それぞれの進化。
そんなヘルミーナが、午後の実技訓練を迎えてしまえば、どうなってしまうか。
「あははははははは!!!」
若干危ういものを感じさせる笑い声を上げながらヘルミーナが風を切りながら『アイスランス』を放つ。
整然と並んだ騎士達はそれを盾で受けようとするが、あまりの威力に精鋭たるプレヴァルゴの騎士達が、大きく体勢を崩してしまっていた。
「ミーナ、もう一回斉射、いけるわね?」
「もちろん、了解!」
騎士達が並ぶ防衛戦へと突撃しながらメルツェデスが言えば、ヤバイ笑い方をしていたヘルミーナが返答する。
そう、メルツェデスの進撃速度に合わせて『ウォーターキャタピラー』で疾駆しながら。
今、と合図が出されれば、ヘルミーナが『アイスランス』を斉射し、最初の斉射で崩れかけていた前衛がさらに動揺したところでメルツェデスが斬り込み、散々に食い破る。
メルツェデスが空けた穴からヘルミーナも突破、背後に回ってからもう一度斉射すれば、防衛線はほぼ壊滅状態。
その防衛線が守っていた魔術師達から迎撃のために攻撃魔術が放たれるが、スピードを落とさぬまま左右に別れたメルツェデスとヘルミーナはそれらを回避、あるいは簡易結界で弾いていく。
更に、魔術師達が布陣を変える暇も与えず、側面からヘルミーナの攻撃魔術が襲いかかり、反対側からはメルツェデスが斬り込んでいけば、初日あれだけの堅固さを誇った後衛陣は総崩れとなってしまった。
もちろん後衛である魔術師達にも彼らを直近で守る騎士達がついていたのだが、ヘルミーナを止めようと追いすがるも追いつけず、良い的にされてしまう。
かといって突撃してきたメルツェデスを防ごうとすれば、流石に一撃二撃は止められる者もいるが、その背後をヘルミーナに撃ち抜かれる。
魔術師達は魔術師達で、なんとかヘルミーナの魔術を結界で防ごうとするのだが、複数人が連携しないと止められない魔術が、機動力に物を言わせて側面から叩きつけられるのだから、防御が間に合わない。
そして、もちろんヘルミーナにばかり意識を向けていれば、サクサクと麦穂のようにメルツェデスによって狩られていく。
常識外れの機動力と火力を持つ二人によって、数十人で構成された一団は、10分ともたず壊滅した。
もちろん、訓練用に刃を潰した剣と威力を落とした『アイスランス』であったため、死者も重傷者もいない。
しかし、精神的な重傷を負った者は多数。
これには流石のガイウスも、頭を抱えてしまった。
「……なんとかあの『ウォーターキャタピラー』をうちでも運用できないものか……」
「そっちなの!?」
零れたガイウスの呟きに、クリストファーは思わず声を上げる。
しかし同時に、彼の中にある戦術指揮官としての思考が、あの『ウォーターキャタピラー』を運用できれば、という仮定とその効果を弾き出してもいた。
騎馬並みの機動力を持つ、高火力部隊。それを戦場のあちこちに任意で移動させられれば、どうなるか。
特に敵歩兵団の無防備な側面に出現させ魔術攻撃の斉射、対応される前に撤退、を実行することができれば。
だが、クリストファーは首を振ってその思考を捨てる。
午前中にヘルミーナがゴールしたあの時、実は集中力が切れただけであり、ヘルミーナの魔力はまだ残っていた。
更に食事休憩などにより、あれだけもう一暴れできる程にまで回復してしまっている。
彼女が言う通り、彼女の身体の燃費は極めて悪い。
だが同時に、魔術の燃費は極めて良かったのだ。
そのため、5kmを己の足で走るよりも、『ウォーターキャタピラー』で全力疾走する方が遙かに楽、という逆転現象が起きてしまった。
しかし、そんな高い魔力変換効率と、何よりも膨大な魔力を持つ人間など、そうはいない。むしろヘルミーナくらいのものだろう。
実際、頼んで教えてもらった魔術師達は、実際に試して見ても自分の足で走るよりはましだが、程度の者が大半。
おまけに走行状態を維持するために相当な集中力を要するため、ヘルミーナのように走りながら魔術を撃つ、など到底無理だし、5km移動する間に精神力が相当に消耗してしまった。
部隊として運用できるかと言えば、魔力の消耗まで考えると、難しいと言わざるを得ない。
「半径1km圏内、戦場での局地的な移動だったら使えるとは思うけど。
……それか、『ウォーターキャタピラー』を乗り物に転用するか」
「何だと?」
あれこれと考えていたクリストファーがぽつりとつぶやけば、ガイウスが勢い込んで振り返った。
その勢いに若干引きながらも、流石親子と言うべきか、ひるまずにクリストファーは言葉を返す。
「い、いやほら、『ウォーターキャタピラー』の問題点って、魔力の消費もそうだけど、制御もかなり厳しいでしょ?
