朧気ながらも。
何とか男達が落ち着いた後、ヘルミーナの出店は後は仕上げだけだからと部下に任せたゴンザが男達を連れて行き、倉庫にはメルツェデスにブランドル、そしてヘルミーナが残っていた。
いや、正確に言えばハンナとヘルミーナの侍女も控えてはいるが。
「結局本当の狙いはわからずじまい。これでは落ち着いて商売もできない」
「そうねぇ、多分もうミーナのとこは大丈夫だと思うわよ」
当然と言えば当然な懸念に、しかしメルツェデスはどこか自信ありげに言う。
予想外の答えにメルツェデスを見て、それから、ブランドルや他の面々を見るが、どうやら皆同じく合点のいっていない顔だ。
「別段ミーナの出店を狙ったわけではないし、彼らが来たのは偶然でしかないわ。
恐らくだけど、同じような連中を雇ってあちこちに散らしているだけで、重点的にこの辺りに配置はしていないと思うのよ」
「ということは、お嬢様は連中の狙いがわかったとおっしゃる?」
どこか確信めいたメルツェデスの言いようにブランドルが問いかければ、返ってきたのは、しかし首を横に振る仕草だった。
「いえ、まだわかったわけではないわ。けれど、連中の狙いが別にあることだけは間違いないと思うの」
そこで一度言葉を区切ると、メルツェデスは一堂を見渡す。
どういうことなのだろうかと思案げ、あるいは興味深げな反応を、そして自分と同じ推測に至っている者が他にいないらしいと確認してから、言葉を続けた。
「まず、ブランドル一家を騙ったことから最初に考えつく狙いは、ブランドル一家を潰すことだけれど……これは、間違いなくないわね。
あれが騒ぎになったところで、普段のブランドル一家を知っている人間からすれば偽物であるとはすぐ気付くはず。例えば街の衛兵とか。
それがわからないというのなら、潰そうとする側として甘すぎるわ」
メルツェデスがそこまで説明したところで、ヘルミーナがポンと手を打つ。
「なるほど、ということはこの程度の騒ぎを起こすことが目的? だから、あちこちに散らしてると予想した、と。
あそこで騒ぎを起こすことが目的なら、あの騒ぎに乗じて他に何かしてるはずだけれど、それはないみたいだし」
「ええ、その可能性が高いと思う。そうなると、では何のために騒ぎを起こそうとしたのか、が問題なのだけれど……流石にそこまではわからないのよね」
ヘルミーナへと頷いてみせながら、ふぅ、とメルツェデスは溜息を零した。
そこまでは恐らく間違いない。しかし、では一体何が。考えようにも、ここから先がわからないでは手の打ちようもない。
そんなメルツェデスを見ていたヘルミーナが、ふと思いついたように口を開く。
「意味もなく騒がせているのなら、それ自体が目的。つまり、陽動や目くらましの可能性は?」
「……その線が濃厚そうね。となると、他に騒ぎを起こそうとしてる連中を追うのではなく、その大元、依頼してる側を抑えた方が良さそうだわ」
「そこまで調べるの?」
被害らしき被害もなく、明日以降も心配なさそうだとあってヘルミーナの関心は若干薄れてきている。
しかし、メルツェデスは首を横に振って、それに答えた。
「ええ、何かろくでもない狙いがあると思えてならないのよ。わたくしの勘でしかないけれど」
彼女を知るものからすれば、ともすればらしくもない、勘頼みな発言。
根拠も何もない、論理的とはとても言えないそれに対して。
「なるほど、お嬢様がおっしゃるのならきっとそうなんでしょう」
ブランドルは、あっさりと受け入れる姿勢を示した。
もちろんハンナは揺るぎなく信じている顔をしている。
その隣でヘルミーナの侍女はびっくりした顔をしているが、この辺りは付き合いの長さの差というものだろう。
「こう言っちゃぁなんですが、お嬢様の言うことで間違いがあったためしは、ほっとんどないでしょう。
だったらあっしはそれを信じるだけ。……まあ、そうでないと動きようがないとも言いやすがね」
