怪物相食む。
「何でだ、何でここがわかった!?」
そう声を上げながら男の一人は後ずさり、すぐにその背中が壁に触れたの感じて慌てて後ろを振り向く。
目立たぬようにと倉庫の隅に置いていたのが、今となっては仇となった。
逃げ場は、ない。
打つ手も、ない。
一応、剣を手にして鍛えていたつもりだった。
だが、まるで足りていなかったのだと、思い知らされた。
どうにもできない。
大人と子供よりも酷い差があることを、理解してしまった。
いや、目の前にいる少女はそれだけの存在だと、本能が訴えかけている。
今にも崩れ落ちそうな膝をなんとか支えているのは、まだ一つだけ、切り札が残っているから。
だから彼は声を上げる。
「おかしいだろ、衛兵共は手が塞がってて、こんな端っこの倉庫なんて見て回る余裕はねぇはずだ!」
「ええ、その通り。中々見事な陽動でしたわ」
悲鳴にも似た男の声に、メルツェデスは余裕の笑みで応じた。
……男の視線が、一瞬ちらりと、隣の魔術師らしき相棒へと向けられたのを知りながら、敢えて触れず。
カツン、カツン、とヒールの音を響かせながらメルツェデスは倉庫の奥、彼らが身動きも取れず縮こまっている隅へと向かう。
殊更にゆっくりと、聞かせるように歩いているのは気のせいだろうか。
だが、男達にとって、その余裕ぶっているように見える歩みは僥倖だった。
少しでも時間を稼げれば。
そんな考えをおくびにも出さぬようにと表情を作りながら、さらに声を張り上げた。
「陽動が見事だってんなら、ここには来ねぇはずだろ!?」
演技と本音が入り交じったその声に、メルツェデスはくすりと笑う。
確かに、捜査の手は広げさせられてしまった。だが。
「見事過ぎたのですよ。綺麗に衛兵の皆さんが誘導された結果、どこが狙いか綺麗に浮き彫りになってしまった。
この作戦を考えた人は、少々彼らの規律正しさを低く見積もりすぎたのかも知れませんね?」
この状況下で、衛兵達は混乱をきたすことなく任務を着実に遂行し続けた。
トラブルを撒き散らすチンピラ達に逃げる暇を与えることなく訓練通りに制圧し、余計なことをせず詰め所や拘置所へと連行する、の繰り返し。
これが意識の低い衛兵であれば、取り逃がしたりだとか取り押さえたチンピラから袖の下をせびろうとしただとかあったかも知れない。
だが、そういったことも一切無く愚直に衛兵達は任務を遂行し続けた。
その結果、チンピラ達が配置された意図がより一層浮き彫りにされたとも言える。
「まあつまり。この王都を敵に回したことが、あなた方の運の尽きだったのですよ」
そう言いながら、もう一歩二歩。
互いの顔も見えるほどの距離まで近づいたところで、男達の表情が急に変わった。
「はっ、何が運の尽きだ、詰んだのはお前の方だ!」
杖を手にしてずっと押し黙っていた……いや、ブツブツと何やら唱えていた男が、急に声を張り上げる。
と、その手から闇色の魔石が投じられ……メルツェデスと男達の中間あたりで、弾けた。
パン、と小さな音と。
不釣り合いな程に大きな影。
身長3mにも届きそうな程の巨躯、牛の頭と筋骨隆々とした人の身体。
その手には大きな金槌を両手で持っている。
ミノタウロス。
その巨躯と剛力で熟練の騎士すら薙ぎ払う強力なモンスターが、突如出現した。
「やれっ、ミノタウロス! その女を叩き潰せ!」
召喚直後には一瞬状況がわからず視線を左右に向けたミノタウロスだが、男の命令を受け、敵であるメルツェデスを認識する。
そして、叩き潰さんと両手で大金槌を振り上げて。
……そのまま、動きが止まった。
「……ミ、ミノタウロス?」
何が起こったのかわからない男がおずおずと声を掛けるも、返事はない。
