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ヘルミーナの狙い。

「それにしても、なんだってまた、侯爵令嬢が出店なんて出そうって考えたわけ?」


 拗ねているのか照れているのかよくわからないヘルミーナの反応が一段落付いたところで、エレーナが至極もっともな問いを発した。


 何しろ上位貴族である侯爵家、それも魔術の名門で押しも押されぬ立場を確立しているピスケシオス家なのだ、収入は十二分にある。

 さらに現当主は散財もせず研究に没頭しているのだ、研究資料を買い込むことはあれど、財政が傾くような散財はしていない。

 となれば、その家の令嬢であるヘルミーナが出店を出して商売をする必要性などないはずなのだが。


 その問いに、ヘルミーナは神妙な顔を作ってみせる。


「うん、実は前々から色々と魔術関連の本や素材を集めているのだけど、最近出物が多くて、私的に使える額をオーバーしそうになっていてね。

 そこで父上に相談したら、紆余曲折を経た結果、今度の盛夏祭で出店を出して得た利益をそのまままるっと使っていいって許可をもらったの」

「何がどうしたらそうなるの!?」


 神妙な顔のまま淡々と、淀みなく。

 恐らくエレーナの問いを予想していたであろう返答に、そのエレーナが理解できずツッコミの声を上げてしまった。

 何故魔術の名家であるピスケシオス家の当主が、地回りの出店も少なからず出る盛夏祭に出店することを許可したのか、いや、そもそもそんなアイディアが出たのか、理解できない。

 更にそれで嫌とも言わずに乗ったヘルミーナも理解できない。


 だが、理解を示す者も居た。残念ながら。


「なるほど、ピスケシオス侯爵様も上手いこと考えるわね。売り上げでなく利益を、だなんて」


 感心したようなメルツェデスの声に、混乱していたエレーナはぴたりと動きを止めた。

 その意図するところを考え、理解して。


「そ、そこは確かにそうね、売り上げでなく利益、だものね」

「確かに、下手な商売なんてしたら、利益どころか赤字になっちゃいそうよね」


 ほぼ同時に理解したフランツィスカも合いの手を入れる。

 当たり前だが、出店を出すにも資金が必要だ。

 商品を揃える原価はもちろん、屋台などの設備にかかる金もバカにならない。

 それらの費用をまかなえた後に利益が出るのだが、素人商売ではこの損益分岐点を超えるのが中々難しい。

 もしかしたらピスケシオス侯爵は、それも踏まえて社会勉強も兼ねて許可したのかも知れない。

 しかし、そう考えると。


「……それ、厳しくない? ミーナに客商売とか、どう考えても無理でしょ」


 クララも思っていたことを、エレーナが歯に衣着せる素振りすらなくどストレートに言う。

 単純に貴族令嬢が客商売などやったことがあるわけもない、というのもあるが、それ以上にヘルミーナの性格はどう考えても客商売には向いていない。むしろやってはいけないレベルだ。

 例えば一年前のヘルミーナであれば、ふとした弾みで一般市民にアイスランスの一つもぶち込みかねなかった。

 今ではかなり丸くなったとはいえ、初対面の他人相手に接客ができるレベルでもない。

 そんな、主に客としてくるかも知れない人への心配を目に浮かべながらのエレーナに、ヘルミーナは得意げに笑って見せた。


「ふ、心配無用。私とてそれは理解している。むしろ想像して、自分でも無理だと2秒で思った」

「いや、それ自慢にも何にもならないからね?」


 あっさりと、しかしそれでいて自信たっぷりにヘルミーナが言えば、ジト目になったエレーナが呆れたような声で言う。

 フランツィスカも困ったように眉を寄せながらも笑みの形を作り、クララに至っては思わず頷きそうになったのを必死に堪えて、なんだか妙な顔になっている。


 そんな微妙な空気の中、メルツェデスが小首を傾げた。


「でも、それがわかっているのに出店するのよね? ミーナが考えなしに強行するとも思えないのだけど」

「もちろん。当初はうちの侍女やメイドに売り子をやらせようと思ったのだけど」


 そう言いながらヘルミーナが、後ろに控えていた侍女へと目をやれば、ふるふると力無く首を横に振るのが見える。

 もしやあの疲れ方は、ヘルミーナにねだられたせいもあったのだろうか。

 だがしかし、それを諦めたようなことをヘルミーナは言っている。とすれば。

 

