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裏表グラップラーズ

 目と目が合う瞬間、敵だと気付いた。

 『彼女』は今、どんな気持ちでいるのだろうか。

 いや、その表情を見ればわかる。

 『彼女』もまた、同じ気持ちなのだと。


『せぇぇぇぇぇぇい!!!』


 渾身の拳が、『彼女』の顔面を捉える。

 右足から踏み込み、身体を真半身になるよう捻りながらの、全身の力を込めた右拳の突き。

 しっかりと地面を踏みしめ、全身の力と体重の重みを乗せた威力をきっちりと『彼女』の顔面へと送り込んだ。


 当たった拳が、確かに『彼女』の顔面を捉えたとの手応えを返してきた瞬間。


『ぐっ!?』


 メルツェデスは身体が前に折れそうになるのを必死に堪えながら、苦悶の声と共に『彼女』から距離を取る。

 『彼女』の顔を捉えたあの瞬間。

 全く同時に、ほとんど同じ威力で、『彼女』の右拳もまた、メルツェデスの腹部を捉えていた。

 

 あの状況で、顔面に強烈な一撃をもらいながらのカウンター。

 ほとんど玉砕とも言えるその戦法は、メルツェデスへと確かなダメージを与えていた。

 思わず腹部を押さえながら距離を取り、『彼女』との間合いを計り直す。

 

 見やれば、『彼女』の方は相変わらずの表情、まるで痛みを感じていないかのよう。

 その様子を見て思わずカチンと来るが、すぐにそれを飲み込み、心を落ち着ける。

 感情が荒れていては、『彼女』の制御など出来はしない。

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせれば、流石にメンタルコントロールは慣れたもの、平静な心は程なくして戻ってくる。

 

 ……そんなメルツェデスを見て『彼女』はちょいちょいと挑発染みた仕草で手招きをする。

 いや、実際挑発なのだろう。

 先程見事に決まったカウンター、しかしそれでも倒れなかったメルツェデス。

 ならばもう一度、今度こそカウンターで仕留めてやろうとでもいうのか、執拗に誘いを掛けてくる。

 しかし、一度の交戦で『彼女』のセンス、それこそメルツェデスも得意とする後の先取りの上手さを痛感したメルツェデスは、その誘いに乗りはしない。


 数度、『彼女』は挑発をして。

 飽きたのか、あからさまに残念そうな顔を見せて。


 それを見たメルツェデスが構え直した瞬間。

 『彼女』の姿が一瞬消えたかのように見えた。


 次の瞬間、いつの間にか飛び込んで来ていた『彼女』が、常人では目で追うことも出来ない速度で右拳を、メルツェデスの顔面へと向けて放つ。

 だが、あの時、飽きたような『彼女』の表情を見たメルツェデスは、それを予見していた。


 待つことに飽きたのならば、次は。


 まさに予想通り、一気に攻めへと打って出た『彼女』の拳を、メルツェデスは左手を回すようにして捌く。

 と、すぐにその右拳を引きながら、その反動で今度は左拳がフックの軌道を描いて、やはり顔面へと。

 こちらは、残った右手で跳ね上げるようにして防げば、『彼女』の左顎や左の顔が無防備に曝け出される。


 跳ね上げた右手で手刀を作り、腕を内側へと捻るようにして斜めに振り下ろせば、狙い過たず『彼女』の左顎を捉えた。

 だが。


『なっ、これで、もっ!?』


 普通の人間ならば簡単に意識を手放すであろう一撃を受けながら、『彼女』は気にした風もなく、腰に戻していた右拳を、今度はメルツェデスの胸部目がけて突き出してきた。

 その一撃は、備えていた左手で跳ね上げるようにして逸らすも、僅かばかり逸らせきれず、メルツェデスの左頬を掠める。


 あるいは頬が切れたかも知れぬ程に鋭い一撃を、しかしメルツェデスは即座に意識の外へと追いやる。

 間髪入れず、今度は『彼女』の左手が、指を揃えて真っ直ぐに伸ばした、貫手と呼ばれる形を取ってメルツェデスの右腹部、肝臓の辺りを狙って繰り出された。

 それを、腰だめに構えた右手を小さく回すようにして逸らしながら絡め取り、その手首を掴む。

 

 普通であれば反射的に手を引くか、身を引くか。

 だが、相手は尋常ではなかった。


『そう、来ますわよ、ねっ!』


 掴み、相手の動きを制しようと引いたその力に逆らわず、むしろ勢いを乗せるように『彼女』は踏み込んできた。

 メルツェデスが引く以上に踏み込まれてしまえば、掴んでいた右手が攻防に使えぬほど後ろへと押しやられてしまう。

 ならば、と折角掴んだ『彼女』の左手を離し、右足を踏み込めば。

 

 バチン! と重く弾けるような音がして、メルツェデスの右肩と『彼女』の左肩がぶつかり合う。

 勢い、重さ、いずれも五分。

 だが、左手を引かれるままに踏み込んだ分、『彼女』はまだその左手を戻せていない。

 

