魔物と修羅。
だが、どれだけ圧倒的な力を振るおうとも、メルツェデスは人間。
どうしてもそこには人間としての限界が生まれてくる……はずである。
何とか精神的に立ち直った魔物達は、互いに視線を交わして意思疎通を図る。
まだ戦意が挫けていない者、何かを意図しての移動を気付かれぬよう始めている者。
高い知性も持っている彼らは、まだ崩れてはいない。
……ただ、そんな彼らの動きや心境は、どうにもメルツェデスには見透かされているようだが。
だが、仮に見透かされているとしても、対応しきれないだけの暴力で押しつぶせばいいのだ。
そして、それが出来るだけの数と質が、今ここにはある。
「グォォォォ!!!」
雄叫びを上げながら、サイクロプスがメルツェデスへと向かって突進した。
特に策も感じさせない、無思慮な突撃、に見えるそれ。
その背後から、二体のマンティコアが飛び出した。
サイクロプスの影に隠れた不意打ち、しかも左右からタイミングをずらして。
同時に飛びかかってしまえば、一度の技で纏めて叩き落とされる可能性がある。
そんな無茶なことが、メルツェデスならば出来るとマンティコア達は読んだ。
だからこそ、左右からタイミングをずらして。
どちらかは迎撃されても、どちらかは飛び上がった後で身動きの取れないメルツェデスを狙えるように。
その狙い自体は決して悪くなかった。
だが、残念ながらメルツェデスは、力や技に振り回されるタイプではなかった。
つまり、一撃でマンティコアを落としたような凄まじい技を、だからといって乱用するタイプではなかったのだ。
サイクロプスが迫り、その背後からタイミングをずらして飛びかかってくる二体のマンティコア。
ここでメルツェデスが選択したのは、回避だった。
右から迫り来るマンティコアの突撃を、その腕を掻い潜るようにしながら大きく右へステップアウトして回避。
すると、ちょうど突撃してきたマンティコアが障害物となって、もう一体のマンティコアも突っ込んでこれない。
更には二体のマンティコアがお見合い状態になったせいで、サイクロプスも突進を止めざるを得なかった。
マンティコア達が互いにぶつかりそうになり、動きが止まった好機。
そこでメルツェデスは……大きく後ろに跳ぶ。
回避する可能性を頭に入れていた一体のキマイラが、読み通りと見て飛びかかってきていたのだ。
だが、残念なことにキマイラの動きまでメルツェデスは把握していた。
ギリギリのところでかわしながら、刃を一閃。
圧縮された魔力を纏って鉄すらも斬りかねない鋭さをはらんだ刃は、キマイラの首を易々と切り落とす。
と、着地際に小さくもう一跳ね。
横合いから飛んできた大ぶりな石に、手を衝いて、その反動で身体をクルリと前転のように回して回避した。
「は?」
その場にいた、メルツェデス以外の全員の心境を代弁して、男が言葉を漏らす。
一連の攻防の最後、回避の着地際というタイミングを狙ってヘカトンケイルが放った、必殺の石。
高速で飛んでくるそれに、上から手を当てるというだけでも至難の業。
ましてそれが力を込めた手によるものであり、更にはその反動で身体を浮かせて前転するなど、人間でなくとも出来る芸当ではない。
だが、目の前でそれを為したメルツェデスは、まるでそれが当然であるかのように一切の高揚を見せず、呆気に取られて動きを止めてしまったマンティコアへと斬りかかっていた。
残念ながら、いかに高レベル魔物であるマンティコアといえども、これだけの隙を作ってしまえばどうしようもない。
哀れ、翼を斬られたと思えば、その痛みを実感した瞬間には腕が、ついで首が斬り飛ばされた。
それを見てもう一体のマンティコアが慌てて体勢を立て直したところにメルツェデスが迫り、マンティコアは全力で宙へと飛んで回避する。
もしも先程の対空技を見せるならば、せめて相打ちに。
そんな悲壮な覚悟を持ったマンティコアの眼に見えたのは、飛び上がった彼の下を駆け抜けるメルツェデスだった。
その先にいるのは、再び着地際を狙おうとしていたヘカトンケイル。
慌てて手にした石を投げつけるが、狙いもろくに付けられなかったそれなど、メルツェデスに当たるわけもない。