ちなみに、その数少ない例外は、彼女自身の評価だったり向けられる視線や好意に関してだったりするのだが、それを口にするようなブランドルではない。
若干親目線で、そのままのメルツェデスで居て欲しいとすら思っているくらいである。
「ありがとう、ブランドル。そうなると、色々動いてもらいたいのだけれど」
「もちろんです。あいつらにこんな舐めた真似をさせた連中には痛い目を見てもらいたいところでやすしね」
そしてブランドルの願い通りに、何を思われているのか全く気付いていないメルツェデスは、早速頭を切り替えていた。
こうなったメルツェデス相手に、否という返事をブランドルは持ち合わせない。
ついでに言えば、ここまで仲間達と育ててきた看板に泥を塗られたことも気に入らない。
騙った男達自身は、恐らくよくわかっていないのだろうとすぐに当たりが付いた。
となると本当の意味で泥を塗ったのは、その後ろにいる連中である。
依頼した側からすれば残念なことに、ブランドルはその程度の見通しは利く男なのだ。
「なら、いつものように聞き込みに手を貸して欲しいのだけれど……縄張りの外にも行ってもらわないといけないわね」
「なるほど? うちの縄張りにちょっかいを掛けさせるなら、その内側で声を掛けるわけもないですな。なんせうちの連中にいつ見つかるかわからねぇですからね」
「そういうこと。……ああ、逆に他のとこの縄張りにちょっかい掛ける相手をこっちで探してるかも知れないわね」
「それも確かに。なら、内と外に人をそれぞれやりやしょう」
メルツェデスの指示に納得したブランドルは、深々と頭を下げる。
まあ、彼がメルツェデスの指示に不服を覚えたことなど、とんとないのだが。
「ハンナは……そうね、動かせる人はどれくらいいるかしら」
「時期が時期ですから、そう多くは。五人ほどでしょうか……ああ、ミラは強制的に参加させます」
「そうねぇ、この場合は彼女の顔の広さが物を言いそうだし」
ハンナの返答に、メルツェデスは頷いて返す。
普段はおちゃらけているミラだが、密偵としてはかなり優秀な部類に入る。
中でも市井に入り込んでの情報収集が得意で、彼女が集めてきた噂話が事件解決の糸口になったことは少なくない。
「……ただ、最近顔が広くなりすぎているようにも。特に女性相手に。
スピフィール男爵令嬢様がやきもきしてらっしゃるという話も聞きます」
「ああ、あの子、女心をくすぐるのがやたらと上手いみたいだものねぇ。今度注意しておかないと」
恐らくこの場にミラが居たら、『お嬢にだけは言われたくない! 絶対に!』と言いそうなことを、サラリというメルツェデス。
ヘルミーナすら『え。』と言いたげな顔を作り、侍女など思わず口元を抑えて顔を伏せた程。
慣れているハンナとブランドルは全く表情を動かさないのは、流石と言って良いのかどうなのか。
「……そうなると、私は何をすれば?」
この場においてメルツェデスの『退屈しのぎ』に慣れていないヘルミーナが、おずおずと尋ねる。
侍女などはやめておけと言わんばかりの顔を一瞬作り、すぐにまた表情を消した。
残念ながら、メルツェデスの動体視力はそれを捕らえてはいたが。
そして、実際この段階でヘルミーナに動いてもらうことはない。
彼女自身が隠密だ聞き込みだといった裏方仕事には不慣れであるし、使える密偵なども恐らくいない。
唯一、側仕えの侍女はある程度こなせそうだが、彼女はヘルミーナの傍を離れることをよしとしないだろう。
だから、メルツェデスはヘルミーナへと微笑みを向ける。
「もちろん決まっているわ。明日の準備をしっかりしてちょうだい。
ついでに、全部終わった後、とびっきり美味しいアイスを振る舞ってくれると嬉しいわね」
メルツェデスがそう言えば、ヘルミーナはぱちくりと目を瞬かせ。
「任せて。メル達に奢っても充分おつりがくる位稼いでおくから」
そう答えると、ニンマリ唇を曲げて笑みを見せた。