「うちの侍女は子爵家の令嬢、メイドの中には男爵令嬢もいる。

 私ほどではないけど、彼女達にも客商売は厳しいんじゃないかと諭された」

「……そ、そんなことを言われたのですか……」


 予想を越える対応の仕方に、思わずクララは尊敬の眼差しを侍女へと向けてしまう。

 子爵令嬢でありながら『マジキチ』ヘルミーナへと遠回しであるとはいえ『あなたに客商売は向いていない』と言えるその胆力。

 ある意味、流石ヘルミーナ付きの侍女、と言えるかも知れない。


「そこまで言われて、流石に私も考えた。そしてある時ふと閃いた。

 だったら、客商売に慣れている人を雇えばいい、と」

「なるほど、それは確かに真っ当な考え方ね」


 納得したようにエレーナが頷く。

 だが、その数秒後に、そのことを後悔するのだが。


「ということで、カーシャを巻き込むことにした」

「なんで!? なんで彼女を巻き込むの、彼女にだって仕事があるでしょ!?」


 上げられた人物のあまりの予想外さに、また声を上げてしまう。

 『夜狐』騒動の舞台となったカフェの店員であり、元『夜狐』一味でもあるカーシャ。

 期末試験の打ち上げにヘルミーナも連れて行ったので、確かに顔見知りにはなっていたはずではあるが、エレーナの知る限り、ヘルミーナがあのカフェに行ったのはその一度きりのはずだ。

 そんな知り合いとも言えない人間に何てことを頼むのだとエレーナなどは狼狽してしまうのだが、ヘルミーナは涼しい顔である。


「大丈夫、彼女のカフェも出店を出す予定で、新商品を考えてたところだったから渡りに船だったらしい。

 こちらは売り子が見つかり、あちらはこれ以上無く目新しい新商品が手に入る、まさにwin-win」

「くっ、滅茶苦茶に見えるけど筋が通ってなくもないっ」


 思わぬ反論に、ツッコミを入れられなかったエレーナは悔しげに唇を噛みしめる。

 

「確かにあのカフェだったら、最近貴族階級で流行りだした氷菓の話は聞いているだろうし、取り入れたいはず。

 立地もいいし、出店で提供する程度の価格なら、お祭りだからと奮発する人からすれば手を出しやすい。

 そう考えると三方よしとすら言えるわねぇ」


 納得、むしろ感心したようにメルツェデスがしみじみと零す。

 本来の三方よしとは、昔近江商人が掲げていた経営哲学で、売り手と買い手が満足するだけでなく、社会に貢献できてこそ良い商売である、という考え方である。

 今回の場合であれば雇用主と被雇用者、商品の提供を受ける顧客、という変則的な三方よしと言えなくもないだろう。


「ついでに、あちら側には利益配分を7:3で提案している。さぞかし一所懸命に売ってくれると思われ」

「……ミーナ、中々阿漕なことするわね……」

「でも、向こうからすれば良い条件でもあるのよね、この場合は」


 かなり悪役令嬢っぽい笑みを浮かべるヘルミーナを見て呆れるエレーナと、感心するメルツェデス。

 流石のエレーナも、フランツィスカも理解できていないのか、きょとんとしている。


「飲食の商売だと、原価率は三割に抑えろ、なんて言われるのよ。残りは人件費やら設備費やらで消えていくのね。

 そして多分それは店長さんやカーシャさんもわかってると思うのだけど、そこにミーナが作る氷菓からくる利益の3割を渡すと言われたら、飛びつくと思うのよね」

「……なるほど、話題性は抜群な上に、原価は大してかからない。

 出店の設備費だとかをクリアすれば、後は売れば売るだけ儲かるし、定額でなく3割という設定だと売るほどにカーシャさん達への報酬も大きくなる、と」

「随分な飴と鞭ね……」


 納得したフランツィスカが頷けば、エレーナは脱力したような呆れた声を出す。

 だが、数秒後にはっとした顔でヘルミーナへと向き直った。


「……だから、カーシャさん達なの? この仕組みが理解できるだけの素養があるから」


 そう、この仕組みを、計算を伴って理解できる人間でなければ、思うようには働いてくれないはずである。

 しかし、下級貴族の相手もするカーシャと店長であれば、その条件はクリアできるだろう。

 問いただすようなエレーナの視線に、ヘルミーナは満足げな笑みを見せ。


「うん、その通り。私の知る限り、それだけの素養を持っていて、かつ信頼出来る飲食店経営者は、彼女達くらいしかいないし」


 自信たっぷりなその言葉に、エレーナは絶句してしまう。

 そして、フランツィスカは思わず目元を抑えていた。

 あのヘルミーナが、人を見て、信じて任せるということまで出来るようになっている。

 そのことが、言葉では言い表せない感動となってフランツィスカに押し寄せてきていたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] フランママ「あの子、私達が育てたんですよ…。(T_T)」
[良い点] あのミーナさんがツッコミに入られない程に賢く成りましたね! まぁ、確かに元も魔術研究に対して賢いですけどw
[良い点] ヘルミーナ様、本当に立派になられて…メル様が悲しい過去と貴族社会の嫌な部分の凝縮で“悪役令嬢メルツェデス”になってしまったのと違って、ヘルミーナ様は本来の性分のままに“極悪令嬢”“マジキチ…
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