偽物と本物と。
間の抜けた声を思わず出してしまった二人は、ちらり、ちらりと互いに横目で視線を交わし。
「……知っているかしら?」
「いや、知りやせんねぇ」
と、短く言葉を交わす。
言うまでもなく、メルツェデスもゴンザもブランドル一家のことは知っているし、この辺りが一家の勢力圏であることもわかっている。
メルツェデスが問うたのは『彼らを知っているか』ということであるが、敢えてその目的語を省略した形。
そしてゴンザもメルツェデスが意図したことを汲んで、手短に答えている。
するとどうなるか。
「おうおう、俺達ブランドル一家を知らねぇとは、とんだモグリもいたもんだぜ!
なあ、お前等!」
と、このように勘違いをする余地が生まれ、男は見事にはまっていた。
半ば憐れまれていることにも気付かず、男が後ろに控えている手下らしき男達に声をかければ「全くだ!」と、同調した笑いが起こる。
このやり取りで、彼らはブランドル一家が名を馳せていることは知っているが、その実態は知らないこと、権威を笠に着ると調子に乗る性格であることなどを把握されたのだが、もちろんそのことには気がつかない。
となると、当然二番手であるゴンザの顔すら知らないのも仕方ないと言えば仕方ない。
かなり致命的なやらかしではあるのだが。
この手のチンピラにありがちな、知らないと言われて激高するなどの反応がなかったのは、彼らにとってブランドル一家の看板が偽物だからか、元の性格からなのか。
これはもう少し観察しなければわからないが。
少なくとも現時点で手に入れた情報を考えるに、これ以上の観察は必要なさそうだ。
何しろ、はっきり言って三流かそれ以下のチンピラでしかないとしか考えられないのだから。
そんな三流連中が、彼らすら知っているブランドル一家の名を騙って狼藉を働いている、ということは。
「ゴンザ、大怪我させない程度で取り押さえられるわよね?」
「ええ、なんならあっし一人でも充分でやすが」
メルツェデスの問いに、ゴンザがゆっくりと頷いて見せる。
恐らく、彼らを唆した奴がいるはず。ならば、とっ捕まえて吐かせるのが早い。
その意図を汲んだゴンザが一歩前に進み出ると、予想外だったのか、男達に若干の動揺が走る。
「お、おう、なんだおっさん、やろうってのか?」
「俺達五人相手に、一人で敵うわけねぇだろが!」
口々に言うが、ゴンザの顔には余裕の表情。
もちろんメルツェデスやハンナには遠く及びはしないが、それでも地回り稼業でNo2を張る男だ、度胸も腕っ節も確かなもの。
そのゴンザの落ち着きっぷりに焦りのようなものを感じた男が、思わず声を上げた。
「お、俺達ブランドル一家に逆らったらどうなるか、わかってんのか?」
「ほう、どうなるってんだ、教えてくれるか?」
「……ん?」
答えたのは、ゴンザではない。
メルツェデス達と対峙する男達の、更にその背後から、その声は聞こえた。
気付いた男達が一斉にばっと後ろを振り返れば、そこに居たのは愉快そうに笑う一人の偉丈夫。
「いやぁ、お嬢様達の様子を見に来たら、何やら面白そうなことを言ってやがるんで、ついつい首を突っ込んじまった」
笑いながらガシガシと首を掻くその姿は、まるで無防備で無造作。
だというのに、男達は何故か殴りかかろうとも思えず男を見ることしかできない。
「で、どうなるってんだ? なんせ俺も、ちんけな一家を率いるブランドルってもんだからよ、同じ名前の親分とやらがどうするのか、参考までに一つお聞かせいただきてぇんだが」
「は?」
心から愉快そうに言う男、ブランドルの言葉に男達は目を丸くして絶句する。
ブランドルと名乗った男のもつ佇まいは、明らかに男達とは違うもの。
余裕や貫禄といったものを感じさせるそれは、彼こそが『本物』であると、男達にすら認識させた。
「親分、お早いお着きで。あちらの方はもういいんですかい?」
「ああ、これが虫の知らせってのか、こっちが気になって手早く片付けたら、これだよ。まったく、退屈しねぇぜ」
ゴンザが軽い調子で声をかければ、ブランドルもまた同じく返す。
そのやり取りは、ゴンザもまたブランドル一家の手の者、それも親分のブランドルに近しい立場の者と嫌でもわかるもので。
