弾む会話と心。
「まあ、エルタウルス様、もうそんなところまでお勉強が進んでらっしゃるのですね」
「そんなお恥ずかしい限りですわ。そうおっしゃるプレヴァルゴ様も随分と進んでいらっしゃるようですけども」
コロコロと鈴が鳴るような涼やかな声で二人が談笑している。
ある程度挨拶を済ませた後、メルツェデスは木陰のテーブルへと案内された。
同席したのは、身分的には上になる侯爵令嬢が二人。
他のテーブルについているのは子爵令嬢や男爵令嬢がほとんど、となれば、どうやらここが今日のVIP席らしい。
伯爵令嬢も何人か来ているのだが、その中で自分だけがここに案内されているのが、申し訳ないような気にもなる。
もっとも、伯爵といえどもプレアヴァルゴ家はその武勲から、侯爵に準ずるとも目されている家。
この配置に文句のあるものは、少なくともこの会場には居ないようだ。
そして、当然と言うべきか、そのVIP席でフランツィスカが歓談する時間は他のテーブルよりも長い。
おまけに、社交にありがちな当たり障りのない話題ばかりでなく、中身のある会話が弾んでいるのだから、文句を付ける者もいなかった。
中身がある、というか、お互いの知識教養をもって正面から殴り合っているような状況ではあるのだが。
「お二人とも、本当に博識でらっしゃいますのね……私、自分が恥ずかしくなって参りました」
同席している侯爵令嬢が、ほぉ、と感心したように吐息を零しながら言う。
この国ではまだ、女性に知識は不要、という主義の者も少なくない。
しかし、そんな中でも侯爵や公爵の令嬢ともなれば、社交や外交の場面で教養ある受け答えが必要となる可能性は高い。
そのため、この侯爵令嬢達も勉学に励んではいるのだが……流石に相手が悪かった。
それぞれに悪役令嬢、ライバル令嬢であるメルツェデスとフランツィスカ。
当然、主人公の前に立ちはだかる壁として十分な、ややもすれば理不尽にも思える程のハイスペックを誇っている。
おまけにメルツェデスは前世の知識まであるのだ、及ばないのも仕方ない。
むしろ張り合えているフランツィスカがある意味おかしいのだ。
それをわかっているのかどうなのか、フランツィスカは二人へと微笑みながら声を掛ける。
「いえいえ、私など知識はあれど、どうにも頭が固くて……文章も硬いと良く言われてしまいます。
そうそう、先日作られたという詩を拝見いたしましたけども、とても素敵でしたわ」
「まあ、お読みいただいていたのですか? お恥ずかしい……けれど、お褒めいただいて嬉しいです」
フランツィスカに褒められれば恐縮はすれど、先程までとは打って変わって明るい笑顔になる。
尊敬してやまない彼女に褒められたのだから、その喜びはいかばかりだろうか。
自分の比較的不得手な領域に相手の得意分野があれば、そこを使ってフォローを入れる。
この辺りの立ち回りは、本当に十歳なのかとメルツェデスも思うほど。
もう何度「この子、できる」と胸中で呟いたことか。
そして、だからこそ話題が尽きず、次から次へと話が繋がっていく。
「今日のこのお茶は、リスラグ伯爵領の物でして、蘭の花のような独特な香りがいたしますの」
「まあ、本当になんとも華やか香り……それでいて深みもある、初めてのお味ですわ。
リスラグ領と言えば、私の家ではリスラグ領産のコットンシーツを愛用しておりまして、そちらの印象が強かったのですが……ふふ、新しい発見ですわね」
「そういえば、プレヴァルゴ様のお父様は、リスラグ伯爵様とご懇意にされているとお聞きしたことが」
「ええ、リスラグ伯爵家はかつての戦乱の折、南の要となったお家柄。同じ武門の家として、親しくさせていただいているようです。
ただ……時折我が家にもいらしてくださいますが、お手土産はいつも特産の蒸留酒で、こんな素敵なお茶はお持ち頂いたことはございませんわ」
最後に目を細めながら冗談めかして言えば、「まぁ」とフランツィスカ達は揃って口元を手で抑え、クスクスと笑い出す。
どうやらちゃんと会話ができている、とほっとしながら、余計なことは言わない方が良かったかとも少しばかり反省もする。
更に言えば、プレヴァルゴ邸を訪れるリスラグ伯爵は、そのまま泊まりがけでガイウスと蒸留酒で飲み明かすなどしているのだが……流石に、ご令嬢方の耳に入れることではないだろう。
しかし、メルツェデスから見れば気の良い無骨なおっちゃんであったリスラグ伯爵の領地に、まさかこんな特産品があったとは、思いも寄らなかった。
「……今度伯爵がいらっしゃる際には、おねだりしてみましょうか」
「あら、それもよろしいですわね。もし入手できましたら、是非呼んでくださいまし」
ニコニコとしながらのフランツィスカの発言に、おや? とメルツェデスは一瞬だけ考える。
今まで会話して掴んできたフランツィスカの性格からして、何かをおねだりするような人ではないはず。
となれば、招待をねだるような理由、とは……。
もしかして。と思い当たったものに、まさかとも思いながら。
「ふふ、そうですわね、今日こうしてお招きいただいたのですから、そのお礼に。
お二方もお呼びして構いませんか?」
「え、ええ、もちろんですわ。是非ともお伺いさせてくださいまし」
「私もお誘いいただけるのですか? それはもう、喜んで参りますわ!」
侯爵令嬢の二人が嬉しそうに答えてくるのに笑顔を返しながら、ちらりと横目でフランツィスカを見れば、どこか満足そうな顔。
つまりフランツィスカは、今日できた四人の縁をさらに次へと繋げたかったのだ。
それは、メルツェデスともっと仲良くなりたい、ということでもある、と考えるのは思い上がりではないのだろう。
「これで決まり、ですわね。ああ、そうですわ、折角こうしてお互いを行き来する仲になったのですから、私のことは是非名前で、フランツィスカと呼んでくださいな」
「まあ、ありがとうございます、ではフランツィスカ様とお呼びさせていただきますね。
どうかわたくしのことも、メルツェデスと。どうぞお二人も、そうお呼びください」
「でしたら私も、モニカと」
「私もエミリーとお呼びくださいまし」
互いにファーストネームで呼び合うことを認め合うと、顔を見合わせて笑みを交わす。
この国の貴族の風習として、初対面では家の名前で呼び合うことが多い。
ファーストネームで呼ぶ、ということは関係が一歩進んだということ、つまり友人関係になったということを意味する。
愛称で呼ぶのは家族か配偶者、恋人や親友といった親しい間柄にだけ許される行為だ。
そして、この場で最も身分の高いフランツィスカがファーストネームで呼ぶことを許したということはつまり「お友達になりましょう」と言ったも同然のことだったのである。
侯爵令嬢二人は最初からフランツィスカをファーストネームで呼んでいたということは、以前から友人関係だったのだろう。
その友人関係の中に、メルツェデスも招き入れられた、ということになる。
それは、メルツェデスにとって、なんともくすぐったいものがあった。
「皆様、わたくしはあまり出歩かない身で、至らぬところも多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、深々と頭を下げる。
恐らく、この三人ならば出歩かない理由は言わなくとも察してくれるだろう。
そう信じて説明を省略したのだが、どうやらそれは正解だったようだ。
顔を上げたメルツェデスの目には、三人が三人とも、優しく微笑んでいるのが見えたのだから。




