エモーショナル・オーバードライブ。
メルツェデスの視線の先に並ぶのは、色とりどりのシャーベット。
それぞれの色に合わせたガラスの器に盛られたそれらが日差しをキラキラと反射する様は、さながら宝石のよう。
と、感心しながら見ていたメルツェデスが、不意に首を傾げた。
「ねえミーナ、この色は多分オレンジよね? こちらは多分、リンゴ……時期がずれていると思うのだけど、どうやって調達したの?」
例えばオレンジは冬が旬だし、リンゴは秋。いずれも、この時期にはまだ果実はなっていないはず。
であれば、到底シャーベットを作るなど出来ないはずだが。
至極当然の疑問に、ヘルミーナはニンマリと唇を歪めた、
「ふ、こんなこともあろうかと、去年大量に購入して大量に冷凍しておいた。
ちなみに、保管用の地下室は父上に頼んで拡張済み」
「どこから来るのよ、その情熱……いえ、きっと食欲からよね……」
ヘルミーナの説明に、エレーナは思わず額に手を当てて首を振る。
だが、言われたヘルミーナは心外だとばかりに頬を膨らませた。
「何を言うの、これは情緒的なもの」
「……ミーナにそんなものがあったとは驚きだわ……。それで、どんな情緒で思いついたっていうのよ」
当然鵜呑みにするわけもないエレーナは真正面からジト目をぶつけ、受けたヘルミーナはひるみもしない。
ある意味、これが日常茶飯事と言えばそれはそうなのだろう。
「それは、去年の夏の終わり。メル達に作り方を教わった私は、シャーベットやアイスを作ってはおやつの時間に食べていた。
けれど、時の流れは残酷なもの……移ろいゆく季節の変わり目に、私は風邪を引いてしまったの」
「そういえばあったわね、ミーナが数日お茶会に来られなかったこと」
述懐するようなヘルミーナの言葉にフランツィスカが、ふと思い出したように相づちを打つ。
エレーナなどは『あれそんな理由だったのね……』とあきれ顔であるが。
「その時ふと気付いた。このまま寒くなっていったら、シャーベットやアイスは食べられない。
つまり、リンゴもブドウもオレンジも、なんならイチゴもシャーベットに出来ない。
そんなの、とても耐えられない、と」
「結局食欲じゃないのよ!」
「何を言うの、旬の食べ物を通じて季節を感じること、それを感じられないと嘆くことは充分情緒的」
耐えきれなくなったエレーナがツッコミを入れるが、ヘルミーナは涼しい顔である。
このエデュラウム王国においても、現代日本ほどではないが季節に応じた食べ物を楽しむ文化は確かにあり、だからメルツェデスも指摘ができた。
まあ、普段から季節だ風情だに興味が微塵もないヘルミーナが言ったところで、胡散臭いのもまた確かなのだが。
「なるほど、それで冷凍しておいたのを、今こうして出してくれた、と。……自分だけで楽しまず、わたくし達も招待してくれて」
言い合いが続きそうだったところにぽつりとメルツェデスが呟けば。
途端にヘルミーナの動きと口が止まり、沈黙が訪れること数秒。
「べ、別にメル達のためだけじゃないんだからねっ」
そう言いながらぷいっと横を向くヘルミーナの頬は、ほんのり赤く色づいていた。
クララですら思わず『可愛い』と呟きそうになるのを必死に堪えながら、不機嫌そうに見えるヘルミーナを思わず温かい目で見守ってしまう。
まして、今まで散々振り回されてきたであろう侍女などは感慨もひとしおなのは無理もない。
恐らく今日の準備に付き合わされて疲労困憊だったろう顔に、どこか満ち足りた表情が浮かんでいる。
しかし、だからこそ、今日ここまでの苦労を無に帰するわけにはいかない。
「お嬢様、いつまでもお待たせしていては、流石に溶けてしまいます」
「そ、それもそうだね……ああもう、早く席についてついて!」
