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露見する企み。

 そしてメルツェデス達が調査を開始したその夜のこと。


「首尾の方はどうだ?」

「ああ、あっちこっちで暴れさせてた連中は衛兵達にとっ捕まっていったよ、予定通りに」


 王都の片隅にある倉庫の中で、黒ずくめの衣装に身を包んだ二人の男がそんな会話をしていた。

 どうやらチンピラ連中を暴れさせていた首謀者のようだが、その彼らが捕まったというのに全く困った様子はない。

 むしろ、彼らの言葉を裏付けるように、予定通りと余裕の表情ですらある。


「しっかし、凄いことを考える人もいたもんだよなぁ。捨て駒をわざと捕まえさせて、衛兵や拘置所をパンクさせようだなんてよ」

「全くだ、おかげでここに来るまでに巡邏の連中を見なかったからなぁ」


 しみじみと言い合うと、男達は倉庫の隅に積まれていた箱の荷ほどきを始めた。


 ある程度以上凶暴な犯罪者であれば斬り捨ててしまうのもまだ合法なこの時代、拘置所が犯罪者で一杯になる事態など、起こるわけもない。

 いや、なかった。


 少しズレるが、例えば戦場においては、戦死者よりも負傷者の方が負担になる。

 戦死者は最悪その場に捨て置くことが出来るが、負傷者を置いていくことなど出来はしない。

 何しろそんなことをしてしまえば、生き残った兵士達はろくに戦わず逃げ出すことを選ぶようになるからだ。

 死んだらまだ仕方もないが、生きているのに見捨てられるとわかって命がけで戦える者などいるはずもない。

 だから指揮官達は、一人の負傷者を何人もの人間を使って運ばせる。

 つまり、死んでいない人間に対しては、複数の人間が手を取られるわけだ。


 そして、もしそれが、助けるべき負傷者ではなく、死なせる程ではない犯罪者に対して起こればどうなるか。

 そんな歴史的経験は、エデュラウム王国にはなかった。


 だが、例えばインド独立における非暴力不服従運動。

 抗議デモを行っていた群衆が、イギリス側の警察に言われるがまま拘置所に向かい、拘置所がパンクしたという逸話も伝えられている。

 そんな、暴力と法の隙間を狙ったようなやりくちを経験した世界もあるのだ。

 そして、その歴史を知っている人間も。


「これが明日も続けば衛兵共は取り調べで手が塞がって、街中の警戒なんてろくに出来はしない、っと」

「その間にこいつらを……ほんと、凄いこと考えるお人もいたもんだ」


 彼らが開けた箱の中に詰め込まれた、薄闇の中であって更に存在感を示す、闇そのものを固めたような石。

 魔石と呼ばれるものの中でも特に大ぶりなものばかりが並ぶその様子は、悍ましくすらあるのだが、彼らはそれを嬉々として見つめている。


 彼ら自身は、これを与えてくれたその発案者を知らない。

 直接の上役の、更にその上役でも知っているかどうか。

 だが、彼らにとってそれはどうでもいいこと。

 ただ彼らの望むことが実現できれば。


「この分なら、明日の夜には衛兵共は完全に動けなくなる。その間はこっちのやりたい放題ってな」

「街中に一体放り出すだけでもえらいことになるだろうに、あちこちで、だからなぁ」


 その光景を想像したのか、二人の男は互いに顔を見合わせ、唇を歪めた。

 恐らく笑みの形を作っているつもりなのだろう。

 だが、それを傍目で見る者がいれば、その悍ましさに背筋を震わせるだろうその表情。


 非暴力不服従の手法を真似た人間が、暴力的でない保証などない。

 むしろ、都合の良いところだけかすめ取って、その暴力性をより効率的に発揮させようとするはずだ。

 そして、この首謀者も彼らも、その類いの人間だった。

 出口がなく鬱屈した暴力性を内包していた連中が、知恵と暴力を与えられればどうなるか。


「ははっ、楽しみで仕方ねぇぜ、どんな有様になるかよぉ」

「ああ、さぞかし楽しい『お祭り』になるんだろうなぁ」


