出店準備と。
そんな、色々な意味でヘルミーナの成長を感じたお茶会からしばらく。
いよいよ盛夏祭初日が明日に控え、ヘルミーナの出店が組み立てられ始めていた。
もちろん、ヘルミーナ自身が組み立てる、わけはない。
「ピスケシオス様、一先ず仮組みができやしたが、いかがでございましょう?」
「うん、これなら作業スペースも充分だと思うし、大丈夫じゃないかな」
いかついガタイの男性が声をかければ、ヘルミーナも気楽に応じる。
どう見ても平民、どちらかと言えば若干アウトロー寄りな外見だが、ヘルミーナはまるで気にした様子がない。
傍で控えている侍女は、代わりとばかりに視線をあちらこちらへ、気付かれないように配っているが。
しかし、ヘルミーナが気楽なのも無理はない。
「流石ブランドル一家、手際が良いし見た目も場所柄にあったものをきっちり用意してきてくれている。
ありがとうゴンザ、これなら明日は爆売れ間違いなし」
「いやいや、お褒めに預かり恐縮です。お嬢様の大事なご友人であらせられるピスケシオス様のためとあればこれくらいお安いご用ですよ」
ヘルミーナに礼を言われれば、いかつい男、ブランドル一家の二番手であるゴンザはニッカリと笑って見せる。
そう、親友が出店するとあってメルツェデスが協力を申し出、ヘルミーナも渡りに船とばかりに受け入れた結果が、ブランドル一家による出店の組み立てであった。
何しろ以前サムやジムが串焼きの出店をやっていたように、こうした商売はブランドル一家の大きな収入源の一つ。
当然出店を組み立てるなどお手の物、なんなら場所柄に応じた複数のデザインまで持っている始末。
そこにメルツェデスからお願いされたのだ、普段から恩を返したくても返せないブランドルからしても渡りに船。
流石に彼本人は出張らないものの、二番手であるゴンザを派遣する辺り、力の入り具合もわかろうと言うものだ。
「ここまでやってもらっちゃ、あたしや店長の出る幕もないですねぇ」
「いやいや、カーシャさんは明日の準備をしてもらわないとですからね。力仕事はあっしらにお任せください」
普段の給仕姿と違う動きやすそうな、作業を手伝うに丁度良さそうな服装をしたカーシャが冗談めかして言えば、ゴンザもまた明るく笑って返す。
カーシャの出番は本来明日だが、人に任せきり、というのもなんだか落ち着かないらしい。
「そうそう、カーシャは明日のために練習あるのみ。目にも留まらぬ早業でアイスを盛ってもらわないと」
「いやまあ、その練習もちゃんとしてますよ? ある程度目処が立ったんで、ってのもあったんですが……まあ確かに、こっちで出番はなさそうですねぇ」
そう返すカーシャの目の前で、ブランドル一家の者達がキビキビと動き、仮組みから本格的な設営に入っていた。
機能性やスペースを確認してもらうために無機的に見えていた出店が、みるみる内にシックでありながら優美さも感じさせる外観へと変わっていく。
実はデザイン周りには、現代日本のクッキングカーの外装を知るメルツェデスが一枚噛んでいたりするのだが、そのことはヘルミーナも知らない。
知らないながらもそのデザインは彼女的に満足のいくものだったらしく、その目はキラキラと輝きを帯び始めていた。
と、そんな彼女らへと声が掛かる。
「あらあら、もうこんなに出来ているの? 流石ゴンザね、仕事が早いわ」
「おっと、これはお嬢様、よくぞいらっしゃいました。お褒めに預かり恐縮でやす」
組み上がってきた屋台へと楽しげに視線を向けながらやってきたメルツェデスへとゴンザが頭を下げれば、規律正しく作業をしていた若い衆も姿勢を正して一斉に頭を下げた。
その光景にカーシャは思わず苦笑し、ヘルミーナは感心したようにその様子を見ている。
ブランドル一家のその動きは、流石にプレヴァルゴ家の兵士達のような規律はない。
だがしかし、敬うべき相手には相応の態度を見せるという自律のようなものが感じられる。
それがまた、こうも揃った動きを生み出しているのだから、興味深いのも道理だろう。
「わざわざ見に来てくれたの? メルのおかげで、とても助かっている。彼らの仕事は実に素晴らしい」
「それはもう、親友の出店がどうなっているかなんて、気にならない方がおかしいわ。
もちろん彼らの仕事を信頼はしているし、ミーナの期待に応えられたのは嬉しいけれど」
