真の目的。
「しかし、これで終わりと思わないことだね」
そう自信たっぷりに言いながらヘルミーナが指し示したのは、氷の塊とも言えるシャーベットとはまた違ったもの。
シャーベットよりももったりとしたその塊は、そう、アイスクリームである。
「え、これもお菓子なんですか? この、シャーベットとはまた違う見た目ですけど……というか、これもたくさん種類があるんですか!?」
一番最初に見えたのは、牛乳で作られた白いアイスクリーム。
しかし、それ以外にもオレンジ色やピンク色など色とりどりのものが並べられていた。
「なるほど、これは確かに実験と言って良い規模ね。……味の方も、確かに研究の成果があったと言って良いものだし」
「メルにそう言われると、結構な達成感がある。流石私」
早速ミルクアイスに手を付けたメルツェデスが賞賛の声を上げれば、ヘルミーナは少々照れたような顔を見せた。
何しろ元々アイスクリームの考案者……とヘルミーナや他の人間には思われているメルツェデスだ、アイスクリームの味自体は、少なくとも去年の時点では彼女の方が上だった。
だが、この一年弱の間に研鑽を重ねたのであろうヘルミーナのアイスクリームは、最早去年のメルツェデスのそれを凌駕したと言って過言では無い美味しさである。
「それに、この口当たりのよさ……これ、かなり上手くかき回して空気を含ませないと出来ないと思うのだけど」
「ああ、うん。……そこはまあ、その。もやし野郎に手伝わせた」
リヒターの功績を口に為るのが躊躇われたのか、そこでだけ歯切れが悪くなるヘルミーナ。
確かに、空気を含ませるとなれば風属性魔術の使い手であるリヒターは上手い方法を考えもしたのだろうし、実際にやってのけたのだろう。
だからといって、そして婚約者だからといって、公爵令息をこき使うのはいかがなものか。
……というもっともなツッコミを入れる人は、この場にいない。エレーナですら。
一人クララがえ、え、と狼狽えるばかりである。
「こっちはオレンジを練り込んで……こっちはイチゴ? ……イチゴはシャーベットよりもこっちの方が好きね、私は」
「そういえばイチゴはミルクと相性がいいと言うし、そう考えたらアイスクリームとの相性は良いはずよね」
メルツェデスの様子を見たエレーナもアイスクリームへと手を伸ばし、その味を確認すれば、しみじみと味わうような声で言う。
フランツィスカも納得したように応じながらイチゴのアイスを口にして、思わず『美味しい』と零してしまう。
様々な美味に触れてきた公爵令嬢の二人が太鼓判を押すのだ、ヘルミーナもそれはもう鼻高々。
まして。
「な、なんなんですかこれ……え、こんなのがこの世に存在するんですか?
っていうか、私、食べてもいいんですか? 後で怒られませんか? 罰当たりませんか??」
平民出身であまり良い物を食べ付けてなかったクララなど、大混乱である。
養子として迎えられたジタサリャス男爵家も武家の家系であり華美な食事とは無縁の家柄。
ギルキャンス家でエレーナからマナー指導を受ける時はそれなりに良い物を食べてはいたが、あくまでもレッスン用。
贅をこらしたようなものは、数ヶ月前のデビュタントの時くらいのものである。
そんなクララにとってこのアイスクリームは、衝撃としか言いようがないものだった。
「冷たいのは冷たいですけど、先程のシャーベットに比べたら柔らかな冷たさ……これは氷ではなく、なんでしょう、牛乳を固めたものなのですか?
