レアな体験。
メルツェデス達がプレヴァルゴ家のキャンプから戻ってきてしばらく経ってのこと。
まだ夏真っ盛りな晴れた日に、彼女達はヘルミーナに招待されてピスケシオス邸の中庭に集まっていた。
ヘルミーナ発案の模擬戦、とかではない。
「まさか、ミーナがお茶会を主催するだなんて……」
招かれたフランツィスカが、思わずほろりとして目尻を押さえている。
その両隣に立つメルツェデスとエレーナも感慨深げに頷いており、一人どう反応して良いかわからないクララは曖昧な笑みを浮かべていた。
何しろほんの一年前まではろくに外にも出ず引きこもっており、公爵令嬢であるフランツィスカやエレーナですらお茶会に引っ張り出すことが出来なかった程に社交性が皆無だったヘルミーナである。
その彼女が、内々とはいえ友人を招いてお茶会を開こうというところまできたのだ。
「わたくしを餌にして出てきてもらった甲斐はあった、ということねぇ」
「餌に使った人間としては申し訳ないけれど、メルにそう言ってもらえたら少しほっとするわ」
まるで含むところのないメルツェデスの言葉に、わかってはいたけれど改めてフランツィスカは安堵する。
一度もお茶会だとかに顔を出したことのない侯爵令嬢、となれば、当然学園に入学後の立場は悪くなっていたはず。
それに加え、同じ国王派の令嬢を一度もお茶会に招けなかったフランツィスカの体裁にも関わってきていただろう。
ヘルミーナを招待したことに打算はあり、それにメルツェデスを利用したことは痛いほど理解している。
そして困ったことに、彼女自身が会いたがっていたことを差し引いても、利用されたメルツェデスがこれっぽっちも気にしていないことも。
「……どれくらいお返ししないといけないのかしら、ほんと」
誰にも聞こえないように、フランツィスカは小さく零す。
ヘルミーナの件はもちろん、フランツィスカ自身の体型やら何やら、メルツェデスには随分と世話になっている。
だというのに、メルツェデスはまるで恩着せがましいところがない。というか、恐らくそれを恩だ貸しだとすら思っていないだろう。
そんな彼女だからこそお返しをしたいのだが、残念ながらその機会には中々恵まれないでいるのだが。
などとフランツィスカが感慨に耽っていると、カラカラと車輪の音が小さく響いて近づいてきた。
「流石、全員定刻通り」
そう言いながら姿を見せたのは、様々な器が載ったワゴンを手ずから押してやってくるヘルミーナだった。
その後ろには、何か諦めたような表情で同じようなワゴンを押す侍女の姿もある。
「それは勿論、折角ミーナにお招きいただいたんだもの。色々と準備もしてくれて、ありがとう」
そうフランツィスカが言えば、口々にメルツェデス達も礼を述べていく。
率直で裏のない礼の数々が直撃したヘルミーナは、頬を赤くしながらふいっと横を向いた。
「べ、別に、ちょっと実験台が欲しかっただけだし、ちょうどいい人数なだけだし」
などと言い訳がましくブツブツというヘルミーナを見て、メルツェデスは内心で「ナイスツンデレ」などと思ってしまう。
口ぶりからしても表情からしても、それが本心でないことは丸わかりだし、気付かないくらい鈍い人間も、それにとやかく言うような心の狭い人間もここにはいない。
むしろ揃いも揃って暖かく見守っているくらいである。
それがかえってヘルミーナにとってはむず痒かったりするのだが。
「ああもう、いいから席について。このメンバーなら席順は適当でいいよね?」
ヘルミーナの問いかけに、一瞬だけフランツィスカとエレーナが視線で会話し、エレーナが口を開く。
全く私的なお茶会ではあるが、形式上の家格では筆頭となるエレーナが全員の意思を代弁する形で。
それは、言うまでもなく全員が同じ事を思っている、ということの裏返しでもあるのだが。
「それはもちろん。むしろ本来はそこも気をつけないといけないってミーナがわかっていると知れて嬉しいくらいだわ」
「エレンの中で、私は一体どれくらい傍若無人なの……」
ぷぅ、と頬を膨らませながらも、ヘルミーナは皆を席へと誘導する。
しかし、そこでいきなりクララが立ち止まった。
「あの、ちょっと待ってください、ヘルミーナ様。なんで私が、主催であるヘルミーナ様の隣に誘導されてるのでしょうか?」
「え? 偶然偶然。適当に誘導してるだけだから、たまたま」
「どう考えてもわざとですよね!? というか、いくら適当でも、流石に男爵令嬢が主催の方の隣は問題がありすぎると思います!」
それを言い出したら、男爵令嬢であるクララが侯爵令嬢であるヘルミーナに許可無く直言、それも割とはしたないくらい強めの口調で言っていることが大問題なのだが、この場にそれを指摘する人間はいない。
クララが公の場ではきちんとわきまえているからでもあり、言われているヘルミーナが気にしていない、むしろ若干嬉しそうだったりするからでもある。
更にヘルミーナは、この席順をよしとせざるを得ない言い訳も考えていた。
「大丈夫、この場においてはあなたがある意味一番重要で、主催である私の隣にいるべき人だから」
「そ、そうなんですか……? って、やっぱり狙ってこの席に誘導してるじゃないですか!?」
「ちっ、ばれた」
一瞬ヘルミーナに説得されそうだったクララだが、はっと気付いた顔になって慌てて再度警戒する。
令嬢にあるまじき舌打ちをしながらも、ヘルミーナはまだクララを言いくるめるつもりのようだ。
「しかし、クララが私の隣に座ってくれないと、困るのは困る。主に私が」
「なんでそこでミーナが困るのよ?」
クララの後見役でもあるエレーナが、至極最もなツッコミを入れる。
相変わらずの苦労性である。
そして、そんな二人のやり取りを見ていたメルツェデスが、はたと気がついたように手を打った。
「なるほど。この暑い盛りに、ミーナの実験台。クララさんが必要、というのは、お腹を治してもらうためね?」
「あ、そういうこと。そういえば、まさに去年の今頃だったわねぇ」
メルツェデスの言葉に、フランツィスカも理解したのかうんうんと頷いている。
そこまで言われればエレーナも当然どういうことかわかったが、クララ一人が蚊帳の外だ。
「ふ、流石はメル。その通り、今日皆に来てもらったのは、他でもない」
もったいぶった言い回しをしながらヘルミーナが手で合図を送れば、控えていた侍女がワゴンの上に載っていた皿から蓋を取り外す。
その下から現れたものを見て、クララは思わず声を上げてしまった。
「な、なんですか、これ! え、色の付いた氷……? でも、ちょっと何か違うような……」
始めてそれを見るクララがおっかなびっくり、しかしまじまじとそれを見る姿にヘルミーナはご満悦である。
「ふ、これぞ夏の醍醐味、シャーベット。……まあ、元々はメルの発案なのだけど。
今日は色々な種類のシャーベットと、アイスも作ってきたから是非皆に試して欲しい」
「なるほど、味見、というわけね。確かにある意味実験台だわ」
ドヤ顔でシャーベットを指し示すヘルミーナを見ながら、メルツェデスは納得したように頷いた。