ヘルミーナへと返しながら、メルツェデスは改めて出来上がりつつある出店を見やる。
カフェのある通りは貴族街も近く、行き交う人々も周囲の建物もそれなりに上品なものだ。
その通りにあって、悪目立ちするほど庶民的でもなく、平民が引くほど華美でもなく。
程よい上品さを纏った出店は、この通りによく馴染んでいた。
「ヘルミーナ様にご満足いただけたのも、お嬢様のおかげでやすよ」
「……あら、わたくしは別に、何もしていないけれど?」
どうやら合格点はもらえたらしいとメルツェデスの様子から判断したゴンザが声を掛けるが、メルツェデスは素っ気ない。
先程も述べたが、ブランドル一家の出店はメルツェデスのアイディアを盛り込んだデザインが為されているものが多い。
そして、この出店のデザインにも一枚噛んでおり、だからゴンザもメルツェデスのおかげ、と言ったのだが。
当のメルツェデスが大っぴらに褒められたくない、と言わんばかりの態度を見せたのを受けて、ゴンザはそれ以上言わず引き下がった。
これまでの付き合いで、彼女が自分の手柄になどこだわっていないこと、何ならむしろ褒められたくないとすら思っているのではないかということはわかっている。
そのことを察しながらも顔には全く出さない。
この辺りは、流石ブランドルの右腕なだけはある、と言って良いだろう。
「カーシャさんの方はどうかしら、アイスやシャーベットの取り扱いは気を遣うでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。でもまあ、ピスケシオス様の作られた器具がとても便利でして、直接手で触らないよう気をつけるくらいで何とかなりそうですよ」
メルツェデスの労いに、カーシャは滑らかな動作で頭を下げて答える。
口調こそ平民としては気安いものだが、その仕草は洗練されたもの。
これならば、明日出店に来る客も一層の満足感を得ることだろう。
「それにしても……ミーナ、いつの間にあれだけの、アイスやシャーベットを氷温貯蔵する器具を作ってたの?」
「それはもう、去年の冬から。氷属性の魔道具を作るにはやはり冬が一番」
それはもう得意げに、ヘルミーナが胸を張る。
なるほど言われてみれば納得もする。
だが、すぐに別の疑問も思い浮かぶ。
「侯爵様とお金の話をしたのは今年の夏よね?」
「うん、そうだけど?」
唐突な問いかけに、ヘルミーナは小首を傾げる。
しかしその返答は、メルツェデスの疑惑を深めただけだった。
「……なのに、屋外でも大丈夫な器具を、去年の冬から作っていたわけ? 一人で食べるだけなら、いくらでもすぐに作れるでしょうに」
じぃ、と見つめるメルツェデスから、ヘルミーナは目を逸らす。
つまり図星ということであり、その意味するところを考えれば。
「もう、ミーナってば本当に可愛いんだから」
「ちがっ、か、可愛くなんかないっ! 私はクールビューティーなんだからっ!」
メルツェデスが思わず抱きしめれば、ヘルミーナはわたわたと暴れて逃れようとする。
もちろん、悲しいくらいの腕力差のため、逃げることなどできるわけもないのだが。
そんな二人のやり取りを、カーシャやゴンザ達は、微笑ましげに眺めていた。
それで終われば、良かったのだが。
「おうおう、おめぇら、誰に断ってここで商売してやがんだぁ?」
賑やかでありながら和やかな空気をぶち壊すかのように、しゃがれた声が掛かる。
はて、と見やれば、いかにもアウトローでございと言わんばかりな外見の男達が五人ばかり。
ちらり、とメルツェデスがゴンザに視線を流せば、落ち着いた様子でゴンザが小さく頷いて返す。
なるほど、男衆の人数だけならば、確かにあちらの方が多いだろう。
だが、メルツェデスやゴンザの見立てでは、なんならゴンザ一人でも叩きのめせる程度の腕前に見える。
ましてメルツェデスも、気配を消して控えているハンナも居る状況、制圧は実に容易い。
そして、彼らはそんな力量差を感じ取ることも出来ないでいるのだが、そんなことに気付きもせず、言い返されないことを良いことに調子づく。
「ここが俺達ブランドル一家のシマだって、わかって店を出してんだろうなぁ?」
リーダーらしい、特に体格のいい男がそう言った途端、奇妙な沈黙が流れ。
「「は?」」
計ったわけでもないのに、メルツェデスとゴンザの、間の抜けた声が重なって響いた。




