしくないのではございませんこと?」
「あはは、なるほど、確かにそれもそうだ」
チクリとしたお小言に、それでもめげないエドゥアルドは揺るがぬ笑顔を見せたのだった。