いえ、ただ固めただけではない、それではこうも柔らかな食感にはならないはず。
甘い、これは砂糖がかなり使われていますね……それだけでなく、この濃厚さは卵……いえ、卵黄?」
「ちょ、ちょっとクララ? いきなりどうしたの、なんだか、その、怖いわよ?」
いきなりブツブツかつ長々と呟き始めたクララに、エレーナが恐る恐る声を掛ける。
ほとんどトランス状態に陥っていたクララも流石にエレーナの声は届いたのか、はっとした表情になって顔を上げた。
「も、申し訳ありません、エレーナ様。その、このアイスクリームがあまりに美味しくて、思わず……」
「そ、そう。美味しかったのならいいけれど……普通はそこまでいきなりぐいぐいと分析は始めないと思うわ……」
「おまけにかなり正確。恐ろしい舌と分析力」
恥じ入るように肩を小さくすぼめるクララへと、エレーナは若干引きつりそうな笑顔で慰めの言葉をかけようとして失敗する。
追い打ちをかけるようにか、あるいは切り替えるためか、ヘルミーナも心から感心したように続いた。
実際、クララがつぶやいていた内容はその通りであり、それをたった一度食べただけで当ててしまうとは、大した舌と言わざるを得ない。
「……これは、クララにも手伝ってもらった方がいいかも知れない」
ぽそり、小さな声でヘルミーナが呟く。
普通であれば聞こえないくらいの小さな声だったのだが、この場には彼女が同席していた。
「ミーナ、手伝いって? それは、これだけ種類が豊富な……何回もお茶会できるくらい沢山の種類のシャーベットやアイスを用意したことと関係あるのかしら」
そう言いながら、改めてメルツェデスはテーブルやワゴンを見渡す。
色とりどりのシャーベットにアイスは確かに目にも鮮やか。
だがしかし、いくら何でも鮮やか過ぎる。
ついでに、ここにいる公爵令嬢も伯爵令嬢も、食べきれない程のご馳走を喜ぶような性格ではないし、そのことはヘルミーナもよく知っているはず。
そして、ヘルミーナが手伝いとして考えたクララの特技を考えると。
「……まるで、お店でも出来そうなくらいの種類よね?」
ふと思いついたことをぽつりとメルツェデスが零せば、ヘルミーナは驚いたような顔を一瞬浮かべた。
すぐに、『メルだから』と納得したような顔になったのだが。
「はぁ……流石メル。ちょっと違うけど概ねその通り」
「ちょっと違うの? ……ということは」
改めて、テーブルやワゴンを見る。そこにあるのは、今でもキラキラと輝くシャーベットやアイス。
そう、提供されてからそれなりの時間が経っているというのに、未だに然程溶けてはいないそれら。
「まってミーナ、もしかしてこのお皿とかって、魔術でシャーベットとかの冷たい状態を維持してるの? 日の当たる屋外でも?」
「……メルはもうちょっとその洞察力を他に活かした方が良い」
呆れたようにヘルミーナが言う。
そう、あのヘルミーナですらそう言ってしまうくらい、特定のことに関してだけは恐ろしく鈍い女、メルツェデス。
それはともかく。
「お察しの通り、今度の盛夏祭に、氷菓の出店を出すつもり」
盛夏祭とは、名前の通り夏の盛りに催されるエデュラウム王国一のお祭りである。
あちこちで祭事やイベントが開かれ、多くの出店が立ち並ぶ様は壮観の一言。
王都エデュリオンの住民、通称エデュっ子の一番の楽しみと言っても過言では無い祭りだ。
だからか、ヘルミーナが言えば、フランツィスカもエレーナも納得したように頷いた。
「つまり、実験っていうのは商品として充分な魅力があるかの確認だったわけ?」
「後もう一つ、元平民であるクララも美味しいと思うかの確認も」
フランツィスカの問いに、ヘルミーナは悪びれる様子もなく頷く。
実際、別段悪いことをしたわけでもない。
もっとも、『最初からそう言いなさいよ』とエレーナの顔にはハッキリと書いてあったりするが。
「そ、そんなことまで……確かに、とても美味しくて……この世のものとは思えないお味でしたけども」
一人まだヘルミーナに慣れていないクララが呆然とした顔で呟けば、ヘルミーナはニンマリとした笑みをまた見せた。
「うん、だからクララのあの反応が見られて幸いだった」
「あ、あれそういう意味だったんですか!?」
まさかの発言に、クララは思わず声を上げてしまった。
まるで自分のためにあんなお菓子を用意してくれたのかと、感動すらしていたというのに。
裏切られたような気分になりかけたクララだったが。
「……ということにしておきたいのよね、ミーナ」
「……何のことかわからない」
目を細めて揶揄うような口調で言うメルツェデスの声に、ヘルミーナはぷいっと横を向く。
その耳は、ほんのりと、しかし確かに、朱色が差していた。