「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分達がやらかしすぎた事を理解した男達は完全なキャパオーバーに陥り、地面に額を打ち付けながら、その場に土下座した。
その後、地面に張り付いたかのような男達の平身低頭ぶりに、『ここでは往来の邪魔になるから』という容赦ない理由で男達はカフェの倉庫に連れていかれた。
完全に血の気を失って顔面蒼白な男達は、纏めて1カ所に座らされる。
ちなみに、石の床の上で正座である。
「で、どうしてまた、あんなちんけなショバ代シノギみてぇな真似してたんだ? それも、うちの一家を騙ってよ」
男達の前にブランドルが立てば、もはや彼らはガクブルと震えることすら出来ない。
完全に観念した顔で、男達は問われるままに語り出す。
いわく、貴族風の男に仕事として依頼されたとのこと。
この辺りの地回りとして良くも悪くも有名になっているブランドル一家の名前を、普段出店を出していない人間相手に使えば簡単に言うことを聞くはずだとか細々とやり方の指導までされたのだとか。
前金もそれなりに積まれ、更に巻き上げたショバ代は懐に入れていいと言われ、一儲けできると喜び勇んで引き受けてしまったらしい。
「……なんとも気に入らないやり口ね」
メルツェデスが呟けば男達は震え上がるが、彼女が気に入らないのは彼らのセコい行いではない。
裏の世界にある程度通じた小賢しさと、まるで自分は全て知っていると言わんばかりの調べの甘さ。
このアンバランスさに、彼女の勘が引っかかってならない。
「で、その貴族風の奴の名前は? そいつは何を考えてんだ?」
「し、知らねぇんです、ほんとです、信じてください! なんでもしますから!」
そんなやりとりも聞こえてくるが、実際に知らないのだろう。
恐らくその依頼者には更に指示を出した黒幕がいるはずで、それがもしメルツェデスの脳裏に浮かんだ人物であれば、辿れる痕跡も残していないはずだ。
となれば、彼らから得られる情報はこんなところか。
「聞きたいことは聞けました。ブランドル、後の始末は任せますわね」
「へい、お嬢様、ありがとうございやす」
メルツェデスがそう言えば、ブランドルは深々と頭を下げ。
それから、嬉々とした顔で男達に向き直った。
「さて、確かに色々しゃべっちゃくれたが、うちの名を騙ってくれた上に『なんでもする』と言いやがったんだ、覚悟はできてるよな?」
「ひっ、ひぃっ!」
ご機嫌な様子でブランドルが言えば、男達は途端に震え上がる。
確かに覚悟もしたが、こうして会話をしたことで少しばかり気も緩んでしまった。
そこにこの言葉だ、その落差で一層の恐怖を感じても仕方が無い。
だが、そんな彼らに対してブランドルはあくまでも笑みを見せ。
「そんじゃ、うちの一家に正式に入ってもらおうか」
さも当然のように、そんなことを言うのだ。
言われた男達はもちろん、メルツェデス達も目をぱちくりとさせ。
一人、ゴンザだけが、『また悪い癖が出た』などと呟きながら額に手を当てている。
「うちの一家に入りゃぁ、まあ、先払いってことで一家の名前を使ったことも何とかできる。
ゴンザやうちの連中は煩いだろうが、俺が口を利けば、しばらくは抑えてくれるだろうよ」
呆気に取られているうちに、一人納得顔で話を進めるブランドル。
苦笑を見せているゴンザも、しかし口を挟むつもりはなさそうだ。
「大体三ヶ月か、そんくらい真面目に言うこと聞いてお勤めしてりゃ、他の連中の見る目も変わってくらぁ。
それまでの辛抱ができるってんなら、うちに来い。なんでもするって言ったろ?」
名案だとばかりに笑うブランドルに、男達は何も言えずにいる。
言える訳がない。
口を開けば、出てくるのは言葉ではないと、わかっているから。
「大体、そんな恵まれたガタイしといて、しょぼい銭稼ぎしてんじゃねぇ。
俺んとこに来たら、背筋の通った稼ぎってもんを教えてやるからよ」
そう言って、ブランドルがリーダー格の男の背中をバンッ! と叩けば、もう堪えきれなかった。
男は、男達は、堰を切ったように涙を溢れさせ、口々に嗚咽を漏らす。
これならば、きっと立ち直らせられるだろう。
その様子を見ていたブランドルは、実に満足げだった。
「……とんだ人タラシね、ブランドルったら」
「いや、お嬢様にだけは言われたくないと思いますぜ?」
その横で、メルツェデスとゴンザがそんな会話を交わしていたりしつつ。