言われて我に返ったヘルミーナが、強引に席へと案内していく。
結局、ヘルミーナの右隣がクララ、左隣がメルツェデス。いずれも回復魔法が使える二人を左右に置く万全の配置。
公爵令嬢である二人が主催の対面に座るというまさかの配置だが、内々だから許されなくはないだろう。
控えていた侍女は思わずこめかみを揉み解していたが。
「さて、それでは早速いただこう」
「そこは普通『召し上がれ』よね!? なんでミーナが一番に食べてるのよ!?」
『いただこう』と言ったその時には、既に最初の一口がヘルミーナの口に運ばれていた。
流石に予想外だったのか、エレーナのツッコミが間に合わぬ程の自然で滑らかな動きで。
だが、直後に見せた子供のように無邪気でご満悦な表情に、エレーナもそれ以上は何も言えなくなってしまった。
ちらりと視線をやれば、メルツェデスもフランツィスカも仕方ないとばかりに微笑み、クララはどうしたらいいのかわからないとオロオロしている。
であれば、もうこうするしかないのだろう。
「はぁ……まあ、私達の間ではもう今更よね。なんなら、もっとはしたない食べ方してた時もあるんだし」
ぼやくように呟くエレーナの脳裏をよぎるのは、あのプレヴァルゴ家のキャンプにおける食事の光景。
特に疲労が蓄積してきた後半では、ギリギリまで寝て起きて、食堂に駆け込んで食事を速やかに詰め込んだなんてことも幾度かあった。
それに比べれば、主催が真っ先にデザートを頬張るなど、大したことではないだろう。
……同時に、そう考えてしまう程に毒されてしまった事に気付いて、思わず遠い目になってしまったりもするが。
「そうそう、細かいことは言いっこなし。美味しく楽しくいただけるのが一番よ」
「……メルに言われると微妙に複雑だわ……」
にこやかに笑うメルツェデスへと、やはりエレーナは複雑な顔を向けた。
もちろんメルツェデスに罪や落ち度があったわけではないことはわかっている。
むしろ自分達が参加させてくれと言った側なのだ、文句を付けられる立場ではない。
それでも、あの環境を生み出していたプレヴァルゴ家の人間に言われると、どうにも微妙な感情が出てしまうのは、仕方ないと言えば仕方ない。
「まあまあ。ほら、こっちのブドウのシャーベット、とても美味しいわよ?」
「う~……まあ、いただくけど……あ、ほんと、すっごく美味しい」
とりなすようなフランツィスカの言葉に頷いたエレーナがブドウのシャーベットを口にすれば、思わず驚いたような声が漏れてしまった。
一年弱冷凍保存されていたはずのブドウ果汁で作られたシャーベットは、とてもそうとは思えないほどの瑞々しさと香りを感じさせ、適度な甘さと共に喉の奥へと流れ込んでいく。
暑さに少々疲れ気味だった胃には、その冷たい感触が何ものにも代えがたいご馳走なのだろう。
勢い込んで食べればいつかのヘルミーナの二の舞になると意識しなければ、思わずがっついてしまいそうな程に、それは美味しかった。
「ふわぁ……これ、冷たいのに、林檎……林檎が氷になってるみたい……なんですかこれ、なんなんですか!?」
ふと気がつけば、これが初体験であるクララが混乱したような声を上げていた。
元平民である彼女からすれば、冬はともかく夏場に飲む冷えた飲み物ですらろくに経験がないもの。
まして、冬でもろくに雪の降らない王都生まれの王都育ちであれば雪や氷すら貴重なもので、それを口にしたことなどあるわけもない。
そこにきて、爽やかな酸味を纏う甘い林檎の果汁を凍らせたシャーベットを口にしたのだ、混乱するのも無理はない。
「ふ……その反応が見たかった」
あまりの驚きで表情をめまぐるしく変えるクララを見て、ヘルミーナは満足そうに幾度も頷いていた。




