日差しの中で輝いて。
その後も、常軌を逸したとしか言えない訓練は続いていく。
午前中は基礎体力訓練で終始し、この時点で既に前衛組の走行距離は30kmに達していた。もうこの時点でおかしい。
疲れ切った身体に鞭打って、クララの体力回復魔術の助けも借りながら無理矢理昼食を詰め込んで、さらに午後。
「足を動かせ! 腕で振るな! 武器は足腰で振るものだ!」
ガイウスの檄が飛ぶ中、前衛組は必死に武器を振るい実技訓練をこなしていく。
その横でメルツェデスやクリストファーは、あれだけ走り回っていたのに、さらに『打ち回り』、駆け回りながら立てた木の棒を打ち倒す訓練を恐ろしい速度でこなしていた。
流石にメルツェデスに比べれば一歩や二歩は落ちるが、それでもクリストファーの動きは一歳年下とはとても思えないもの。
恐らくあれに敵うのは、メルツェデスを除けばギュンターくらいのものだろう。
今やギュンターとクリストファーが五分の勝負を繰り広げているというのも頷けるところだが、それを更に上回るメルツェデスとは。
フランツィスカは、考えることを止めた。
そもそも彼女は、いまだメルツェデスを比較対象に出来るレベルにない。
……例え、相手をしてくれた騎士相手に勝利を収めたとしても。
「い、今のは、我ながら……いい動きが出来ました……」
ぜぇはぁと呼吸を荒げたまま、フランツィスカはどこか満足げに微笑む。
その笑顔の直撃を受けた騎士は、直後、自分の腹を自らの拳で殴りつけた。
突然の行動にきょとんとした顔になったフランツィスカへと、騎士は「なんでもございません、お気になさらず!」と爽やかな笑顔で返す。
背中に冷や汗をダラダラ流しながら。
危うく、惚れそうになってしまった。
いや、それは無理もないこと。
ただでさえ容姿が整っていて魅力的なフランツィスカが、汗だくになりながら荒い呼吸をしつつも満足げに笑っているのだ、それはもう魅力的に映るのも当たり前。
だが、そこで惚れてしまってはいけない。間違いなく、明日の朝日が拝めなくなるのだから。
気を取り直した騎士を相手に、またフランツィスカは訓練を続けていく。
その動きは、刻一刻、回数を重ねるごとに鋭く、そして重くなっていた。
元々パワーだけならばギュンター相手にも通じる程になっていたところへ、技術も磨かれつつあるとなれば、その一撃は公爵令嬢のものとはとても思えないレベルへと昇華してしまっている。
まあ、それ以上のあれこれを繰り出している伯爵令嬢もいるので、プレヴァルゴ家の面々からはそこまで奇異に見られていないのだが。
それでも。
プレヴァルゴ家の騎士団に所属する、それも、公爵令嬢であるフランツィスカの相手に指名されるほどの、手加減も気配りもできるだけの腕を持つ騎士相手であれば、一本を取ることなど普通は出来なかっただろう。
だというのに、一本を取れてしまった。
もちろん、手加減はされていた。そのことはフランツィスカもわかったし、馬鹿にされているとも思わない。
実際、一本取ってからの彼は確実にフランツィスカの更に上、それでいて程よく手が届きそうで届かないくらいの動きをしているのだから。
彼はフランツィスカよりも遙かに上、そこにはまだまだ届かない。
それでも、彼の予測を一瞬でも僅かにでも上回ることができた。
「私は、強くなれる、強くなる!」
自分の伸びしろは、まだまだある。
もしかしたら、届くかも知れない。
その希望を胸に、フランツィスカの動きはさらに冴え渡っていった。
「うわ~……もう、完全にあっちに染まってるわね……」
そんな、活き活きとした表情で剣を振るう親友を遠目に見ながら、エレーナは呆れたような口調で呟く。
エレーナもまた武器の実技訓練に入っているのだが、フランツィスカ程の必死さはない。
相対するクララが繰り出す杖、というか長い木の棒の一撃を、同じく長い棒で受け、あるいは流し、時折反撃しといった動作を繰り返していた。
そもそも、前衛組に入っては居るが、本来エレーナはどちらかと言えば後衛寄りのバランス型。
