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『水鏡』の試練。

「しかし、身に付けるとおっしゃいましても、どのような修練を積めばそのような境地に至れるのでしょう」


 笑顔で応じはしたが、流石にこればかりは聞かねばわからないから、メルツェデスは不思議そうに小首を傾げた。


 ゲーム『エタエレ』での展開は覚えている。

 とある修行場所に連れていかれ、そこで主人公クララとの絆を確かめ合ったクリストファーが新たな力に目覚めた、という展開だったのだが……それがそのままその通りとも限らない。

 確認のためにも、と顔を向けたメルツェデスへとガイウスは一つ頷いてみせ。


「うむ、流石にこれは、普通の修練で身につくものではないからな。

 一息吐いたら案内するから、今は休憩しておけ」


 青のオーラを霧散させたガイウスが、文字通り一息吐き出してから答える。

 その表情を見ていたメルツェデスは、自分に回復魔術をかけながら何かに気がついたかのように瞬きをして。


「お父様、もしかして……それなりに疲れてらっしゃいます?」

「当たり前だ、あれだけの技、疲労せずに使えるなら常に使っているに決まっているだろう。

 感覚のブーストだけでなく動きもブーストしてるんだ、そりゃぁ魔力の消費だって半端ない」


 そう言いながらガイウスは、その疲れを払おうとするかのように大きく伸びをする。


 ゲームの『エタエレ』でも、『水鏡の境地』は発動に全MPの十分の一ほどを消費し、維持のために毎ターンMP消費と、決して燃費がいいものではなかった。

 もっとも、敵のヘイトを集めるアイテムと併用すれば、全ての敵が攻撃をしかけて来てはカウンターで沈められるという脅威の雑魚ハンターぶりを発揮するため、あまり問題にはならなかったが。