だから、制御できる魔術回路を組み込んだ荷車みたいなのを作って、多人数で魔力提供しながらだったらどうかなって」
「ほう。……なるほど、一人ではなく複数人で移動する乗り物として運用。ありだな」
クリストファーの意見に、ガイウスは感心したように頷き、頭の中でざっくりとした算段を始めた。
彼とてかつては学園で学んだ者、魔術理論にもある程度は通じている。
こうして集団を率いる立場になってからは、どこまで理解していれば後は丸投げできるかもわかっている。
脳筋のように見えるが、そして実際脳筋なのだが、考えることの出来る脳筋なのだ、ガイウスは。
もっとも彼に言わせれば、全ての算段、準備は気持ちよく暴れるためのお膳立て、らしいが。
「これは、後でメルティからも意見を聞かねばならんな」
「あ~……姉さん、時々凄い発想見せるしね……酷いことにならないといいけど……」
かなり前向きな姿勢を見せるガイウスに対して、クリストファーは若干引き気味。
父と姉が一緒になって驀進しだしたら、いくら彼でも止められない。
そして、この案件はきっとそうなる。確信にも似た予感が、クリストファーの胸の内を占めていた。
残念なことにそれは現実となり、メルツェデスが前世知識を元に様々な提案を行ったことで、この世界初の履帯車両、キャタピラーで走行する軍用車両が出来てしまうのだが、それはまた別の話である。
「あっちは派手なことになってるわね……まあ、メルとミーナがタッグを組んだら、そうもなるでしょうけど」
阿鼻叫喚の団体戦……二対数十というのが団体戦と言って良いのかはわからないが、とにかく大規模な訓練が行われているのを見やりながら、フランツィスカは溜息を吐いた。
彼女は彼女で、自分に出来ることをするだけである。
そうしみじみと思いながら、手にした訓練用のレイピアを握り直したのだが。
「いや、フランが言っても説得力ないわよ? こっちだって随分と派手にやらかしたじゃない」
呆れたように言いながら、エレーナは周囲を見回した。
そこには、フランツィスカの訓練相手を務めた十人ばかりの兵士達が倒れ臥したり膝を折ったりと、敗北した姿をさらしている。
大半は兵士であるが、二人ほど騎士も混じっていた。つまり、フランツィスカは実技訓練においてプレヴァルゴの騎士を打ち倒してしまったのだ。
「えっと……ほら、私の場合、今回使った手段が手段だし、属性も属性だから、派手になっちゃうのも仕方ないんじゃないかしら」
「まあ、確かに仕方ないことだけど……ていうか、よく自爆にならなかったわよね……」
若干申し訳なさそうに言うフランツィスカへと、相変わらず呆れたような、若干震えそうなのを押さえ込んだ声でエレーナが応じる。
見れば、兵士達の武器は折れ曲がり、その箇所はもれなく黒焦げになっていた。
これが、フランツィスカの用いた手段の結果。
「ていうか、爆破魔術を付与した上に指向性を持たせるとか、どうやったら考えつくわけ? そして実行できるわけ?」
「え~っと、最近のミーナを見てたら、制御された暴走って効果的なんだなって思って、それから……」
と、経緯が経緯だけにかなり申し訳なさそうにしながら、フランツィスカが説明する。
フランツィスカが最近よく使う、『バーストボルト』や『バーストブラスト』といったバースト系、爆発する火属性魔術を、武器に付与したらどうなるかと、ヘルミーナを見ていた時に、ふと閃いた。
もちろんそのままだと自分も爆風に巻き込まれるから、と指向性を持たせられないか工夫して。
結果、本来ならば爆発して四方八方に広がるはずの爆風が相手にだけ襲いかかり、かなりの高水準で鍛えられているプレヴァルゴ家の武器をへし折りながら相手も圧倒した、というわけだ。
「根本の考え方だけなら納得もするけど、それを実際に出来た上で、この人達と切り結べるのは相当だと思うのよね……」
エレーナもプレヴァルゴの教官から指導をされていたのでわかる。
彼らの技量は、学生である彼女のそれより遙かに上。
だというのに、フランツィスカは切り結べること前提で戦術を組み立ててきていた。
いや、実際、手加減されていたとはいえ、教官クラスの騎士とある程度は打ち合えていたのだから、その考えに至ってもおかしくはない。
おかしくはない、のだが。
やはりエレーナとしては、納得もしきれない。
「ほら、私ってメルほどの腕もなければ、ミーナほど魔術が使えるわけでもないじゃない?
だったら、逆に両方のいいとこ取りは出来ないかなって」
「それで爆破系魔術を武器に付与しての白兵戦って、公爵令嬢の選択じゃないわよ!?
実際に効果的だったから、文句の付けようもないけど!」
「え、今実際に文句付けてるじゃない」
「言いたくもなるの、私の気持ちもわかって!」
確かに、攻撃魔術だけでなく付与魔術なども含めて、己の体内でなく外部へと影響を及ぼす魔術は、メルツェデスの苦手とするところ。
対してヘルミーナは、武器のあつかいはまるでだめ、白兵戦などとんでもない。
しかしフランツィスカは、そのどちらも、ある程度の高水準で行うことが出来る。
そこが彼女のストロングポイントだと考えて、試行錯誤した結果がこれだ。
「ふふ、エレンがそう言ってくれるってことは、私、メルに少しは近づけたのかしら」
「もうとっくに、大分あっち側よ、気付いて! 自覚して!」
満足そうに、公爵令嬢らしい柔らかな微笑みを浮かべながら、そぐわしくない脳筋な発言をするフランツィスカ。
恐らくもう届かないと理解しながらも、エレーナは必死に呼びかけることしか出来ない。
エレーナも、フランツィスカ自身も知る由は無かった。
彼女が後に『退屈令嬢』『マジキチ令嬢』と並んで『爆炎令嬢』と称されるようになることなど。




