そして、祭りは始まっていく。
夜に大捕物が行われ、朝には真剣な会議が行われ。
しかし、それらはあくまでも人知れずに行われたもの。
ほとんどの者には関係なく、当たり前のように盛夏祭がやってくる。
まあ、少しばかり当たり前ではない、普段と違うことはあるが。
「あらまあ。これはまた随分と盛況ねぇ」
夜中に大暴れをしたせいで普段より少し遅くに起きたメルツェデスが、少々呆れた色の混じった声を出す。
彼女の目の前には、大勢の客でごった返す、ヘルミーナの出店。
「はい、こちらはいちごのアイスですね、少々お待ちください」
素の時と違って丁寧な、接客モードに入っているカーシャの声が明るく響く。
夏の盛り、からっと晴れた祭り日和の昼過ぎ、珍しい氷菓、ちょっと高級感のある接客。
なるほど、珍し物好きなエデュっ子達の目を引かないわけがない。
おまけにそこそこお手頃価格なのだから、財布の紐も緩みやすいのだろう。
「高くしないために、量を少なくする。それならあれもこれもと食べられるから、更に手が出ようというもの」
そんなことを、事前にヘルミーナがちょっと悪い笑みを浮かべながら言っていたが、どうやらそれは当たっていたらしい。
その分盛り付けと販売を担当するカーシャと店長に負担が集中しているのだが、二人は和やかな笑みを浮かべながら残像の見える速さで手を動かして対応している。
流石ヘルミーナが見込んだ二人というべきか、そんな二人を以てしても処理仕切れない人気に驚くべきか。
そんなことを考えているメルツェデスに、横合いから声がかかる。
「ふ、どうこの売れ行き。さすが私」
そう、ヘルミーナである。
目論見通りに売れているアイスやシャーベットを前に、それはドヤ顔になろうというもの。
この結果を前に、もちろんメルツェデスも文句などつけようもない。
「ええ、見事な売れ行きね。流石ミーナだわ」
「そうでしょそうでしょ、もっと褒めて」
胸を張るヘルミーナはいつも以上に愛らしく、メルツェデスも思わず頭を撫でくり、目一杯褒めそやかす。
「ちょっ、メル、流石にそこまでは言ってないっ」
半分子供をあやすかのようなその褒め方にヘルミーナは抵抗するが、本気で嫌がっていないのは丸わかりである。
思う存分ヘルミーナを褒めるという大義名分のもと甘やかしたところで、メルツェデスは改めて出店を見る。
こうしている間にもどんどん客は増えており、流石にカーシャの額にも汗が一筋伝っていた。
「でも、ちょっと売れすぎというか、お客さんが来すぎかも知れないわねぇ」
「むう。そうは言っても、まさか追い返すわけにはいかないし」
「かといって、このまま放置してたらお客さんが無理だと思って帰るかも知れないし、カーシャさんや店長さんの負担も大きいわ」
メルツェデスが指摘した問題はヘルミーナも感じていたのか、口を尖らせるも反論らしい反論は出てこない。
しかし、今はまだいいが、これから更に膨らんでしまえば、トラブルが起きる可能性も充分ある。
「じゃあ、どうすればいいと」
「そうねぇ……ミーナ、わたくしもちょっとお手伝いしていい?」
「え、それはもちろん、願ってもないけど」
怪訝な顔で首を傾げるヘルミーナ。
確かにメルツェデス、あるいはメイドのハンナが助けに入れば人手は増える。
しかし、カーシャと店長が完璧な連携を構築してしまっている今、二人の間に割って入るのは逆に混乱を招きかねない。
どうするのか、と見ていたヘルミーナの前で、パンパンとメルツェデスが手を叩いて人目を集めた。
「さあさあ皆様、お立ち会い。こちらで提供しますは、世にも珍しい氷のお菓子。
色もとりどり、味もそれぞれ取りそろえ、あれもこれもと楽しんでいただけます。
ただし! 一つだけご注意を!」
鍛えられた腹筋から出る声はよく通り、出店に詰めかけていた人々の耳にも言葉が届く。
戦場で指揮を振るう父譲りのその声は、ただ聞こえるだけでなく、何となく従ってしまうだけの何かがあった。
おまけに、何事かと見れば、呼びかけているのは噂に名高い退屈令嬢。
何だ何だと見ているところへ、不意に強めの声がかかり。
しばし、沈黙が訪れて。
「そのお菓子、熱にとても弱いのです。皆様、そんなに詰めかけては溶けてしまいましてよ?」
くすりとメルツェデスが笑いかければ、釣られたように客も笑い、あるいはもっともだと納得したような顔で少しばかり店から距離を取ろうと動く。
その動きを、メルツェデスは見逃さなかった。
「ささ、皆様、お行儀良く並んでくださいませ。
こちらとこちらで注文をして、そちらでお会計を。ハンナ、お会計をお願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
客の動きを誘導しながら、最前列にいた二人をカーシャと店長の前に誘導すれば、その隣にすっとハンナが忍び入る。
ハンナが注文を受けて事前会計、カーシャと店長がそれを聞いてアイスやシャーベットを盛りつけて渡す。
そんな流れをいつの間にか作ってしまっていた。
「はいはい、こちらまで並んでいただいて、ここから折り返して……はい、次はこちらで折り返してくださいましね?