石を回避して迫り来るメルツェデスを、それでも何とかしようと、崩れた体勢のまま六本の腕を振り回す。
が、それは今のメルツェデスにとっては良い的。
腕が振るわれる度にそれが飛び、あっという間に六本の腕が床に転がった。
そして、後を追うようにヘカトンケイルの身体も。
「さあ、まさかこれで終わりとは言いませんよね?」
そう言いながらメルツェデスがゆっくりと、楽しげな表情を浮かべながら振り向けば、魔物達の背筋も凍る。
遠距離攻撃を得意とするヘカトンケイルは最早後一体。
航空戦力であるマンティコアも後一体。
キマイラやサイクロプスはまだ居るが、白兵戦で彼女に敵うとは到底思えない。
だが、契約で縛られた魔物達は、逃げ出す事も出来ない。
であれば、後出来ることは。
「ガウァッ!」
「ゴァァァァ!!」
何やら互いに雄叫びにも似た声を掛け合い。
それから、全員がメルツェデスへと向き直った。
「いいですわね……実に、いい。皆さんのその顔、その気迫……尊敬に値します」
そう言いながら、メルツェデスは左手で前髪を払った。
『天下御免』の向こう傷は汗にまみれ、頬も首筋も幾筋もの汗を垂らしている。
これだけの魔物を相手に、常に周囲に気を配りながら全力で動く、というのは、如何にメルツェデスと言えども負担が大きい。
だがしかし、彼女はまるでしんどさなど感じていない。
むしろ、なんでも出来ると思えてしまうような高揚感の中にいた。
「さあ……死合いましょう!」
メルツェデスの言葉を皮切りに、魔物達とメルツェデスの、最後の激突が始まった。
そんな、怪獣大戦争のような戦場を直視することも出来ず、男達は腰が抜けたまま後ずさり、倉庫の壁に張り付いていた。
いっそ気を失ってしまいたい、とすら思っている彼らの目の前で、一体、また一体と魔物が斬り裂かれていく。
もし魔物達が全て倒されてしまえば、今の自分達に逃げる術などない。どう考えても足に力が入らない。
「お、おい、あれを使えよ!」
「あれって、切り札ってやつだろ? 王子様が出てくるまで使うなって言われた!」
「わかってるよ、わかってるけどよ、もうどうにもなんねぇだろ! 使うしかねぇ!」
言われて、確かにもうどうしようもない、と半ば諦めも入った気持ちで、魔術師風の男は懐から大きな魔石を取り出した。
これに何が封じられているかまでは聞かされていないが、切り札というからにはさぞかし強力な魔物なのだろう。
そう、サイクロプス達すら凌駕する程の。
であれば、あるいは。
一縷の望みを掛けて、男は魔石を解放した。
「ふん、我を使役しようとは、良い度胸だなぁ、人間!」
強烈な光とともに、巨大な人影が現れれば、途端に倉庫の気温が一気に上がる。
サイクロプスに匹敵する巨体と、それ以上に濃厚な魔力の気配。
夜だというのに昼のような明るさ、と思わせるだけの強烈な光。
その魔物は、全身に炎を纏っていた。いや、身体の中から吹き出していた。
炎の巨人、ムスッペル。
やはりゲーム『エタエレ』終盤に出てくる魔物であり、プレイヤー泣かせな敵の一人であった。
強い火属性を持ち、火属性の攻撃魔術は無効どころか吸収する。
おまけに、身体も炎に近く、物理攻撃があまり効かない上にHPも高く、毒などの経時ダメージも受け付けないという性能を持つ、特にジークフリートの天敵とも言える魔物だ。
そう、相手がジークフリートであれば。
黒幕は、万が一事が露見した場合、出張ってくるのはジークフリートだと思っていたのだ。
そして、実はムスッペルにも召喚時にそのことは伝えられていた。
だが、ムスッペルの目の前にいるのは、全ての魔物を斬り倒したメルツェデス。
ちなみに、ムスッペルは火属性だけあって、弱点属性は水である。
そして、メルツェデスの属性も、その剣が纏う魔力の色も水属性である。
……にっこりと、メルツェデスが笑った。
「た、たばかったなぁぁぁ人間んんんん!!!!!」
ムスッペルの怨嗟の声が響き渡り。
哀れな炎の巨人は、ろくに抵抗することも許されず、彼が経験したこともない程簡単にスパスパと切り裂かれ、即座に炎の国へと叩き返された。