 好機とみたメルツェデスは、身体の側面に引きつけていた右拳を跳ね上げさせ、甲の側、いわゆる裏拳で『彼女』の顔面を狙った。

 だがその一撃は、顔をかばうようにして広げられた『彼女』の右手に阻まれ、あまつさえ、そのほっそりとした指からは想像もできない握力でガッシリと掴まれてしまう。


 爪が食い込むほどの強さに嫌な予感が脳裏をよぎったメルツェデスは、『彼女』の真似ではないが、左足を前に踏み出した。

 右手を折りたたむようにして身体に寄せながら、踏み込んだ左足を軸に身体を回転させ、強引に掴まれていた右拳を引き剥がす。

 と、身を翻したメルツェデスの頬を、『彼女』の左手が掠めた。

 もしも僅かでも迷っていれば、その左手は、腕は、メルツェデスの首に絡みついていたはず。

 そうなれば、いかなメルツェデスであっても、抜け出すことは出来なかっただろう。


『我ながらというか敵ながらというか、とにかくいいセンスしてますわね……』


 賞賛のような言葉を呆れたような口調で言いながら、メルツェデスは一度距離を取った。

 わかってはいたが、強敵だ。

 力、素早さ、判断力、いずれもメルツェデスに匹敵する上に攻撃意欲が旺盛で、だというのに技術にブレはなく読みも鋭い。

 今の『彼女』は、ただの『高笑いバーサーカー』などではなく、もっと洗練された暴力が具現化したものだった。


 ただ。

 洗練されたとは言え、その根源は変わらないらしい。


『このっ、もうちょっと、お上品に振る舞えないのかしらっ』


 もしもこの場にエレーナがいたら『あなたが言うな』と容赦なく突っ込んだであろうことを言いながら、メルツェデスは『彼女』の攻撃を捌く。

 爪が有効だとでも思ったのか、引っ掻こうと指を曲げた右手を無造作に振り下ろして来たのを回し受けで流すも、その重さに背筋が凍る。

 それはまるで、熊が鋭い爪を持った手を振り下ろしてくるかのような動作。

 そして速さも、威力までもが同じではないかと思われる一撃。

 食らってしまえば顔面がスプラッタなことになったであろうそれを逸らしたと思えば、反撃に出る前に今度は右斜め下から、『彼女』の左手が振り上げられた。

 

 胴を引き裂かんばかりのそれを、もう一度撃ち落とし、掴もうとしたところで、慌てて右手を引く。

 先程逸らした『彼女』の右手が、掴もうとしたのか薙ごうとしたのか、先程までメルツェデスの右手があった空間を通過していった。

 その手に勢いが付きすぎたか、無防備な背中を『彼女』が晒す。


 当然メルツェデスは……一歩、引いた。

 次の瞬間、彼女の目の前を回転を利用した『彼女』の左裏拳が通過していく。

 更に振り返る勢いを利用した右ストレートが飛んでくるが、これを左腕を回しながら受け……後ろに飛んだ。


『ほんっとに、上品さの欠片もないっ』


 吐き捨てるように言いながら、メルツェデスは腹部を押さえる。

 先程の右ストレートは囮で、その影で、右前蹴りが繰り出されていたのだ。

 それに気付いて後ろに飛び勢いを殺したはずだというのに、それでも尚メルツェデスにダメージを与えた蹴り。

 もしもこれが直撃していたなら、どうなってしまっていたことか。

 それがわかるメルツェデスは額に汗を一筋流し、『彼女』はニヤリと唇を歪める。

 

 攻撃は最大の防御、を体現したかのようなその攻め。

 メルツェデスの攻撃を二度も食らいながらまるでダメージのない頑丈さを盾にしたそれは、痛みを感じるメルツェデスにとって脅威でしかない。

 

 そして、そんなメルツェデスを挑発するかのように、『彼女』は構えを取った。

 肘は緩めつつも右拳を前に突き出した、右足前の半身の構え。

 先程メルツェデスが取った構えを、そのまま真似てきたのだ。


『そう、そう来るの。……ならば!』


 対するメルツェデスは、開いた左手を上に、同じく開いた右手を腰の高さに。

 『彼女』が取った構えを、応じるかのように見せる。

 叩き伏せてやる、と吹き上がりそうな感情を押さえながら、半歩、じり、と探るように前に出た。

 あと僅かで、『彼女』の間合い。

 さてどう出てくるのか。

 互いに隙無く構え合ったまま、メルツェデスは神経を研ぎ澄ませ、『彼女』の隙を探った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 修行で自分の分身と戦うのはある意味お約束ですよね。(物理又は精神世界での戦いという違いはあっても。)
[良い点] メトメガアウー(反射) しかし、攻撃がほとんど通る様子がなく、逆にダメージが返って来るのは、ある意味ではメル様の心の問題の表出のようにも思えて皮肉なものを感じますね。 思えば、メル様のこれ…
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