不気味な沈黙が流れて。
ゆっくりと、ミノタウロスが後ろ向きに倒れた。
仰向けになったその姿を見れば、額からみぞおちまでスッパリと斬り下ろされている。
理解しがたい現実に言葉も無く、男達が視線をゆっくりと動かせば……その先にいるのは、片刃で少しばかり反りのある両手剣を手にしたメルツェデス。
それが意味するところは一目瞭然で、だからこそ彼らは絶句し、理解を拒絶する。
だが彼らの理解を待たずに、ミノタウロスはサラサラと闇色の粒子となって消えてしまい、後には何も残らない。
「まさか、この程度で王都を制圧できるとお思いで?」
問いかけるメルツェデスの顔は、欠伸でもしかねない程に退屈そうだった。
何しろミノタウロスを一突きで吹き飛ばしたガイウスに近しいところまで来たメルツェデスだ、たった一頭のミノタウロスでは話にならない。
もちろんそんな話を聞かされていない男達にとっては、青天の霹靂もいいところなのだが。
「お、おいっ、もっと、もっとだ! こうなったら、全部使っちまえ!!」
出し惜しみなどしている余裕はない。
ようやっと理解した相方に急かされ、魔術師風の男は慌てて次々と魔石を解放していく。
どうやら最初に時間がかかったのは手にした杖の起動のためだったようだ。
などと納得していたメルツェデスの眼前で次々と弾けていく魔石。
「ああ、先程のは前座、これからが本番というわけですね」
楽しげに唇を曲げるメルツェデスの眼前に現れたのは、ミノタウロスよりも更に巨大な人型。
一つ目の巨人、サイクロプス。
三つの頭と6本の腕を持つ巨人、ヘカトンケイル。
神話では五十の頭と百の腕を持っているとされていたが、数が少なくなっているのはゲームのデザイン上の問題だろうか。
更にはライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を寄せ集めたような獣型の魔物キマイラ。
人の頭に獅子の身体とドラゴンのような翼を持つマンティコア。
ゲーム『エタエレ』でも終盤に出てくる、討伐のために騎士団が派遣されるレベルの魔物達。
それらが、巨大な倉庫を埋め尽くさんばかりに何体も召喚されたのだ、まともな人間であれば絶望するだろう。
「ひゃははははは! どうだ、これでも減らず口が叩けるのか!?
こんだけの魔物、お目に掛かったことすらないだろうよ!?」
挑発する男の声は、すり切れそうな程に甲高い。
生物としての本能的な恐怖は振り切れんばかり。
それでいてこれらを使役するのだという高揚もまた尋常ではなく。
溢れた魔物の向こうに隠れて見えなくなったメルツェデスの、恐れおののく姿を幻視しながら、男は現実と乖離したかのような感覚に酔っていた。
怯えて声も出せないだろう、なんならへたり込んでいるだろう。
これだけの魔物相手に、まともな人間は太刀打ちなど出来ないのだから。
まともな人間ならば。
「なるほど? 確かにこれは楽しめそうですわね」
歪んだ愉悦に浸っていた男達の耳に、静かな声が聞こえた。
姿は見えないが、何故だか急に、男達の視界に先程と変わらぬ姿で立つメルツェデスが見えた気がした。
「我は、水なり。我が心、凪いだ水面のごとく。故に、我は鏡なり」
静かな、それこそ凪いだ水面のような声。
次の瞬間に男達の背筋を貫いた、嫌な予感。
化け物以上の化け物が、その向こうにいる。何故か、それが、わかった。
「さ、これだけの歓迎をしてくださったのです。相応に応えて差し上げましょう!」
メルツェデスの言葉に。
それまで気圧されたかのように身動きすらしていなかった魔物達が、一斉に襲いかかっていった。