 ともあれ、ゲームで言えば10ターンほども掛かっていたと思えば、ガイウスの魔力消費は確かにそれなりのものになっているはず。

 いっそ持久戦に持ち込んでいれば、とも考えたが、ガイウスがその気になればいつでも終わらせることができたと思い至れば、小さく首を振った。


「ということは、使い所を考えないといけない、というわけですね?」

「ああ、余程の相手でなければ使わない方がいいし、使わずに済むよう修練せねばならん」


 ガイウスの言葉に、メルツェデスはこくりと頷く。

 ゲームであればMP回復もアイテムで簡単に済ませることが出来たが、この世界では少々勝手が違う。

 魔力を回復させるポーションはあまり出回っておらず、それなりの値段がするので学生がガバガバと使うのは色々と問題があるのだ。

 ついでに言えば、敵のヘイトを集めるアイテムも簡単に手に入れられるわけではないし、まさかダンジョン周回などするわけにもいかない。

 であれば、ここぞという時の切り札にしておくべきだろう。


「さて、そろそろ回復したか? よし、ならば行こうか」


 問いかけにメルツェデスが頷いたのを見てガイウスが歩き出そうとしたその時。


「あの、ガイウス様。後学のために、私もご一緒させてはいただけませんでしょうか」

「エルタウルス様が? ふむ……別に禁じられた場所などではないので問題はありませんが……面白い場所でもないですよ?」


 フランツィスカからの申し出に、ガイウスは驚いたように僅かばかり目を瞠った。

 と、それを聞いたヘルミーナもぴょんと伸び上がるように手を挙げる。


「私も見たい。先程の興味深い技の根幹に触れられるかも知れないし」

「ピスケシオス様まで? ああ、いやしかし、ピスケシオス様に色々解明していただけたら、今後様々な魔術に応用できるかも知れませんな」

「……それはちょっとお勧めしたくないのですけど……ああもう、心配だから私もよろしいですか?」

「あ、エレーナ様も行かれるのでしたら、私も……」


 意気込むヘルミーナへと、納得したような顔を見せるガイウス。

 まだヘルミーナの『マジキチ』ぶりにそこまで触れていないからだろうその反応に、エレーナが小さく止めるような言葉を呟く。

 いや、もしかしたらガイウスも技術の導入に対しては積極的なのかも知れないから、案外引かないかも知れない、と頭の片隅で思ったりもするのだが。

 何しろ、あのメルツェデスの父親なのだから。


 一抹の不安を覚えたエレーナも同行を申し出れば、どうしようか迷っていたクララもそれに続く。

 その面々を見回したガイウスは、一瞬だけ思案した後、コクリと頷いて見せた。


「ふむ、何やらお恥ずかしい気もしますが、皆様でしたら問題ないでしょう。

 ただ、途中山道を登りますので、そこは心してついてきてください」


 ガイウスの言葉に、フランツィスカ達もしっかり頷いて返す。

 こうして、メルツェデスとフランツィスカ達令嬢四人、疲労からなんとかある程度回復したクリストファーを引き連れて、ガイウスは山を目指した。




 道中、心配されたヘルミーナはすっかり使いこなせるようになった『ウォーター・キャタピラー』で問題無く山道を登り、それ以外の面々は疲れた風もなく歩みを進め。

 やがて、森の中にある開けた場所に出た。


「これは……泉?」


 誰と無く、メルツェデスが小さく呟く。

 そこは木漏れ日が差し込む静かな場所。

 耳が痛くなるほどの静寂の中、まるでその泉が静けさを生み出しているかのように思う程の、波一つ立たない水面。

 まさに水の鏡かのようなその光景を見て、メルツェデスはゲーム『エタエレ』のイベントスチルを思い出していた。

 この泉は、恐らくイベントスチルの背景にあったものとほぼ同じ。

 ということは、この泉こそがその修行場なのだろう。


「ああ、この泉はこの山の中でも特に水の精霊の力が強く宿っている泉でな」

「確かに、かなり濃厚な魔力を感じる。けど、なんというか……えり好みしているような?」


 ガイウスの説明に、頷いたのはヘルミーナだった。

 何やら不思議そうにあちらこちら、彼女にしか見えない何かを見ているように、見回している。


「流石はピスケシオス様、というところですかな。おっしゃる通り、この泉は我がプレヴァルゴ家の者にしかその力を貸してくれません。

 これはかつての先祖による功績と言われているのですが」


 いわく、かつてこの辺りには強大な魔物が出現し、それによって河川が汚染され、水の精霊が心を痛めていたのだが、その魔物をプレヴァルゴ家の祖先が退治し、それに感謝して水の精霊が加護を与えてくれたのだという。


「ゆえにこの泉はプレヴァルゴの者に加護を与える場となり……同時に、加護にふさわしい者であるかを見極める場となった。

 見ているがいい」


 そこまで説明したところでガイウスは履いていたブーツを脱ぎ、ズボンの裾を膝までまくり上げると、泉へと足を入れた。

 途端、それまで静かだった泉が、ざわりとさざめき出す。

 それは、足を入れたことによる波紋とは違い、泉の底から振動が湧き出してくるような動き。

 物理的にはありえないその光景にメルツェデス達が驚いて居るのを尻目に、ガイウスは泉の中程へと進み、くるりと振り返った。


「この泉は、心の揺れ動きに反応する。メルティ、お前も知っての通り、俺達の中には凶暴な何かが潜んでいる。

 その手綱を引き、制御して心が安定した状態こそが『水鏡の境地』であり、そこに至ったと精霊に認めていただけた時、あの技が発動するんだ」


 そこまで告げると、ガイウスはその目を閉じて精神を統一。

 静かに息を吸い、吐き出し。

 ただその一呼吸で、先程までのざわめきが嘘のように泉はまた水の鏡へと戻っていく。

 ざわめきが完全になくなってしまえば、ガイウスは先程と同じようにオーラを身に纏い、それに共鳴してか、泉も穏やかな青の光を放ち始めた。


「これは……なんて幻想的な……」


 一般人感性の残っているクララが、思わずうっとりとした声で呟く。

 泉から湧き上がる青い光が、ふわり、ふわりと水面の上で踊っている。

 さながら妖精がダンスをしているかのような光景は、確かに幻想的と言っても良いだろう。

 その光景も、ガイウスが集中を止めてしまえば、すぅ、と溶けるように消えてしまったのだが。


「これが『水鏡の境地』を手にするための修行だ。どうだ、簡単なことだろう?」

「ええ、やるべきことはとてもシンプルですわね。だからこそどうしたらいいのか、わかりませんが……」


 それがわかっているからこそ、ガイウスはどこか意地悪な笑みを浮かべているのだろう。

 己の心に向き合い、その内に秘めたものと対峙する。

 言葉で言えば簡単なことだが、そもそも心と向き合うとは、どうすればいいのか。

 ましてそれを制御するなど、雲を掴むような話である。


 だが。


「わかりませんが、まずはやってみましょうとも」

「うむ、それでこそメルティだ!」


 ここで引くわけにもいかないと、ブーツを脱ぎ始めるメルツェデス。

 その思い切りの良さに思わずガイウスが感心したように言えば、途端水面がバシャリと荒れ始める。

 なるほど、『水鏡の境地』に至ったガイウスであろうとも、心が動いただけ水面は動いてしまうらしい。


 などと妙な感心をしている内に、思わず水面を騒がしてしまったのが気恥ずかしかったのか、そそくさと泉から上がったガイウス。

 彼と入れ替わるようにメルツェデスは泉へと足を入れた。


「きゃっ」

「え、な、何?」


 その瞬間に、水面が大きく跳ねたのを見てエレーナが小さく悲鳴を上げ、フランツィスカが戸惑ったような声を上げる。

 先程のガイウスと違い、ざわめく、どころではなく大荒れの水面。

 それを見て、思わずメルツェデスは動きを止めてしまった。


「ふむ。まあ俺の時も最初は大荒れだった。もうちょい大人しくはあったが」


 ガイウスの言葉をどこか遠くに聞きながら、メルツェデスは呆然と水面を見つめる。


 これは、己の心を映す鏡。

 彼女自身は、どちらかと言えば穏やかだと言っていい性格をしている。

 だが、その内に秘めたものは? 彼女が内に秘めているものは?


 メルツェデスは、己が向き合わねばならないもの、その存在を予感して、背筋を震わせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 怒りという暴れ馬を理性という手綱で従え、抑えることができる者を私は馭者と呼びましょう。 仏教の説法より どうもこの技は合気道に似たスキルのようですね。
[一言] あー……まあしゃあない。 「死にたくない」というのは極めて根源的な衝動だろうし、 それに対しての「恐怖」とかは当然大きな心の動きになるだろうしなぁ。
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! もうこの令嬢達は何処に行っても一緒、常連メンバーの御一行ですね!でもそれこそ途轍も無く尊いだと思います〜 己と向き合う、これもまたロマンの挑戦ですね!
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