 王都に集う人々を、特に特権階級である貴族達を蹂躙し、嬲る。

 それが出来るだけの力が、今の彼らにはある。

 その力の証を手に取れば、脈打つように感じる底知れぬ魔力。

 およそ人間が手にできるはずもない力が、己の手の中にある。それも、いくつも。

 であれば、出来ないことなどあるわけもない。


 はずだった。

 ただ、彼らには一つだけ大事なものが足りなかった。


 ドカン! と爆発するような音がしたと思えば、倉庫の扉が蹴倒されていた。

 横にスライドして開くタイプの、押し込み強盗に備えて頑丈に作られていたはずの扉が。

 しっかりと鍵をかけ、閂まで噛ませていたはずの扉が。


 その向こうに見える、たった一人の少女の一蹴りによって、蹴り破られていた。


 あまりに信じがたいその光景を、男達の脳は受け入れることができない。

 できるわけがない。

 呆然と彼らが見ているうちに、その少女は蹴りを放った姿勢から、体軸を揺らすことなくゆっくりと足を地面へと戻す。

 その滑らかさ、流麗さはさながら前衛的な舞踊のよう。

 ただ、その纏う雰囲気は剣呑な兵器だとかのそれだったが。


「皆が心待ちにしていた祭りの前夜に、薄暗い倉庫でこそこそと。

 確かに悪だくみのお約束ではありますが、あまりに風情もなくありきたりで、退屈してしまいますわ?」


 言葉通り退屈そうに、それでいて淀みない足取りで進み出てきたの少女が纏うは闇の色にも似た漆黒のドレス。

 そのあちこちに配された真紅が、男達にとっては一層禍々しさを感じさせるアクセントになっている。

 

 まさか。

 

 男達の脳裏に、全く同時に一つの閃きが走る。

 こんな場所に顔を出す貴族の令嬢らしき少女。

 明らかに、こんな修羅場の空気に慣れた佇まい。


 そう、彼らには、たった一つ、運が足りなかった。

 

「だっ、誰だっ、お前はっ、誰だっ!」


 誰何の声を上げながら一人が剣を抜き放てば、呆けていたもう一人も武器を取り出す。

 その武器が、魔術師の使うような杖だったのを認めて、少女の目が一瞬細まり。

 また、先程のように退屈した表情を見せた。


「名乗りもせずに人の名を暴こうなどと、無粋にも程がありましてよ?

 まあ、あなたがたにそれを求めるのも無理なのでしょうけれども」


 そう零しながら進み出るその足取りは、あるいは楚々としたものと言ってもいいかも知れない。

 ただ、その遠慮の無さは令嬢のそれではなく。

 むしろ、場慣れした軍人かのようで。


 なんだかんだ言いながら、本当の命のやり取りを経験したことのない二人は、その圧に押されて思わず後ずさる。


「皆が待ち望んだ祭りを控えるこの夜に、睨みを利かすは『天下御免」の向こう傷。

 誰が呼んだか退屈令嬢、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ、ここに推参つかまつりましたわ!」


 そう言いながら左手を翻せば、踊る黒髪の向こうに見える真紅の三日月。

 男達を見据えるメルツェデスの眼差しよりも鋭く、ギロリと睨み付けるかのように見えたそれに、男達は知らぬうちに二歩三歩と後ろに下がっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] てめえらの企む悪事なんぞ、この額の三日月がまるっとお見通しよ!!
[一言] 確かに軽度の犯罪者が一杯に成ったら、切り捨てられる場合より、却って衛兵に負担が掛かる。でもそれは充分な人員的な力が有ってこそです。それほどの人員を動かせるなら、確かに警戒から逃れられるのは仕…
[良い点] 現代の知識を悪用した、正に悪辣この上ないやり口でしたが、しかし残念ながら未だに黒幕は転生者=ジーク様と思ってますからねー。まさかこんな祭典で起こした事件に関わって来るとは思っていないし、何…
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