横入りは厳禁、横入りは厳禁ですわよ?」
その間もメルツェデスは行列を整理し、幾度か折曲がる形で纏めていく。
気がつけば、押しかけていた客が無秩序に注文していたのが、秩序だって効率的に流れていく形になっていた。
そうなるとカーシャと店長は最大効率で盛り付けられるようになり、客もどんどん捌かれていく。
おまけにその様子も見えるのだ、行列という文化のないエデュっ子達も大人しく待ち、文句を言う者もいない。
「後は、ここが最後尾とわかるような……そうねぇ、これくらいしかないけれど」
メルツェデスは白扇を取り出して広げ、サラサラとペンで「こちら最後尾」と書き付ける。
これを最後尾に立つ人に持たせ、次の人が来たら渡してもらう、というわけだ。
……まあ、同人即売会などの行列でよく見る手法ではある。この国では見られない文化だが。
「さ、最後尾のあなたはこちらをお持ちになって? 並ぶ人が来たら、渡してくださいな」
「は、はい、わかりました……って、重っ!?」
ほいっとメルツェデスから白扇を渡された女性客が、思わず取り落としそうになってしまった。
何しろメルツェデスの白扇は鉄芯入り、人も殴れる頑丈さと重さである。
それをいきなり、その重さを全く予想していなかった人に渡したのだ、落とさなかっただけ大したものと言っていいだろう。
「あ、あら申し訳ございません、これでは重すぎましたわね。何か他のものを……」
「い、いえ、大丈夫です、持ちます! 大丈夫です!」
代わりのものを探そうとしたところで、女性から待ったがかかる。
彼女の腕にはもちろん重いが、しかし、噂に名高いメルツェデスの持ち物をほんのしばらくとは言え持てるのだ、まさかこの機会を逃すわけにはいかない。
必死な形相の女性を見て、メルツェデスはあっさりと折れた。
「他に使えそうなものもございませんし、仕方ありませんわねぇ。新しく並ぶ人がいらしたら、渡してくださいね?」
「は、はい」
なんならこのまま持ち続けてもいいのに、という本音はしまい込んで、女性は頷いて見せる。
その後、すぐに新たな客がきて、しぶしぶながら引き渡したりということもあったりしつつ、行列は消化されていく。
「流石メル、大した人の動かし方」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だわ?」
二人の視線の先には、世にも珍しい氷菓を堪能し笑顔になっている人々。
ちょっとだけ特別な夏を、当たり前のように楽しんでいるその様子を見ていたヘルミーナが、ぽつりと零す。
「……出店、やってみてよかった」
「そうね、とても良かったと思うわ」
しみじみと、二人で言葉を交わす。
そして、昨夜で全て片付けられて良かった、とメルツェデスは胸の内だけで呟く。
氷菓に舌鼓を打つ人々は、誰も知らない。昨夜、大捕物があったことを。
そして、恐らく知ることもなく夏が過ぎるのだろう。
それが、メルツェデスには何とも誇らしかった。