多少の肉弾戦はありえるが、基本的には状況を見ながら魔術によって攻撃、支援を行うのが本来なすべきところ。
だから、ひとまずは己の身を守る技術さえ身に付ければ良いはずである。
それが前衛組に入れられてしまったのは、ひとえに『魔術師以外は全員前衛』というプレヴァルゴ家の脳筋な考えのせいなのだが。
そして、己の身を守れるだけでいいのはフランツィスカも同じである、はずだった。
強いて言うならば、フランツィスカの属性である火属性は攻撃を得意とする属性であり、やや前目に出ることも少なくないため、そこが違いを生んだと言えばそうかも知れないが。
しかしそれは、前衛並みの近接戦闘能力を獲得する必然性には繋がらない。
むしろ、前に出ない、敵の脅威にさらされないような位置取りをしながら攻撃魔術を振るうのが本来であるはずだ。
「その、確かに、前で射界確保を気にすること無く攻撃魔術を使えたら、有利であることは間違いないかとは……」
おずおずとした口調で、クララが言う。
そして、それ自体は確かにその通りではある。
ヘルミーナやリヒターのような例外はともかく、普通の術者が使う攻撃呪文は、その眼前から飛び出すことが多い。
そのため、前で身体を張る壁役に当てないようにしながら魔術を放つ、という技術、あるいは配慮が必要だった。
だが、もし仮に術者自身が前で身体を張りながら攻撃魔術を使えたならば、そんな遠慮をすることなく魔術を放つことができるわけであり、それがどれだけ有効なことなのかは考えるまでもない。
ただし、それが出来れば、だが。
「それは間違いないのだけど、それを公爵令嬢であるフランがやるのはどうかと思うのよ、政治的に考えて。
……能力的に出来てしまいそうだから、話がややこしくなるのだけど……」
はふ、と色々な意味でフランツィスカの身を案じながら、エレーナは溜息を吐く。
政治的な意味で言えば、エレーナとフランツィスカは政敵とすら言える間柄だ。
だから、むしろフランツィスカに万が一があった方が、ギルキャンス家としてはありがたいとすら言えるだろう。
だがそんなの関係ねぇ、とばかりにエレーナは心からフランツィスカの身を案じている。
そこにクララなどは彼女達の重ねてきた友情を感じられて、思わず感動に潤む目を向けたりするのだが。
「でしたら、エレーナ様が隣でサポートなさるとか……」
「それが出来たら、こんなに悩まないのだけど、ねっ」
そう言い返しながら、エレーナはクララからの一撃を受け止める。
「はい、ギルキャンス様、ジタサリャス様、口ばかり動かさない!
もっと意識的に杖を上に下に! 剣とは違う、槍のような長さを利用することを意識して!」
「は、はいっ!」
「ええ、こうかしら!」
横で見ていた教官からの指導に、思わず二人は背筋を伸ばし、答えながら杖を振るう。
先程よりも鋭さが幾分か増した動きに、教官もまた満足げに笑って頷いて見せた。
「そうです、その調子! 相手の意識を、視線を動かすのです。
上を攻めれば下、下を攻めれば上。交互に、あるいは上を連続して攻めてから下へ。
とにかく相手の意識を崩すことを考えて!」
「こ、こうですかっ!」
教官の教えに素直に従ったクララの杖がエレーナに襲いかかり、エレーナはそれを必死に捌く。
確かに、上と下へ意識を分散させられると、どうにも受けることが苦しく感じざるをえない。
「ええ、その通り! はい、上、下、上、下!
上上下下、上上下下!」
「え、えぇ!? は、はい!?」
急に変わった指示に戸惑いながらも、クララはその通りに杖を振る。
指示の通りに、動けてしまっている。
「次は左右も! 上上下下左右左右!!」
「え、ちょ、あ、えええええ!?」
唐突な無茶ぶりに、しかしそれでも、なんとかクララの身体は動いた。
クララは。
「ちょ、まっ、まってぇぇぇぇ!?」
クララの、本人も意図せぬ猛攻に、エレーナは防戦一方。
それでも何とか受けきったのは、彼女の意地だったのかも知れない。




